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主鍵

少し早く着き過ぎてしまったな、と、鍵介は腕時計を見ながら溜め息を吐いた。
待ち合わせ時間は11時。今は10時半だ。
デート日和とは言い難い曇り空ではあるが、やっぱり楽しみではあった。
ラティカと同棲を始めてからは、こんな風に待ち合わせすることは減っていたので、何だかそわそわしてしまう。
(……先輩と、初めて会った日を思い出すなぁ)
あれからもう、2年近く経つ。
現実に帰ってきた後、先に鍵介には素顔を見せておきたいと、ラティカはそう連絡してきた。
どんな人物が来るのかそわそわ待ち構えていたら、まさか金髪の美形が現れるなんて、思ってもみなかったわけだが。
今ではもう鍵介も見慣れたけれど、会ったばかりの頃は、どぎまぎしてしまって、ラティカによく寂しそうな顔をされたものだ。
『紫露紅朗』という、あの黒髪の少年でなければ受け入れられないのかと、最初は悩んだりもした。
けれど、ラティカは確かに『紅朗』と同じ存在で、相変わらず鍵介を深く愛していて、相変わらずひどく寂しがり屋だった。
それに気付いてからは、ようやく鍵介も、ラティカに対して緊張せずに済むようになったのだ。
どんなに見た目が違っても、先輩は先輩なんだ、と、そう思えた。

