主鍵
鍵介の身体はどこもかしこも甘くって、砂糖菓子みたいだなと紅朗は思う。
ベッドに押し倒した可愛い恋人の首筋にかじりつくと、小さく押し殺した声があがる。
お洒落でかけているらしい眼鏡を壊さないように外してやり、ベッドサイドに避けておく。
鍵介は眼鏡を外されるたびに少し恥ずかしがるのだけれど、それがまたとても可愛いと紅朗は思う。
「先輩……」
甘えた声で求めてくる後輩を、さてどこから食べてやろうかと紅朗が舌なめずりをしていると、
電話が鳴り出した。
「……………」
「………先輩?」
鍵介は首を傾げる。
「鳴ってますよ……」
「……………」
紅朗は無視して鍵介の服を脱がせ始める。
「せーんーぱーいっ!」
鍵介の容赦のないチョップが、紅朗の額に決まった。
「ええ……分かった、分かったよ」
さして痛まない額をさすりつつ、紅朗は目の前の砂糖菓子を諦めて、携帯へと向かった。
「はいもしもし」
『あっぶちょー?!聞いて聞いてあのねあのね!パピコで笙悟先輩がバイトしてるお店あるじゃん!』
「鳴子、それ今じゃないとダメか?」
『えっ何それどういう意味?!情報は鮮度が命なんだよ!!』
「今忙しい………」
電話の向こうの鳴子が、えーっ、やら、うーっ、やらと不満そうな声をあげるのを、紅朗は淡々と宥めてやる。
それを横目に見ながら、鍵介はごそごそとセーターを脱いでいた。
『絶対だよ、次は絶対だからね!』
「はいはい、じゃあまたな」
紅朗は電話を切り、スマホを鍵介の眼鏡の脇に置く。
「鍵介、ごめん。待たせた」
「ほんとですよ」
脱いだ靴下をまとめて放り投げ、鍵介はシャツも脱ごうとする。
「あ、待って鍵介。上は俺にやらせて」
「………先輩、脱がせるの好きですね」
じとっとした目で見られたが、顔が赤いので恥ずかしいだけだろう。
正直、紅朗は鍵介のその顔が見たいだけなのだが。
「何?下も俺が脱がせていいの?」
「それは流石に少し恥ずかし……ん……」
照れる恋人の唇を塞ぎ、小さい音を立てて離してやる。
鍵介は「仕方ないなぁ」と言いたげな視線を紅朗に向けて、
「………先輩のは僕が脱がせていいですか?」
と甘えた目で見つめてくる。
「ん、いいよ。可愛いな、鍵介は」
「もう………」
そしてどちらからともなくキスをしようと、した時だった。
再び紅朗の電話が鳴り出す。
「………………………」
「………………先輩」
「……電源切っとくんだった……」
「そうですねー」
恋人からの適当な返事が辛い。
キスしようとしても顔を逸らされたので、紅朗は致し方なく電話に出た。
「もしもし」
『おー部長!聞いて驚けよ!何とこの鼓太郎様のゴシッパーのフォロワーが百人を超え』
「間違い電話です」
紅朗は電話を切り、携帯の電源を切り、ハンガーにかけた上着のポケットにしまい込んだ。
「………いいんですか、明日絶対うるさいですよ」
「いやまあ、詫びは明日ちゃんとするよ………」
罪悪感は割と、いやかなりあったが、紅朗はいったん忘れることにした。
「それより今は鍵介が欲しい」
「僕も待ちかねてるんですけど」
「ごめんって……」
「ふふ、冗談ですよ。先輩が悪いわけじゃないのわかってますから」
ごろり、と鍵介はベッドに横になる。
「でも、そうですね。……早くしないと食べ逃しちゃいますよ」
紅朗は真面目な顔をして、鍵介にのしかかる。
「それは困るな」
「でしょう?どこから食べますか」
「そうだな、まずは………」
みたび、携帯の着信音が鳴り響く。今度は別の音色だ。
「………けんすけぇ……」
「あーハイハイすみませんでした僕も切っとけば良かったですね!ちょっと退いてください。………退いてくださいってば!」
紅朗を引き剥がし、鍵介は(わざわざ)眼鏡をかけてから、電話に出る。
「はいもしもし?」
『鍵介くん?』
琴乃の声だった。
鍵介はちょっと驚きつつ、腰に張り付いてくる紅朗を適当にあしらう。
「はい、僕ですけど。どうかしました?」
『ちょっと部長に電話が繋がらなくて……ひょっとして一緒にいたりする?』
「ええ、はい、まあ」
紅朗にも聞こえていたのか、彼が顔を上げる。
『そう、二人ともすぐ来てくれない?美笛ちゃんと鈴奈ちゃんがデジヘッドに絡まれて……』
「すぐ行きます!」
鍵介が返事をするよりも早く、紅朗は上着を羽織り、身支度を整えていた。
