主鍵
アリアがポケットの中で目を覚ますと、紅朗が小さく鼻歌を歌っていることに気が付く。
移動中、アリアがポケットに収まっている時にはよくあることだった。
心地よい音程に耳を傾けてみると、どうやら曲は『ピーターパンシンドローム』らしい。
アリアは一瞬止めようか迷って、結局辞める。
彼がµの曲を口ずさんでいるからといって、侵食率が上がるわけではない。
それに、紅朗の歌が、アリアはとても好きだった。
「アリア。起こしちゃったか?」
ポケットから見上げてくるアリアに気付き、紅朗が小声で話し掛けてくる。
「ううん、たまたま起きたんよ。Youはほんとにその曲好きだね」
アリアにそう言われて、紅朗はちょっと照れたように笑う。
「鍵介やみんなには内緒にしてくれる?」
「もちろん!」
アリアがそう言って笑ってみせると、紅朗は「ありがとう」と優しい声で言うのだった。
紅朗の声は、いつも柔らかくて心地がいい。
鼓太郎のような荒々しさもなく、維弦のようなひやりとした感触もない。
それは彼らの個性であるから、アリアは決して否定するつもりはなかったけれど、紅朗の穏やかな声色は、やっぱり心地がいいと思うのだ。
「あ、鍵介」
生意気な後輩の、可愛い恋人を呼ぶ時だけ、紅朗の穏やかな声に甘さが混じる。
それは本人も無自覚なようで、誰がいようといつもこの調子だ。
本人は、周囲に気を遣って、人前では恋人らしいことをしないようにしているつもりのようだけれど。
「あ、先輩。一人ですか?」
「アリアもいるよ」
「よっす、鍵介!」
アリアがポケットからぴょこんと顔を出してみせると、鍵介はからかうように笑ってみせる。
「あれ、今日は飛ぶのはサボり?」
「違うってば!紅朗の周りでぴかぴかしてたら目立っちゃうから、こうしてるだけだもん」
アリアが頬を膨らませてみせると、鍵介はくすくすと笑った。
「いいなぁ。僕も運んでくださいよ、先輩」
「いいよ。お姫様抱っこでいい?」
「えっ真面目に言います?……冗談ですよ、本気にしないでください」
適当にあしらって先に行こうとする鍵介を、紅朗は追い掛ける。
アリアは再びすっぽりポケットに収まった。
「みんなもう来てますかね?」
「そうだなぁ。鼓太郎なんかは走って行ったみたいだし」
「体力有り余ってますよねえ……」
「元気なのは良いことだな」
ポケットの外から、二人の会話が聞こえてくる。
仲が良さそうで良かった、とアリアはこっそり安心した。
鍵介に恋をしてしまったと泣きじゃくる紅朗を宥めて、励まし、慰めたのが嘘のように、今の彼は幸せそうだ。
(……でも、ここで幸せなままじゃダメなんだ)
彼らには彼らの世界がある。
辛くて厳しくて悲しい、けれど生きていくべき世界が。
メビウスに連れてきてしまった原因の一端として、彼らをしっかりサポートしなくてはと、改めてアリアは思う。
そして、願わくば、現実でも幸せに生きて欲しいと。
「あ、そうだ先輩」
「ん?」
「借りたCD、結構良かったですよ。たまにはクラシックもいいもんですね」
「ほんと?気に入ったんなら、他にも貸すよ」
「じゃあ、今日先輩の家、行ってもいいですか」
「勿論。こないだのはピアノだったし、オーケストラも聴いてみる?」
「………………」
「ん?何?」
「いや、先輩って無駄に積極的な割に鈍感だなと」
「え?何が?」
「何でもないでーす」
軽い足音が聞こえて、どうやら鍵介は走って行ってしまったようだった。
アリアがちらりとポケットから顔を出すと、集合場所に帰宅部のみんなが集まっているのが見えた。
「行こうか、アリア」
「うん!」
アリアは紅朗のポケットから飛び出して、みんなの元へと飛んでいく。
今日は琴乃の家に泊めて貰えるか聞いてみないとなー、と、アリアはちょっぴり苦笑するのだった。
