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主鍵

「どーもこんにち……あれ?」
鍵介が部室のドアを開けると、そこには誰もいないーーーように見えた。
よく見ればテーブルには鞄がひとつ。
1歩進んでよく見れば、ソファで我らが部長、紅朗がすやすやと眠りこけていた。
「……先輩?」
声をかけても紅朗は目を覚ます気配はない。
鍵介は寝ている紅朗にそっと近づき、顔を覗き込んだ。
普段は頼れる部長として皆の前に立つ紅朗が、こんなに無防備な姿を晒しているのは珍しい。
大人びた顔立ちだと思っていたが、寝顔は案外幼いように見えた。鍵介が思っているほど、年上ではないのかもしれない。
鍵介が覗き込んでいる間も、紅朗はやっぱり目を覚まさなかった。
(……最近ずっと、あちこち走り回ってたもんな)
一刻も早く帰りたいという部員たちの願いに応えるように、紅朗は活発的に動いた。
個性的な帰宅部の面々をまとめあげ、戦闘も臆さずにこなし、楽士であろうと真っ向から立ち向かう。
けれど、鍵介は知っている。
彼が現実に帰るか、未だ迷っていることを。
「……先輩、無理してませんか。僕に出来ること、あったら言ってくださいね」
小さな小さな声で、鍵介は呟いた。
紅朗には当然聞こえていないだろう、ただ静かな寝息を立てるばかりだ。
起きている時に言い出せない自分の器の小ささが嫌になりながらも、鍵介は制服の上着を脱いで、そっと紅朗の体にかけた。



紅朗が起きたのは、それから10分ほどしてからだった。
「………あー………寝てたか……」
パイプ椅子に座り、スマホを眺めていた鍵介は顔をあげた。
「おはようございます、先輩」
「ん?ああ、鍵介」
紅朗は寝ぼけた表情のまま鍵介を見て、柔らかく笑う。
「おはよう。……ごめん、これ掛けてくれれたのか?」
紅朗が持ち上げた上着に、鍵介は「ええ、まあ」と答える。
「先輩があんまり無防備に寝てたんで。僕が楽士側のスパイだったらどうするつもりだったんです?あっという間に倒せちゃいますよ」
「さあて、どうしようかな。その時はその時だ」
紅朗は笑いながら立ち上がり、鍵介の上着を返す。
それから、
「ああ、そうだ」
と、思い出したように言った。
「? どうかしました?」
見上げる鍵介に、紅朗は微笑んだ。
「俺は結構お前のこと頼りにしてるつもりだよ。いつもありがとうな」
「………は?」
一瞬何を言われたのかわからず、鍵介はぽかんと口を開ける。
数秒考えてから、先程自分が言った言葉を思い出す。

……まさか。
まさかこの人は。

「起きてたんですか!?」
「何のことだ?」
顔を赤くする鍵介に対し、紅朗はただにこにこと笑うばかりだ。
「ちょっ……先輩、先輩。正直に言ってください、怒りませんから」
詰め寄る鍵介を宥めるように、紅朗は何も答えずにその頭をわしゃわしゃと撫でる。
と、ドアが勢い良く音を立てて開き、鳴子と鼓太郎が騒ぎ立てながら入ってきた。
「だーかーらー!鼓太郎先輩には絶対わかんないって!」
「なんでだよ!やってみなきゃわかんねえだろ!」
「どうしたんだ?二人とも」
紅朗は仕上げに鍵介の頭をぽふぽふと軽く叩いてから、鳴子と鼓太郎の間へと割って入っていった。
鍵介は撫でられた頭を抑えながら、その背中を睨む。
「……狡いよなあ、もう」
その呟きも聞こえたのかどうか、鍵介には知る由もなかった。
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