社会人メロンパンズ(荒北 鳴子 )長編 完結
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「しおり?そんなんも名字さんがつくらなあかんの」
「そう。誰もみないとは思うんだけど、作るからにはこだわりたくて」
「でもいくらワイが天才かてそっちの才能は持ってへんな」
仕事の休憩中の雑談。言いながら鳴子は先輩スプリンターの青八木の顔を思い出していた。
今は自転車には乗っていないが美術系の大学を出てデザイン事務所に勤めていたはずだ。
「知り合いに詳しい人はおるけど」
「うん、プロの人に頼むのはちょっと気が引けちゃうかな」
「せやなあ、社外の人やし」
缶コーヒーに口を付ける鳴子を横目に、名字は先日の荒北とのやりとりを思い出していた。
何を失敗したのだろう。
昔からずっと荒北を見ていた。
頼まれもしないのにベプシを選んで気持ち悪かっただろうか。
東堂ファンクラブでは隠し撮りは禁止されていたが、レース中や部活中の東堂に許可された場所では撮影が自由だったのだが、そこは荒北を見る絶好の場でもあった。皆が東堂の写真を撮る中、それこそ荒北を隠し撮りのようにカメラに収めたのが良くなかっただろうか。
野球が好きだったくせに、初恋の人が野球を辞めたから競技自転車に興味を持ったのがいけなかっただろうか。
最近、本当に最近、荒北とフレンドリーに話せるようになって名字は浮かれていた。きっとそれが良くなかったのだ。
「どないしたん、名字さん」
沈んでいる名字に気づき、優しく声をかけてくる。彼からは隠しもしない好意が伝わってきた。
鳴子章吉。先月長く付き合った彼女と別れたばかりらしいが、ここ半年ほどはあまりうまくいかずすれ違ってばかりだったらしい。
その彼女と別れてすぐから名字に頻繁に声をかけてきた。同期だし、なかなか二人きりでとはならなかったので誘いに応じているうち、冗談ではないことが伝わってきた。
鳴子と付き合ったら大事にされる。別れた彼女との仲を修復しようと頑張っていたのも知っている。誰に聞いても人柄は完璧、仕事ぶりも信頼できる上司から太鼓判を押されている。
「また荒北さんのこと考えとるんやろ」
赤みがかった瞳に捉えられる。距離が近い。
少しだけどきりとしたのは内緒だ。拳二つほど距離をとり、お茶を飲んで心を落ち着けた。
「うん、最近私のこと覚えてくれたり、話かけてくれたりしてたんだけど。なんだか今は避けられてる気がする。よそよそしくなったというか……」
「まあ今忙しいみたいやし、気が立っとるんと違う」
「だといいんだけど」
「だからワイにしとけって」
「鳴子くんすぐそれだから」
「本気やのに」
本気なのはそうだろうと最近は思うのだがいかんせんノリが軽い。
重くても返答に困るので、自分を意識させつつも、名字に影響もないラインを攻めているのだ。
このまま荒北が大人しく名字と疎遠になってくれれば時間をかけて己の方を向かせる自信が鳴子にはあった。
だが荒北がその気になってしまうと分が悪い。なにせ名字は野球部の荒北先輩に恋をしていたのだ。十年越しの片思いだ。
荒北はああ見えて重い女は嫌いでないだろう。本気の人間に優しいところがある。バレるのは鳴子にとって得策ではない。
身近にいつも度を超えたモテ男がいた荒北は恋愛に対して感覚がズレていて、読み間違えることがよくあるのを鳴子はわかっていたし、自分自身も規格外のイケメンが隣にいたのでその感覚はよく理解できた。
荒北が他の女より名字に興味を示したのは明白であったし、本当の名字に気付く前に、虎は彼女を狩っておきたかった。
「なあ……しおり作るの手伝ったるわ。ワイも楽しみやねん」
あいたはずの二人の隙間が詰められる。
柑橘系の甘めの香り。鳴子の匂いだ。
「鳴子くん、社員旅行そんなに好きだった?」
「名前ちゃんと一緒やからな」
熱のこもった声。真っ直ぐな視線。
名字は荒北がずっと好きだと、鳴子に彼女がいたときから話ているというのに。どうしてこんな心を掻き乱すことをするのだろう。
