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主笙

何かの香りが鼻を霞めた。
漂う煙の元を目で追えば、ぼんやりとした表情の恋人が、窓際で煙草をふかしているのが目に入る。
(……ああ、またか)
笙悟はいつもそうだ。
昔のことを思い出すと、煙草に逃げる癖がある。
浅葱としては、体のことを考えて止めてほしいのだが、頻繁に吸うものでもないのに、いちいち言い咎めるのは気が引けた。
少し迷ってから、浅葱は仕舞っておいた灰皿を取り出して、笙悟に近付く。
「笙悟ちゃん、灰、落とすよ」
おもむろに灰皿を差し出すと、笙悟ははっとしたように顔をあげた。
「ん……ああ、悪ぃ……」
差し出された灰皿に灰を落とそうとしたのを見計らい、浅葱は煙草を笙悟の手から取り上げた。
笙悟の驚いた顔を無視して、慣れない手付きで、灰皿に煙草を押し付ける。
「おい浅葱……」
浅葱は答えずに、灰皿を脇に追いやる。
それから笙悟の胸ぐらを掴んで、少し乱暴にキスをした。
吸い付いた唇は少し乾いていて、舌を差し込めば苦い味が広がった。
笙悟は逆らいもせずに受け入れて、浅葱を抱き締める。
暫く笙悟の口内を味わってから、浅葱はわざとらしく眉をしかめてみせる。
「……まずい」
「悪かったな……」
「笙悟ちゃん、煙草止めなよ……」
吸ってないときはまずくないよ、と、本音を織り混ぜながら呟いてみる。
「……吸いたかったら、俺とキスすればいいじゃん」
「……素直にキスしたいって言えよ」
苦笑混じりにそう言って、今度は笙悟から唇を重ねてきた。
そうじゃないよ馬鹿、と、浅葱は内心で呟く。
けれど、煙草に妬いているなんて言えなくて、黙ってそのまま目を閉じた。
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