移動中、アリアがポケットに収まっている時にはよくあることだった。
心地よい音程に耳を傾けてみると、どうやら曲は『ピーターパンシンドローム』らしい。
アリアは一瞬止めようか迷って、結局辞める。
彼がµの曲を口ずさんでいるからといって、侵食率が上がるわけではない。
それに、紅朗の歌が、アリアはとても好きだった。
「アリア。起こしちゃったか?」
ポケットから見上げてくるアリアに気付き、紅朗が小声で話し掛けてくる。
「ううん、たまたま起きたんよ。Youはほんとにその曲好きだね」
アリアにそう言われて、紅朗はちょっと照れたように笑う。
「鍵介やみんなには内緒にしてくれる?」
「もちろん!」
アリアがそう言って笑ってみせると、紅朗は「ありがとう」と優しい声で言うのだった。
紅朗の声は、いつも柔らかくて心地がいい。
鼓太郎のような荒々しさもなく、維弦のようなひやりとした感触もない。
それは彼らの個性であるから、アリアは決して否定するつもりはなかったけれど、紅朗の穏やかな声色は、やっぱり心地がいいと思うのだ。
「あ、鍵介」
生意気な後輩の、可愛い恋人を呼ぶ時だけ、紅朗の穏やかな声に甘さが混じる。
それは本人も無自覚なようで、誰がいようといつもこの調子だ。
本人は、周囲に気を遣って、人前では恋人らしいことをしないようにしているつもりのようだけれど。
「あ、先輩。一人ですか?」
「アリアもいるよ」
「よっす、鍵介!」
アリアがポケットからぴょこんと顔を出してみせると、鍵介はからかうように笑ってみせる。
「あれ、今日は飛ぶのはサボり?」
「違うってば!紅朗の周りでぴかぴかしてたら目立っちゃうから、こうしてるだけだもん」
アリアが頬を膨らませてみせると、鍵介はくすくすと笑った。
「いいなぁ。僕も運んでくださいよ、先輩」
「いいよ。お姫様抱っこでいい?」
「えっ真面目に言います?……冗談ですよ、本気にしないでください」
適当にあしらって先に行こうとする鍵介を、紅朗は追い掛ける。
アリアは再びすっぽりポケットに収まった。
「みんなもう来てますかね?」
「そうだなぁ。鼓太郎なんかは走って行ったみたいだし」
「体力有り余ってますよねえ……」
「元気なのは良いことだな」
ポケットの外から、二人の会話が聞こえてくる。
仲が良さそうで良かった、とアリアはこっそり安心した。
鍵介に恋をしてしまったと泣きじゃくる紅朗を宥めて、励まし、慰めたのが嘘のように、今の彼は幸せそうだ。
(……でも、ここで幸せなままじゃダメなんだ)
彼らには彼らの世界がある。
辛くて厳しくて悲しい、けれど生きていくべき世界が。
メビウスに連れてきてしまった原因の一端として、彼らをしっかりサポートしなくてはと、改めてアリアは思う。
そして、願わくば、現実でも幸せに生きて欲しいと。
「あ、そうだ先輩」
「ん?」
「借りたCD、結構良かったですよ。たまにはクラシックもいいもんですね」
「ほんと?気に入ったんなら、他にも貸すよ」
「じゃあ、今日先輩の家、行ってもいいですか」
「勿論。こないだのはピアノだったし、オーケストラも聴いてみる?」
「………………」
「ん?何?」
「いや、先輩って無駄に積極的な割に鈍感だなと」
「え?何が?」
「何でもないでーす」
軽い足音が聞こえて、どうやら鍵介は走って行ってしまったようだった。
アリアがちらりとポケットから顔を出すと、集合場所に帰宅部のみんなが集まっているのが見えた。
「行こうか、アリア」
「うん!」
アリアは紅朗のポケットから飛び出して、みんなの元へと飛んでいく。
今日は琴乃の家に泊めて貰えるか聞いてみないとなー、と、アリアはちょっぴり苦笑するのだった。