「鍵介は後からおいで、俺は先に行くから」
「すぐ追いつくんで!」
「ああ」
紅朗は玄関から飛び出していき、少し遅れて鍵介も紅朗の後を追い掛けた。
「で。維弦先輩が近くにいて、四人で片付けてくれていたと」
「何か問題でも?」
涼し気な表情の維弦に、鍵介は「いーえー?」と首を振る。
「ちょっと、アタシも忘れないでよね!5人で頑張ったんだってば!」
「あーハイハイ、ごめんって」
頬を膨らませるアリアを、鍵介はなだめた。
「ごめんなさい二人とも。すぐに頼れるのが部長しか思いつかなくって……」
申し訳なさそうな琴乃に、「気にしなくていいよ」と紅朗は言った。
「連絡つかなくしててごめんな。携帯の充電切れてて」
さらりと嘘を吐く紅朗に、内心うわぁと思いながらも、鍵介は何も言わない。
「あの、本当にありがとうございました……」
「いやぁ〜、一時はどうなることかと……」
泣きそうな鈴奈と、苦笑いする美笛に、紅朗は「無事で良かった」と声をかける。
「まあ僕たち何もしてないんですけどね……」
「す、すみません……」
「あ、いやいや、大丈夫大丈夫……」
鈴奈がさらに申し訳なさそうな表情になり、鍵介は慌てる。
「帰らなくていいのか?部長」
維弦が不思議そうな顔をしてみせる。
「響は靴下も履かずに来たようだが」
げ、と鍵介は嫌そうな顔をした。
「……よく気付きましたねぇ」
紅朗はちょっと笑いつつ、
「もう大丈夫そうなら帰るよ」
「そうか。アリアもいる、問題はないだろう」
と、維弦は頷いてみせる。
琴乃も後は大丈夫だからと言いつつ、「今度お詫びするわね」とウィンクをくれた。
「じゃ、帰りましょうか」
琴乃たちと別れて、紅朗と鍵介は歩き出す。
「ああ。鍵介、足痛くないか?」
「ちょっと違和感はあるけど大丈夫ですよ。………それよりですね」
鍵介は紅朗の指に、自分の指を絡める。
「早く帰って、つづき、したいんですけど」
紅朗は笑って、指を絡め返した。
「あのね部長、デートならそう言ってくれたら少なくとも私は空気読むから」
「ありがとう琴乃………」
「他に言うことは?」
「つまんない嘘ついてごめんなさい………」
「素直でよろしい」
ベッドに押し倒した可愛い恋人の首筋にかじりつくと、小さく押し殺した声があがる。
お洒落でかけているらしい眼鏡を壊さないように外してやり、ベッドサイドに避けておく。
鍵介は眼鏡を外されるたびに少し恥ずかしがるのだけれど、それがまたとても可愛いと紅朗は思う。
「先輩……」
甘えた声で求めてくる後輩を、さてどこから食べてやろうかと紅朗が舌なめずりをしていると、
電話が鳴り出した。
「……………」
「………先輩?」
鍵介は首を傾げる。
「鳴ってますよ……」
「……………」
紅朗は無視して鍵介の服を脱がせ始める。
「せーんーぱーいっ!」
鍵介の容赦のないチョップが、紅朗の額に決まった。
「ええ……分かった、分かったよ」
さして痛まない額をさすりつつ、紅朗は目の前の砂糖菓子を諦めて、携帯へと向かった。
「はいもしもし」
『あっぶちょー?!聞いて聞いてあのねあのね!パピコで笙悟先輩がバイトしてるお店あるじゃん!』
「鳴子、それ今じゃないとダメか?」
『えっ何それどういう意味?!情報は鮮度が命なんだよ!!』
「今忙しい………」
電話の向こうの鳴子が、えーっ、やら、うーっ、やらと不満そうな声をあげるのを、紅朗は淡々と宥めてやる。
それを横目に見ながら、鍵介はごそごそとセーターを脱いでいた。
『絶対だよ、次は絶対だからね!』
「はいはい、じゃあまたな」
紅朗は電話を切り、スマホを鍵介の眼鏡の脇に置く。
「鍵介、ごめん。待たせた」
「ほんとですよ」
脱いだ靴下をまとめて放り投げ、鍵介はシャツも脱ごうとする。
「あ、待って鍵介。上は俺にやらせて」
「………先輩、脱がせるの好きですね」
じとっとした目で見られたが、顔が赤いので恥ずかしいだけだろう。
正直、紅朗は鍵介のその顔が見たいだけなのだが。
「何?下も俺が脱がせていいの?」
「それは流石に少し恥ずかし……ん……」
照れる恋人の唇を塞ぎ、小さい音を立てて離してやる。
鍵介は「仕方ないなぁ」と言いたげな視線を紅朗に向けて、
「………先輩のは僕が脱がせていいですか?」
と甘えた目で見つめてくる。
