社会人メロンパンズ(荒北 鳴子 )長編 完結
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***注意!!!***
ここからは鳴子ルートになります。
荒北ルートのみ読みたい方は一度目次へお戻り下さると助かります。
***
「私、私……」
ずっと好きだった。憧れていた。
エースとして輝いていたあなたも。
エースアシストもして運び屋をしていたあなたも。
真剣に仕事に取り組んでいたあなたも。
話すと怖くなくて、実はみんなから頼られていて信頼されている。
ベプシを飲む、頭を掻く、口が悪い、照れ屋で、人を寄せ付けないけど、一度心を開いた相手には優しくて。
「ずっと、大好きでした荒北さん……」
名字にとって荒北は初恋で、そのままずっと今に至ると彼女は自身でも疑っていなかった。
「ハッ、過去形とは正直じゃねーか名字チャン、もうわかってんだろ」
ぽろぽろと涙を零しながら名字は思い出していた。
憧れの先輩と偶然にも同じ会社に就職できたことを喜んだあの日、側にいて話を聞いてくれた赤い髪の同僚を。
喜んでくれた。励ましてくれた。笑わせてくれた。
彼だって同じ新人で大変な時でも、いつも同期のみんなを元気付けて。
上司にも気に入られ、後に出来た後輩からも慕われた。
誰からも愛されていたのに、大切な人から愛されなくなっていた。
彼も悩んでいた。
別れたと聞いた。
好きだと言われた。
彼とは長く同期であり友人で混乱したけれど。
「荒北さん、どうしよう、私鳴子くんが好きみたいです……」
いつも助けてくれて、さりげなく見ていてくれて、頑張り屋で努力家なところも。
目立つことが好きで盛り上げ上手な情に厚い、負けず嫌いで意地っ張りなところも。
小柄なのに筋肉質で逞しさもある。たくさん食べるし笑顔は可愛い。
「答えでてんじゃねーか、どうしようもねーヨ、今すぐいって来い」
荒北は、存外穏やかな表情で立ち上がる。全て分かっていたかのように。
「しっかりついて来いよ」
元箱根のエースアシスト荒北先輩に着いて旅館の廊下を歩く。
それは頼もしくて、名字は今までのエースたちに思いを馳せる。同時にその背中についていける事の幸せに震えていた。
二次会の宴会が行われているであろう大広間の襖の前に立つと、賑やかな声とカラオケの音が漏れ聞こえる。
「ここで待ってなよ名字チャン、呼んできてやっからァ」
自分でいけると声をかけようとしたが、荒北が襖を開けると同時に見えたものに全てを理解した。
お酌をしたり身体をもたれかけたりしてサービスをしてる女性たちがたくさんいた。
それはもちろん鳴子の隣にも。
「名前ちゃん、気分よぉなったん」
いつもは安心する関西弁に名字は苛立ちを覚えた。
着崩した浴衣の淵にわざとらしい紅が付着している。名字は先程までの熱が一気に引いていくような、冷めた気持ちになっていた。
「鳴子くん、宴会の司会ありがとう。私幹事なのに途中で抜けてしまって本当にごめんなさい」
深々と頭を下げ、鳴子の返事も聞かずに、そのまま踵を返して駆け出した。
「ちょ、名前ちゃん!!」
鳴子が呼び止めるが名前は止まらない。どんどん駆けて行ってしまう。
「鳴子ォ!!」
上司のご機嫌なカラオケの中でもはっきり届く声。
「大事なモン何度も取りこぼしてんじゃねーよ!!しっかりシろ決めて来い鳴子!!」
鳴子の背中に荒北の手が置かれる。
長い指に熱い掌。
たくさんの思いのこもったその手で、背中を押された鳴子は、上司との酒の席を捨てて名字を追った────
「名前ちゃん!待ってや!」
スリッパも履かず裸足で追いかけてくる鳴子に名字はあっさりと捕まる。
「自分遅いなー、運動してへんやろ」
肩を掴まれくるりと反転させられ、鳴子と向かい合わせにされる。
「鳴子くん、お酒臭い」
「あー、すまんな。でも名前ちゃんもたいがいやで」
「鳴子くん、タバコ臭い」
「ワイは吸わんで」
「知らない香水のにおいする」
「…………」
「ほかの女の人のにおいがする……」
名字の目からは涙が溢れてで、身体は小刻みに震えていた。
「嫌なんか?」
「うん」
「ワイから他の女の子の匂いがしたら嫌なんか名前ちゃん」
「なんでそんな嬉しそうなの!!」
「そら嬉しいやろ!名前ちゃんもワイが大好きや言うてくれたんやから」
名前が驚いて顔を上げると同時に力一杯抱きしめられた。
「苦しい、苦しいし、くさい」
ギブアップの動きをすると鳴子はすぐに謝りながら腕を解いてくれた。
「ワイも名前ちゃんが大好きやで」
前髪をあげられる、おでこにひとつキスをされた。
額ではあったが、突然の唇の感触に心臓が跳ねた。
「な、鳴子くん!」
「ワイいまクサイらしいから額で堪忍な」
八重歯を見せて笑う。名字を何より安心させる笑顔。
手を繋いで、今走ってきた道を戻るよう、鳴子にうながされた。
触れた手の指は絡み合い、手のひらを親指でくすぐったり、目が合っては笑い合って、廊下を戻って行った。
「すんませーーん!!鳴子章吉、彼女が出来ましたんで本日はこれにて退散いたします!!」
宴会場の上司に律儀に挨拶をしにきたことに驚き、その恥ずかしさと、鳴子の身代わりに上司に捕まり、酒の席でグダを巻きながら睨んできた荒北の顔は一生忘れないと思った名字であった────
視線で虎って殺せるのかと思った。