―――と。
鍵介が昔を思い出していると、不意に甲高い泣き声が耳に届いた。
周囲を見渡すと、幼い少女が泣きじゃくりながら、母親を呼んでいる。
「ママぁ、ママぁ……」
鍵介はあらためて周囲を見渡す。
だが、母親らしい女性は見当たらなかった。
皆、ちらりと視線を向けて足早に去って行くか、無関心の振りをして通り過ぎて行くか、無視を決め込んでいる。
鍵介も、少し迷った。
仮にも成人男性が、幼い子供(しかも女の子)に声をかけて、不審者にでも間違えられやしないだろうかと、気になったのだ。
けれど周囲は相変わらずの冷たさで、少女は甲高い声で母親を呼んでいる。
鍵介が溜め息を吐いて、一歩踏み出そうとした、その時だった。
「どうしたの?大丈夫?」
見慣れた金髪が、少女に駆け寄るのが見えて、鍵介は思わず足を止める。
少女は突然現れた男性に驚き、びくりと泣き止んだ。
「ごめんね。びっくりさせちゃったね」
金髪の青年―――ラティカは、地面に膝をつき、少女に目線の高さを合わせながら、穏やかに微笑む。
「どうしたのかな。お母さんは?」
子供の扱いによく慣れた、穏やかな声色だった。
少女はその穏やかさに安心したのか、しゃくりあげながらも、何とか話そうとする。
「おかあさん、いなくなっちゃったの、あきね、おかあさんね、さがしてるの」
「あきちゃんって言うんだね。お母さんの電話番号、分かるかな?」
「わかんない……」
「そっか」
ラティカは一瞬考えるように視線を落としてから、また穏やかに微笑んだ。
「きっとお母さん、来てくれるよ。僕と一緒に、お母さん待ってみようか」
「でも、」
少女はまた、泣きそうになりながら言う。
「おかあさん、しらないひとに、ついていっちゃだめって……」
「そうだね」
ラティカは大きく頷いてみせた。
「でも、僕は、あきちゃんをどこかに連れて行ったりしないよ。ここでお母さんを、一緒に待ってるだけ。そうしても、いいかな?」
少女は泣き濡れた顔を擦って、頷いた。
「………いいよ」
「ありがとう」
ラティカはにっこりと笑う。
「じゃあ、おしゃべりしながら待ってようか。……ちょっと待ってね、僕……」
ラティカはそう言いながら、辺りを見回す。
成り行きを見守っていた鍵介と目が合うと、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
鍵介は、気にしなくていいですよ、と手を挙げてみせる。
ラティカは安心したように頷くと、また少女に向き直る。
「ごめんね、あきちゃん。お待たせ」
「うん」
「あきちゃん、今いくつ?」
「ごさい」
「5才かぁ。幼稚園に行ってるの?」
「うん」
「幼稚園、楽しい?」
「たのしい」
「どんな遊びしてるの?」
「おままごと」
「へえ。いつも誰と遊んでるの?」
「あのね、しずかちゃんとね、けんすけくんとね、あとね……」
ラティカが少女に問い掛けて会話を引き出しているうちに、少女は楽しそうに笑い始めた。
プロか何かだろうか、と鍵介は感心しつつ、意外な一面に驚いてもいた。
と、少女とラティカの方へ、荷物を抱えた女性が、足早に駆け寄ってくる。
「あき!」
「あっ、ママだ!」
少女は女性を見るなり、駆け寄っていく。
「もう、ちゃんと手を繋いでって言ったのに……!」
「ごめんなさぁい……」
母親に叱られながらも、少女は安心しきったような表情だった。
ラティカは優しく笑って、「失礼します」と、立ち去ろうとする。
「あ、おにいちゃんばいばい!」
「ばいばい」
少女に小さく手を振ってから、何か聞きたそうな母親を無視して、ラティカは鍵介の方へと足を進める。
その表情を見て、鍵介は思わず駆け寄った。
「先輩…………」
「鍵介」
ラティカは苦笑いを浮かべた。
「ごめん待たせて」
「いえ、そんなことより」
鍵介はどうしようか迷ってから、ラティカの肩に触れた。
「……泣きそうな顔、してますよ」
「………………………」
鍵介の指摘に、ラティカが辛うじて浮かべていた笑顔が崩れる。
「…………僕、そんな顔してる?」
「はい。……大丈夫、ですか」
大丈夫なわけがないと分かっていても、そう聞かずにはいられなかった。
ラティカは何か言おうとして、唇を震わせ、小さく嘆息する。
「…………昔のこと、思い出して、」
ラティカの目に、じわりと涙が溜まった。
「先生が……先生と、はぐれたんだ、」
鍵介は、黙って聞いていた。
「また、捨てられたんだと、思って……泣きながら、じっとしてて……」
ラティカの声が、震え始める。
きっと、彼はあの少女に自分を重ねたのだろうと、鍵介は思った。
いや、もしかしたら、あの少女も自分と『同じ』ではないかと、思ったのかもしれない。
けれど鍵介は訊いたりはしなかった。そんなことはできなかった。
「…………もういやだ」
ラティカは駄々をこねる子供のような口調で―――さっき少女をあやしていた彼とは、まるで別人のように、頭を振った。
「もういやだ……こんな自分が、いやだ。いつも、いつも、いつも……頭にこびりついて……」
「…………………」
「あんなひと、嫌いだ。嫌いなのに。大嫌いだ。大嫌いだ……なのに……」
鍵介は黙ってラティカを抱き締めた。
人目なんて気にしていられなかった。
鍵介にすがりつき、幼い子供のように泣きじゃくる彼の髪を、鍵介は黙って撫でていた。





デートはまた今度にしましょう、と鍵介が言って、ラティカは酷く申し訳なさそうな顔をした。
泣き止んだばかりの顔は赤くなっていて、目も痛々しいほどに腫れている。
それでも彼の整った顔立ちはさほど崩れていないのだから、美形って得だなぁなどと、鍵介は思ったりした。
「…………鍵介」
手を繋いで歩く帰り道、ラティカがぽつりと言った。
「……頼みが、あるんだけど」
「……何ですか?」
どちらからともなく歩みを止めて、鍵介はラティカの言葉の続きを待った。
ラティカは少し迷うように視線を泳がせてから、思い切ったように言った。
「………父さんに、会いに行きたいんだ」
鍵介は、驚いて目を見張った。
ずっとずっと敬遠し続けていた、彼のトラウマの根源とも言える存在に、ラティカが会いに行きたいと言うのは、初めてだった。
「……お父さんに、ですか」
聞き返すと、ラティカはこくりと頷いた。
「…………いい加減に、しなきゃいけないんだ」
ラティカは俯きながら、吐き出すように言った。
「もうすぐ、2年経つ。現実に帰ってきてから……なのに、僕はまだ、一歩も進めていない。……君に甘えてばかりで目を逸らしてた。見なければ忘れられると思ってた。でも……」
ラティカは言葉を切ると、大きく息を吸い、細く長い溜め息を吐く。
「…………あれは、忘れられる人じゃない。それなら、ちゃんと、向き合わなきゃ……」
「……………………………」