「ん、いいよ。可愛いな、鍵介は」
「もう………」
そしてどちらからともなくキスをしようと、した時だった。
再び紅朗の電話が鳴り出す。
「………………………」
「………………先輩」
「……電源切っとくんだった……」
「そうですねー」
恋人からの適当な返事が辛い。
キスしようとしても顔を逸らされたので、紅朗は致し方なく電話に出た。
「もしもし」
『おー部長!聞いて驚けよ!何とこの鼓太郎様のゴシッパーのフォロワーが百人を超え』
「間違い電話です」
紅朗は電話を切り、携帯の電源を切り、ハンガーにかけた上着のポケットにしまい込んだ。
「………いいんですか、明日絶対うるさいですよ」
「いやまあ、詫びは明日ちゃんとするよ………」
罪悪感は割と、いやかなりあったが、紅朗はいったん忘れることにした。
「それより今は鍵介が欲しい」
「僕も待ちかねてるんですけど」
「ごめんって……」
「ふふ、冗談ですよ。先輩が悪いわけじゃないのわかってますから」
ごろり、と鍵介はベッドに横になる。
「でも、そうですね。……早くしないと食べ逃しちゃいますよ」
紅朗は真面目な顔をして、鍵介にのしかかる。
「それは困るな」
「でしょう?どこから食べますか」
「そうだな、まずは………」
みたび、携帯の着信音が鳴り響く。今度は別の音色だ。
「………けんすけぇ……」
「あーハイハイすみませんでした僕も切っとけば良かったですね!ちょっと退いてください。………退いてくださいってば!」
紅朗を引き剥がし、鍵介は(わざわざ)眼鏡をかけてから、電話に出る。
「はいもしもし?」
『鍵介くん?』
琴乃の声だった。
鍵介はちょっと驚きつつ、腰に張り付いてくる紅朗を適当にあしらう。
「はい、僕ですけど。どうかしました?」
『ちょっと部長に電話が繋がらなくて……ひょっとして一緒にいたりする?』
「ええ、はい、まあ」
紅朗にも聞こえていたのか、彼が顔を上げる。
『そう、二人ともすぐ来てくれない?美笛ちゃんと鈴奈ちゃんがデジヘッドに絡まれて……』
「すぐ行きます!」
鍵介が返事をするよりも早く、紅朗は上着を羽織り、身支度を整えていた。
「鍵介は後からおいで、俺は先に行くから」
「すぐ追いつくんで!」
「ああ」
紅朗は玄関から飛び出していき、少し遅れて鍵介も紅朗の後を追い掛けた。
「で。維弦先輩が近くにいて、四人で片付けてくれていたと」
「何か問題でも?」
涼し気な表情の維弦に、鍵介は「いーえー?」と首を振る。
「ちょっと、アタシも忘れないでよね!5人で頑張ったんだってば!」
「あーハイハイ、ごめんって」
頬を膨らませるアリアを、鍵介はなだめた。
「ごめんなさい二人とも。すぐに頼れるのが部長しか思いつかなくって……」
申し訳なさそうな琴乃に、「気にしなくていいよ」と紅朗は言った。
「連絡つかなくしててごめんな。携帯の充電切れてて」
さらりと嘘を吐く紅朗に、内心うわぁと思いながらも、鍵介は何も言わない。
「あの、本当にありがとうございました……」
「いやぁ〜、一時はどうなることかと……」
泣きそうな鈴奈と、苦笑いする美笛に、紅朗は「無事で良かった」と声をかける。
「まあ僕たち何もしてないんですけどね……」
「す、すみません……」
「あ、いやいや、大丈夫大丈夫……」
鈴奈がさらに申し訳なさそうな表情になり、鍵介は慌てる。
「帰らなくていいのか?部長」
維弦が不思議そうな顔をしてみせる。
「響は靴下も履かずに来たようだが」
げ、と鍵介は嫌そうな顔をした。
「……よく気付きましたねぇ」
紅朗はちょっと笑いつつ、
「もう大丈夫そうなら帰るよ」
「そうか。アリアもいる、問題はないだろう」
と、維弦は頷いてみせる。
琴乃も後は大丈夫だからと言いつつ、「今度お詫びするわね」とウィンクをくれた。
「じゃ、帰りましょうか」
琴乃たちと別れて、紅朗と鍵介は歩き出す。
「ああ。鍵介、足痛くないか?」
「ちょっと違和感はあるけど大丈夫ですよ。………それよりですね」
鍵介は紅朗の指に、自分の指を絡める。
「早く帰って、つづき、したいんですけど」
紅朗は笑って、指を絡め返した。
「あのね部長、デートならそう言ってくれたら少なくとも私は空気読むから」
「ありがとう琴乃………」
「他に言うことは?」
「つまんない嘘ついてごめんなさい………」
「素直でよろしい」