主鍵
1ヶ月。
「1ヶ月……ですか」
「そ。1ヶ月」
向かい合ったテーブルで、二人で紅茶を入れて、クッキーをつまみながら出た話題は、ラティカの仕事の話だった。
「ツアー巡業やら何やらで、ちょっと大きいとこに着いていけることになって……1ヶ月、あちこち回ってくるよ」
「1ヶ月……」
ぽつりと、鍵介は繰り返す。砂糖を入れてかき混ぜられた紅茶が、くるくると回っていた。
「………さみしい?」
鍵介はラティカの方を見た。
さみしい?なんて聞いてくる癖に、彼の方が余程さみしそうな顔をしている。
さみしくないですよ。大丈夫です。
そう言おうとした鍵介の口からは、
「……さみしいですよ。当たり前でしょ」
と、真逆の言葉が零れ出た。
「良かった。さみしくないって言われたらどうにかしようかと」
「どうしようとしたんです?」
「さみしいって言わせるまで可愛がってた」
でしょうね、と、鍵介は呆れたようにラティカを見る。
ラティカはくすくすと笑った。
「冗談だよ。半分はね。でも、1ヶ月分は補給させて欲しいかなぁ」
「先輩なら1日で足りなくなるでしょ」
「そうなんだよなぁ………」
ラティカがそう言ってテーブルに突っ伏すので、鍵介は思わず笑ってしまった。
本当に。
この人の寂しがり屋は、筋金入りだ。
「僕も着いていけたら良かったんですけどね」
鍵介の言葉に、ラティカが顔を上げる。
「……僕の家族として?」
「あ、そっちですか?」
鍵介は首を傾げてみせた。
「先輩と一緒に仕事出来たらなって意味でした」
「え、あ、ごめん」
「いや、別に良いですよ」
慌てるラティカに、鍵介は肩を竦めてみせる。
「そもそも先輩とはジャンルが違いますし。ていうか次元も違いますし。才能って意味で」
「け、鍵介、」
ラティカが体を起こし、真剣な顔をする。
「僕はそんなつもりじゃ……」
「いや、本気にしないでくださいよ」
冗談ですよ、と鍵介はカップを持ち上げ、温くなった紅茶を口にする。
それを聞いて、ラティカは一気に脱力する。
「君さぁ……自虐ネタが分かりづらいんだよ……」
「たまに本気ですから」
「けんすけぇ……」
情けない声を出すラティカに、鍵介は声を立てて笑う。
「いや、でも、先輩だって悪いんですよ。現実に帰ってくるまで、音楽家だって教えてくれなかったじゃないですか」
「忘れてたんだよ……」
「はいはい、記憶喪失でしたもんねー」
ぼやくように言うラティカを受け流し、鍵介はお茶請けのクッキーを口に放った。
「いつ出発なんです?」
「来週……」
ラティカはそう言って、前髪をかきあげる。
「色々準備しなきゃなぁ。手伝ってくれる?」
「良いですよ」
「じゃあ、まずは下準備なんだけど」
と。
ラティカは立ち上がり、両腕を広げる。
鍵介は一瞬目を丸くしながら、「仕方ないなぁ」と笑って、彼に抱き着いた。
ラティカも、ぎゅっと鍵介を抱きしめる。
「鍵介いないの寂しい」
「まだ1週間も先ですよ」
「浮気しちゃ駄目だよ」
「するわけないでしょう」
「毎日電話していい?」
「もちろん」
「行くのやだなぁ」
「僕だって」
行って欲しくないですよ、と言いかけて、鍵介は言葉を飲み込んだ。
けれども察しの良い恋人は、にっこり笑って「ごめんね」と囁く。
鍵介は何となく悔しくなって、「別に謝って欲しいわけじゃないです」と言い返した。
「僕が謝りたいだけだよ。お土産いっぱい買ってくるね」
「……別に、お土産は、いいんで」
鍵介は溜め息と共に、今度は本音を吐き出して。
「早く帰って来てくださいね。先輩」