2年。
長いようで、短いようで、あっという間だったな、と、鍵介は思った。

鍵介は、あんなに嫌だった『大人』になった。少なくとも、二十歳を超えて、大人として扱われるようになった。
ラティカは、心の傷を癒した。鍵介を想って、鍵介に想われて、とても幸せそうに愛情に浸っていた。

でも。
『現実』は非情だ。
歳を重ねても大人になれるわけじゃないし、心の傷を癒しても思い出す記憶に苛まれる。
それならやっぱりあの『楽園』で、いつまでもただの子供として、はしゃいでいられた方が良かったかもしれないと、思ったことが、無いわけじゃなかった。

でも。
それでも。

「……鍵介」
ラティカが、縋るように言った。
「一緒に、来てくれる?」
鍵介はまた少し驚く。
ラティカは小さく頭を振って、
「一人じゃ怖いんだ。……君に、また甘えてしまうけど」
そう言ってから、ラティカは真剣な眼差しで続けた。
「僕はこれからも、君と生きて行きたい。それなら、やっぱり、今のままじゃ駄目だと思うんだ。だから……」
「……あのですねぇ」
鍵介は、あえてラティカの言葉を遮った。
「僕が嫌だって言うと思います?先輩がそんな顔してるのに」
ラティカは目を丸くして、鍵介は笑ってみせた。
「付き合いますよ、何処までも。……僕ら、ずっとそうしてきたじゃないですか」
「…………鍵介、」
また泣き出しそうになるラティカに、鍵介は苦笑いした。
「泣かないでください、先輩。何だか悪い気分になります」
「ごめん……好きだよ、鍵介」
「僕もですよ、先輩」
人のいないことを、誰も通らないことを確かめ合って、二人はこっそり、小さくキスをした。





夜。
泣き疲れてしまったらしいラティカを先に寝かしつけて、鍵介はスマホを眺めていた。
約束していた時間、20時ぴったりに電話が鳴る。
鍵介は慌てて、けれど静かに、ベランダまで出た。
「もしもし」
『もしもし、響』
「はい。お久しぶりです、維弦先輩」
そう言ってしまってから、鍵介は相手がふたつも年下であることを思い出す。
けれど、もうこれは癖みたいなものだし、と思い直して、気にしないことにした。
維弦の方が背は高いので、鍵介が彼を先輩と呼んでも、見た目には違和感がないだろう。悔しくはあるが。
『どうかしたのか』
維弦は淡々と言った。
相変わらずだなぁと思いながら、鍵介は話し始める。
「ちょっと、維弦先輩に……相談、っていうか」
鍵介はちらりと、ベランダから部屋の様子を伺う。
ベッドの上で、ラティカがすやすやと眠っているのが見えた。
「……他の人に、あんまり話せないことで」
『……少し待ってもらえるか』
維弦はそう言って、電話の向こうで、誰かに声をかけているようだった。
明るい返事が聞こえて、鍵介はそれが美笛だと気がついた。
『すまない、待たせた』
「いえ……こちらこそ、すみません。突然電話したいなんて言い出して……」
『それは構わないが……部長のことか?』
「!」
鍵介は驚いて、思わずスマホを取り落としそうになる。
「な、なんで分かるんです?」
『声が沈んでいる』
維弦は淡々と言った。だが、冷たい色のない声音だった。
『……何かあったのか』
「…………えっと、」
話せば長くなるんですけど、と前置きして、鍵介は話し始める。

