このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

主鍵

「自分が痛い思いをしたからって、人に痛みを与えて紛らわせようとするのは良くないな」
「あんたに、あんたに何がわかるんだよ!」
僕のことなんて何も知らないくせにと叫んだ彼は、黒い刃をからりと落とした。
「わからないよ、君のことは」
紅朗はぽつりと呟く。
「わかる前に、いつも消えちゃうだろ」



放送室から出てきた紅朗に、鍵介は駆け寄った。
「先輩…!」
紅朗は顔を上げて、安心したように笑う。
「鍵介。どうしたんだ?」
「どうしたんだ、って、」
鍵介は酷く不安そうな表情を浮かべて、じっと紅朗を見つめた。
「……なに、してたんですか」
「ちょっとね」
紅朗は穏やかに笑ってみせる。が、鍵介は納得しないと言いたげに首を振った。
「……何してたんですか」
これは言わないと駄目だなと諦めて、紅朗は仕方なさそうに口にする。
「ちょっと彼に会いに行ってただけだよ」
「どうして!」
「どうして。って、言われても」
語気を強める鍵介に対し、紅朗は淡々としている。
「会っておきたかったんだ。もう一度。『カギP』に」
鍵介は何か言いたげに口をはくはくと動かしていたが、やがて溜め息と共にうつむいてしまう。
「……どうして、一人で行くんですか」
紅朗は、申し訳なさそうに眉の端を下げた。
「君が行きたくなさそうだったから」
「…………」
「鍵介」
「…………」
「ごめん。もう行かないよ」
「知りません…………」
「ごめんね」
「先輩なんか、もう知りません」
「ごめんって……」
泣き出してしまった恋人を抱き寄せて、紅朗は小さく息を吐く。

あれは、君のもうひとつの姿だから、よく知っておきたかっただけなんだ。

そう言っても、彼はきっと泣き止まないだろうと考えて、紅朗は黙って鍵介の背中を撫でていた。
19/31ページ