「1ヶ月……ですか」
「そ。1ヶ月」
向かい合ったテーブルで、二人で紅茶を入れて、クッキーをつまみながら出た話題は、ラティカの仕事の話だった。
「ツアー巡業やら何やらで、ちょっと大きいとこに着いていけることになって……1ヶ月、あちこち回ってくるよ」
「1ヶ月……」
ぽつりと、鍵介は繰り返す。砂糖を入れてかき混ぜられた紅茶が、くるくると回っていた。
「………さみしい?」
鍵介はラティカの方を見た。
さみしい?なんて聞いてくる癖に、彼の方が余程さみしそうな顔をしている。
さみしくないですよ。大丈夫です。
そう言おうとした鍵介の口からは、
「……さみしいですよ。当たり前でしょ」
と、真逆の言葉が零れ出た。
「良かった。さみしくないって言われたらどうにかしようかと」
「どうしようとしたんです?」
「さみしいって言わせるまで可愛がってた」
でしょうね、と、鍵介は呆れたようにラティカを見る。
ラティカはくすくすと笑った。
「冗談だよ。半分はね。でも、1ヶ月分は補給させて欲しいかなぁ」
「先輩なら1日で足りなくなるでしょ」
「そうなんだよなぁ………」
ラティカがそう言ってテーブルに突っ伏すので、鍵介は思わず笑ってしまった。
本当に。
この人の寂しがり屋は、筋金入りだ。
「僕も着いていけたら良かったんですけどね」
鍵介の言葉に、ラティカが顔を上げる。
「……僕の家族として?」
「あ、そっちですか?」
鍵介は首を傾げてみせた。
「先輩と一緒に仕事出来たらなって意味でした」
「え、あ、ごめん」
「いや、別に良いですよ」
慌てるラティカに、鍵介は肩を竦めてみせる。
「そもそも先輩とはジャンルが違いますし。ていうか次元も違いますし。才能って意味で」
「け、鍵介、」
ラティカが体を起こし、真剣な顔をする。
「僕はそんなつもりじゃ……」
「いや、本気にしないでくださいよ」
冗談ですよ、と鍵介はカップを持ち上げ、温くなった紅茶を口にする。
それを聞いて、ラティカは一気に脱力する。
「君さぁ……自虐ネタが分かりづらいんだよ……」
「たまに本気ですから」
「けんすけぇ……」
情けない声を出すラティカに、鍵介は声を立てて笑う。
「いや、でも、先輩だって悪いんですよ。現実に帰ってくるまで、音楽家だって教えてくれなかったじゃないですか」
「忘れてたんだよ……」
「はいはい、記憶喪失でしたもんねー」
ぼやくように言うラティカを受け流し、鍵介はお茶請けのクッキーを口に放った。
「いつ出発なんです?」
「来週……」
ラティカはそう言って、前髪をかきあげる。
「色々準備しなきゃなぁ。手伝ってくれる?」
「良いですよ」
「じゃあ、まずは下準備なんだけど」
と。
ラティカは立ち上がり、両腕を広げる。
鍵介は一瞬目を丸くしながら、「仕方ないなぁ」と笑って、彼に抱き着いた。
ラティカも、ぎゅっと鍵介を抱きしめる。
「鍵介いないの寂しい」
「まだ1週間も先ですよ」
「浮気しちゃ駄目だよ」
「するわけないでしょう」
「毎日電話していい?」
「もちろん」
「行くのやだなぁ」
「僕だって」
行って欲しくないですよ、と言いかけて、鍵介は言葉を飲み込んだ。
けれども察しの良い恋人は、にっこり笑って「ごめんね」と囁く。
鍵介は何となく悔しくなって、「別に謝って欲しいわけじゃないです」と言い返した。
「僕が謝りたいだけだよ。お土産いっぱい買ってくるね」
「……別に、お土産は、いいんで」
鍵介は溜め息と共に、今度は本音を吐き出して。
「早く帰って来てくださいね。先輩」