このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

主鍵

「響くんのこと、好きなんです」
ふんわりしたボブカットの、可愛らしい女の子だった。
「周りとは、違うっていうか。ちゃんとした自分を持ってる人だな、と、思ってて」
くりっとした目と小さな口がバランス良く整っていて、小動物のような愛らしさがあった。
「だから、その……お付き合い、して、貰えないかなって」
ほんのり染まった頬と、緊張で潤んだ瞳が、彼女の可愛らしさを引き立てていた。
「は、はぁ……」

すみません。
付き合ってる人がいるんです。

と、一言、言えば済む話なのに。
鍵介はその一言が出てこなくて、なぜだか口ごもってしまった。



*****



鍵介が見当たらない。
放課後は、大抵彼の方から紅朗の教室に顔を出してくれるか、そうでなくとも彼のクラスまで行けば会えるのだが。
部室に顔を出してみてもやっぱりいなくて、紅朗は何となく不安になった。
「いないね、鍵介」
アリアがきょろりと部室を見回す。
「先に部室に来たのかと思ったんだけど……」
「……そうだな」
不安を押し殺すようにして、紅朗は頷く。
「鍵介くんですか?」
と、美笛が首を傾げた。
「確か、さっき体育館裏の方に行くの見ましたけど…………」
「体育館裏?」
そんなところに、何かあっただろうか。
紅朗は少し考えて、
「……ちょっと探してくる」
と、部室から廊下に出ていく。
「あっ、待ってよYou!アタシも行くってば!」
アリアが慌てたように紅朗へと着いて言った。
「体育館裏って、なんかあったっけ?」
「何も無いと思う。んだけど」
紅朗はそう言いながら、足早に廊下を歩いて行く。
入り組んだ迷路みたいな校舎の内部構造が、酷く鬱陶しく感じられる。
何事も無いといい。
鍵介が無事ならそれで。
自分にそう言い聞かせながら、階段を駆け下りて、玄関から校舎の外に出ていく。
鍵介が向かったのは、体育館裏だったか。
まさか誰かに呼び出された、なんてことはないだろうと思いつつ、再び不安が蘇る。
彼を『カギP』だったと認識している人間が、多少なりともいることはわかっている。
だとすれば。
だとすればまさか。
紅朗が駆け出そうとした、その時だった。

「響くんのこと、好きなんです

耳に飛び込んできた言葉に、紅朗は思わず足を止める。

「周りとは、違うっていうか。ちゃんとした自分を持ってる人だな、と、思ってて」

少女の可愛らしい声だった。
紅朗は思わず真顔になりながら、歩を進める。

「だから、その……お付き合い、して、貰えないかなって」

体育館裏。
人気の無い場所。
制服を着た少女と、鍵介が、向かい合うように立っていた。
ふんわりしたボブカットの、可愛らしい女の子だった。
くりっとした目と小さな口がバランス良く整っていて、小動物のような愛らしさがあった。
ほんのり染まった頬と、緊張で潤んだ瞳が、彼女の可愛らしさを引き立てていた。

そんなことはどうだっていい。
こいつは一体、何を言ってるんだ?

「は、はぁ……」
鍵介が曖昧な返事だけをして、俯いたのが見えた。
と。
少女が紅朗の姿に気付き、「きゃっ」と小さく声を上げる。
「ご、ごめんなさい!お返事、いつでもいいです……!」
慌てたように駆け出す少女の姿にぽかんとしてから、鍵介がゆっくりと振り返る。
そして、ようやく紅朗の姿に気が付いた。
「え、あ」
鍵介は紅朗の表情に、気圧されたように後ずさる。
「せ、せんぱい……」
「……鍵介」
紅朗は、自分でも驚くくらいに、冷え切った声で訊ねる。
「今の子は?」
鍵介が、小さく息を呑んだ。



続...
18/31ページ