迷子に出会ったこと。
ラティカが父親との思い出に泣き出してしまったこと。
彼に向き合わなきゃいけないと言い出したこと。

少し話題が前後しつつも、鍵介は維弦に今日のことを話した。
維弦は、黙って聞いてくれていた。
「……なんか、先輩、無理してないか、心配になっちゃって」
『……本人に聞いてみればいいんじゃないのか?』
維弦に不思議そうに言われ、鍵介はちょっと転けそうになる。
それをしたところで、ラティカは無理していないと、言うに決まっている。
そう言おうか迷っていると、維弦が続けて言った。
『部長のことは、響が一番よく分かっていると思う。部長の父親の話も、僕はそこまで詳しく知っているわけではないから、僕には判断がつかない』
ほんのさわりしか聞いていないからな、と、維弦は補足した。
『ただ、』
維弦は静かに言った。
『部長がそうするのは、響がいるからだと思う』
「……僕のために、って、ことですか?」
言葉の意味を捉えかねて、鍵介は聞き返す。
『そうじゃない』
否定する維弦の声色は優しかった。
『傍に響がいるから出来るんだと思う、と、いう意味だ』
「…………………」
鍵介は、思わず黙ってしまった。
『部長は、僕らには頼ったり、甘えたりはしてくれなかった』
維弦は言った。
『敵と戦う時でも、背中を預けていたのは、いつも響だったように思う』
「そんなこと……」
『僕は少なくとも、いつも部長の背中を見ていた』
維弦がそう言い切り、鍵介は何も言えなくなってしまう。
『護られていたんだろう、今思えばだが。……それが、嫌だったわけじゃない』
維弦の声は、とても穏やかだった。
本音で話してくれている、と思ってから、維弦はいつも正直に話をしてくれることを、鍵介は思い出した。
『部長は僕に向き合ってくれたし、美笛とのことも応援してくれた。今でも、親友として、同等の存在として扱ってくれる。……僕もそうしたいと、思っている』
維弦の口調には、温かみがあった。
冷たい人形のようだった彼も、この2年で変わったのだろう、と、鍵介は思う。
現実で、前に進んでいる。彼も。
『……だが、部長は、僕らを助けてくれることはあっても、僕らに助けを求めたことはない。それは多分、部長も僕らも悪くはない。ただきっと、部長は……彼は相変わらず『部長』だから、きっと僕らには頼れないのだろう』
恐らくだが、と言ってから、維弦は鍵介に言った。
『響には、一緒に来て欲しいと言っていたんだろう?』
「…………はい」
『なら、助けてやってほしい』
維弦は、鍵介にそう頼んだ。
『僕らには出来ない役割だ。響にしか出来ない。部長にとって、助けて欲しいと言えるのは、響だけだ』
「……僕、だけ」
鍵介が繰り返すと、維弦は『ああ』と肯定する。
『帰宅部の部員として部長に、ではなく、一人の人間として彼に……ラティカに寄り添えるのは、響だけだと、僕は思う。だから、どうか支えてやってくれないか。無理をしているとしても、響がいれば、彼なら大丈夫だろう』
「…………あの」
『?』
「ありがとう、ございます……」
少し泣きそうになりながら、鍵介は言った。
『役に立てたか。それなら良かった』
維弦は安心したように言う。鍵介の涙声には、気付いていないのかもしれない。
「……あ、あの」
『他に何かあるのか?』
鍵介は言おうか少し迷ってから、維弦に言った。
「……あの。ラティカ……先輩は、維弦先輩のこと、頼りにしてないわけじゃ、ないと、思います」
と。
電話の向こうで、維弦が笑う気配がした。
あまりにも珍しくて、鍵介は思わずスマホの画面を見直す。気のせいかもしれない。
『……分かっている。だが、僕は年下だしな』
維弦が気遣うように言った。自分が気を遣ったつもりだったのにな、と、鍵介は申し訳なくなる。
『部長からしてみたら、僕は弟みたいなものなんだろう。……あんな兄がいるのも、悪くない』
ふふ、と、維弦は小さく笑う。どうやら、鍵介の気のせいではなかったようだ。
『それに、役割の違いだと、僕は思っている。響に出来ない役割を、僕が出来ることもあるだろう。それが何かは、まだわからないが、その時が来たら、役に立ちたいと思っている』
「……そうですね」
彼も彼で、ラティカを大切に思っているのだと、鍵介は何だか嬉しくなった。
維弦に限らず、帰宅部の部員たちは、きっとみんなそうだろう。
現実に帰ってきても、姿や名前が違っても、ラティカは相変わらず『部長』なのだ。
「夜に、突然すみませんでした。美笛ちゃんにも、よろしく伝えておいてください」
『ああ。他に用件は?』
「いえ、これだけです。ありがとうございました」
『そうか……では、失礼する』
「はい。おやすみなさい」
電話が切れたことを確かめて、鍵介はスマホをポケットにしまい込む。
「……僕にしか出来ない役割、か……」
維弦に言われたことを、頭の中で思い返してみる。
あの年下の先輩は、よく見ていてくれる人だと、鍵介も知ってはいた。
それに、確かにラティカが、鍵介以外の誰かに頼ったり、甘えたりするところを見たことがない。

