主鍵
「ねえ先輩」
温いベッドの中で、鍵介がぽつりと呟いた。
「先輩は、どうして帰りたいと思ったんですか?」
唐突にそんなことを聞かれ、紅朗は不思議そうな表情を浮かべる。
「なんでそんなこと聞くの」
「質問に質問を返すのはずるいですよ」
唇を尖らせる彼に、それもそうかと思い直し、紅朗は少し考える。
「まあ、でも、そうだな。鍵介のせいには違いない」
「僕のせいなんですか?」
「鍵介のお陰とも言うけど」
なんですかそれ、と、鍵介は少し嬉しそうに笑う。
二人きりの時、鍵介の表情は柔らかい。普段見せる小生意気さはなりを潜め、いくらか素直になっている。
本人がそれに気がついているのかはわからないが、紅朗にとってその様子はたまらなく愛しかった。
「ほんとだよ?」
紅朗は手を伸ばして、鍵介の柔らかい髪を撫でる。
「鍵介がいなかったら、俺は楽士側についてたかも」
「………それ、本気で言ってます?」
「割とね」
さらりと答えてから、鍵介が少し頼りなげな視線を向けてくることに気付いて、紅朗は苦笑した。
「ごめんって、冗談だ。ほんとにそんなことにはならない」
「わかってますけど………」
鍵介は子供のように不満げな顔をしながら、もぞもぞと身動ぎする。
察した紅朗が腕を広げると、鍵介はその腕のなかにすっぽりと身体を収めた。
「で、何で帰りたいと思ったんですか?」
鍵介は上目遣いにまた訊ねる。
あざとく軌道修正された話題に、紅朗は小さく「んー」と唸る。
「覚えてない?」
「何がです?」
「鍵介がさ、仲間に入った時に」
紅朗は鍵介の髪先に指を絡め、弄びながら答えた。
「俺の帰る姿を見てみたくなったって言ったから」
「………………」
沈黙の後、鍵介が怪訝な表情を浮かべた。
「えっ?それだけですか?」
「えっ、それだけだけど」
「いや、なんか、もっと、こう……」
ごにょごにょと言葉を探す鍵介の背中を、紅朗はあやすように撫でる。
「あのさ、俺記憶喪失だったんだよ?忘れたい程の現実があるって分かってるのに、わざわざそれを取り戻しに行くような理由、本来はないだろ?」
「まあ、そりゃそうかもしれませんけど……」
「俺も男の子だからね。好きな子の前ではかっこつけたかったんだよ」
そう言う紅朗を、鍵介はじっと見つめた。
「………先輩、いつ僕のこと好きになったんです?」
「一目惚れ」
きっぱりと臆面もなく言う紅朗に、鍵介は「……そうですか」とだけ返し、もぞもぞ布団に潜り込んでいく。
「鍵介?」
「いや、なんか、これ以上聞いたらまた恥ずかしいこと言われそうなんで……」
「何?照れた?」
「ちーがーいーまーすー」
布団から聞こえるくぐもった声すら愛しい、と言ったら更に照れるだろうか。
などと考えつつ、紅朗も鍵介を追いかけて布団に潜る。
「鍵介ー、こっちおいで」
「…………」
腕を広げてやると、鍵介はちょっと警戒するような視線を向けてから、また身体を預けにきた。
今度は逃がさない様に、しっかりと抱き締めて、足を絡ませる。
「あのさ、鍵介」
「……何です?」
「俺は、鍵介に会えて良かったと思ってるよ」
「…………そんなの」
僕もですよ、と呟く小さな声が、甘く胸を締め付ける。それを誤魔化すように、紅朗は鍵介を抱き締めた。
温いベッドの中で、鍵介がぽつりと呟いた。
「先輩は、どうして帰りたいと思ったんですか?」
唐突にそんなことを聞かれ、紅朗は不思議そうな表情を浮かべる。
「なんでそんなこと聞くの」
「質問に質問を返すのはずるいですよ」
唇を尖らせる彼に、それもそうかと思い直し、紅朗は少し考える。
「まあ、でも、そうだな。鍵介のせいには違いない」
「僕のせいなんですか?」
「鍵介のお陰とも言うけど」
なんですかそれ、と、鍵介は少し嬉しそうに笑う。
二人きりの時、鍵介の表情は柔らかい。普段見せる小生意気さはなりを潜め、いくらか素直になっている。
本人がそれに気がついているのかはわからないが、紅朗にとってその様子はたまらなく愛しかった。
「ほんとだよ?」
紅朗は手を伸ばして、鍵介の柔らかい髪を撫でる。
「鍵介がいなかったら、俺は楽士側についてたかも」
「………それ、本気で言ってます?」
「割とね」
さらりと答えてから、鍵介が少し頼りなげな視線を向けてくることに気付いて、紅朗は苦笑した。
「ごめんって、冗談だ。ほんとにそんなことにはならない」
「わかってますけど………」
鍵介は子供のように不満げな顔をしながら、もぞもぞと身動ぎする。
察した紅朗が腕を広げると、鍵介はその腕のなかにすっぽりと身体を収めた。
「で、何で帰りたいと思ったんですか?」
鍵介は上目遣いにまた訊ねる。
あざとく軌道修正された話題に、紅朗は小さく「んー」と唸る。
「覚えてない?」
「何がです?」
「鍵介がさ、仲間に入った時に」
紅朗は鍵介の髪先に指を絡め、弄びながら答えた。
「俺の帰る姿を見てみたくなったって言ったから」
「………………」
沈黙の後、鍵介が怪訝な表情を浮かべた。
「えっ?それだけですか?」
「えっ、それだけだけど」
「いや、なんか、もっと、こう……」
ごにょごにょと言葉を探す鍵介の背中を、紅朗はあやすように撫でる。
「あのさ、俺記憶喪失だったんだよ?忘れたい程の現実があるって分かってるのに、わざわざそれを取り戻しに行くような理由、本来はないだろ?」
「まあ、そりゃそうかもしれませんけど……」
「俺も男の子だからね。好きな子の前ではかっこつけたかったんだよ」
そう言う紅朗を、鍵介はじっと見つめた。
「………先輩、いつ僕のこと好きになったんです?」
「一目惚れ」
きっぱりと臆面もなく言う紅朗に、鍵介は「……そうですか」とだけ返し、もぞもぞ布団に潜り込んでいく。
「鍵介?」
「いや、なんか、これ以上聞いたらまた恥ずかしいこと言われそうなんで……」
「何?照れた?」
「ちーがーいーまーすー」
布団から聞こえるくぐもった声すら愛しい、と言ったら更に照れるだろうか。
などと考えつつ、紅朗も鍵介を追いかけて布団に潜る。
「鍵介ー、こっちおいで」
「…………」
腕を広げてやると、鍵介はちょっと警戒するような視線を向けてから、また身体を預けにきた。
今度は逃がさない様に、しっかりと抱き締めて、足を絡ませる。
「あのさ、鍵介」
「……何です?」
「俺は、鍵介に会えて良かったと思ってるよ」
「…………そんなの」
僕もですよ、と呟く小さな声が、甘く胸を締め付ける。それを誤魔化すように、紅朗は鍵介を抱き締めた。