言葉はでてこず、心臓が忙しく働く音だけを聞いていた。
「そう。誰もみないとは思うんだけど、作るからにはこだわりたくて」
「でもいくらワイが天才かてそっちの才能は持ってへんな」
仕事の休憩中の雑談。言いながら鳴子は先輩スプリンターの青八木の顔を思い出していた。
今は自転車には乗っていないが美術系の大学を出てデザイン事務所に勤めていたはずだ。
「知り合いに詳しい人はおるけど」
「うん、プロの人に頼むのはちょっと気が引けちゃうかな」
「せやなあ、社外の人やし」
缶コーヒーに口を付ける鳴子を横目に、名字は先日の荒北とのやりとりを思い出していた。
何を失敗したのだろう。
昔からずっと荒北を見ていた。
頼まれもしないのにベプシを選んで気持ち悪かっただろうか。
東堂ファンクラブでは隠し撮りは禁止されていたが、レース中や部活中の東堂に許可された場所では撮影が自由だったのだが、そこは荒北を見る絶好の場でもあった。皆が東堂の写真を撮る中、それこそ荒北を隠し撮りのようにカメラに収めたのが良くなかっただろうか。
野球が好きだったくせに、初恋の人が野球を辞めたから競技自転車に興味を持ったのがいけなかっただろうか。
最近、本当に最近、荒北とフレンドリーに話せるようになって名字は浮かれていた。きっとそれが良くなかったのだ。
「どないしたん、名字さん」
沈んでいる名字に気づき、優しく声をかけてくる。彼からは隠しもしない好意が伝わってきた。
鳴子章吉。先月長く付き合った彼女と別れたばかりらしいが、ここ半年ほどはあまりうまくいかずすれ違ってばかりだったらしい。
その彼女と別れてすぐから名字に頻繁に声をかけてきた。同期だし、なかなか二人きりでとはならなかったので誘いに応じているうち、冗談ではないことが伝わってきた。
鳴子と付き合ったら大事にされる。別れた彼女との仲を修復しようと頑張っていたのも知っている。誰に聞いても人柄は完璧、仕事ぶりも信頼できる上司から太鼓判を押されている。
「また荒北さんのこと考えとるんやろ」
赤みがかった瞳に捉えられる。距離が近い。
少しだけどきりとしたのは内緒だ。拳二つほど距離をとり、お茶を飲んで心を落ち着けた。
「うん、最近私のこと覚えてくれたり、話かけてくれたりしてたんだけど。なんだか今は避けられてる気がする。よそよそしくなったというか……」
「まあ今忙しいみたいやし、気が立っとるんと違う」
「だといいんだけど」
「だからワイにしとけって」
「鳴子くんすぐそれだから」
「本気やのに」
本気なのはそうだろうと最近は思うのだがいかんせんノリが軽い。
重くても返答に困るので、自分を意識させつつも、名字に影響もないラインを攻めているのだ。
このまま荒北が大人しく名字と疎遠になってくれれば時間をかけて己の方を向かせる自信が鳴子にはあった。
だが荒北がその気になってしまうと分が悪い。なにせ名字は野球部の荒北先輩に恋をしていたのだ。十年越しの片思いだ。
荒北はああ見えて重い女は嫌いでないだろう。本気の人間に優しいところがある。バレるのは鳴子にとって得策ではない。
身近にいつも度を超えたモテ男がいた荒北は恋愛に対して感覚がズレていて、読み間違えることがよくあるのを鳴子はわかっていたし、自分自身も規格外のイケメンが隣にいたのでその感覚はよく理解できた。
荒北が他の女より名字に興味を示したのは明白であったし、本当の名字に気付く前に、虎は彼女を狩っておきたかった。
「なあ……しおり作るの手伝ったるわ。ワイも楽しみやねん」
あいたはずの二人の隙間が詰められる。
柑橘系の甘めの香り。鳴子の匂いだ。
「鳴子くん、社員旅行そんなに好きだった?」
「名前ちゃんと一緒やからな」
熱のこもった声。真っ直ぐな視線。
名字は荒北がずっと好きだと、鳴子に彼女がいたときから話ているというのに。どうしてこんな心を掻き乱すことをするのだろう。
言葉はでてこず、心臓が忙しく働く音だけを聞いていた。