他の人間では駄目なのだ。
鍵介でなければ。

「……鍵介?」
振り返ると、ベランダの窓辺にラティカが立っていた。
「先輩?起きちゃったんですか」
「ん……」
ラティカが裸足のままベランダに降りてこようとするのを止めて、鍵介は部屋に押し戻す。
「風邪引いちゃいますよ」
「……まだ起きてる?」
「いえ……」
頼りなさげなラティカの表情に気付いて、鍵介は微笑んだ。
「一緒に寝ましょうか。一人で寂しかったんでしょう」
ラティカは小さく頷く。寝起きだからか、何だか子供のようだった。
「鍵介、僕……」
「?」
「君のこと、父さんに、紹介したいのも、あって」
昼間の話の続きだと、鍵介は気がついた。
鍵介が黙って続きを促すと、ラティカは言った。
「……僕にとって君が一番大切な存在なんだと、あの人に伝えられたら、多分喜ぶと思うんだ」
「お父さんが、ですか?」
「うん………」
ラティカは、長い睫毛を伏せた。
「……僕の気持ちに応えられなかったことを、ずっと……ずっと、気にしていた、みたいだったから」
まるで。
子供みたいだ、と、鍵介は思った。
親に嫌われるのを恐れるような。
繋いだ手を離されるのを恐れるような。
そう思ってから、鍵介は初めて気がついた。
「……先輩、本当はお父さんのこと、大好きなんですね」

ラティカが何度も言っていたように、彼から父親に対する気持ちは、もうとっくに恋ではないのだろう。
父親として好きなのだ。
子が親を慕う気持ちとして、愛情を抱いているのだ。
でも、様々な要因が重なってしまって、捻れてしまって、素直ではいられなかった。
だからつまりは、長い反抗期を抱えているようなものなのだろう。

そう気が付いた鍵介が言うと、ラティカは驚いたような表情を浮かべてから、しかめっ面をした。
「……違う。違うよ、あんなひと。大嫌いだ。抜けてるし、いつもへらへらしてるし。好きなわけがない」
図星を刺されたせいか、ラティカの口調と表情は、いつもより幼かった。
子供みたいで可愛い、とは、きっと言わない方がいいのだろう。
「そうですか」
「なに」
「いや、怒った先輩、可愛いなぁって」
「………………」
ラティカはぐいと鍵介の腕を引っ張り、ベッドに引きずり込む。
「嫌いだよ」
「分かりましたから」
「……鍵介は好きだよ」
「知ってます」
「……なんだか今日は、僕の方が年下みたいだ」
ラティカはそう言って、鍵介に抱き着き、肩に顔を埋める。
こうして子供みたいな顔を見せてくれるのも、きっと僕だけなんだろうな、と、鍵介は思う。
(……それなら、僕は、)
この人を護りたい。
ずっと、ずっとそう思っていた。
それが自分にしか出来ないのなら、彼といる時間が続く限り、そうしていよう。
そして、二人で前に進むのだ。
これから先も、ずっと。

鍵介は、黙って恋人を抱き締めた。



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