王騎軍新米使用人日記
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6
「いってらっしゃいませ」
「では留守を頼みますよォ、皆さん」
使用人一同で殿を見送る。
今日は錬兵の日。王騎を先頭に軍長達に率いられた兵達がゆっくりと進軍していく。
遠くから自分の名前を呼ばれた気がした。
沙月が顔を上げると、すでにだいぶ進んだ先にいた馬上の摎と視線が合った。
摎の口元が大きく動く。
――お・や・つ!
(帰ったら、おやつ食べたいってことね!)
――了解しました!
沙月が大きく頷くのを見ると、嬉しそうに摎は手を振り前進していった。
「あれま、いつの間にかずいぶんと摎様と仲良くなったのね?」
「そうなんです。近頃一緒に朝鍛錬してるんですよ」
先輩使用人の春は、立ち止まるとぴたぴたと後輩の顔に触れた。
「鍛錬ねぇ…。元気だこと。…んん?今日化粧していないわね?」
「挑戦したんですけど、どうも上手にできなくて…さっき顔を洗っちゃいました」
「いいわねぇ~若いって。化粧してなくてもこの肌艶なんだから…」
溜息と共に頬をつままれる。
「でも!ちゃんと普段から綺麗にしていなさい。何て言ったって王騎城で働いているんだからね。どこに居ても城の代表っていう位の気持ちでいないと。それに、いざという時もあるだろうし…」
確かに他の女性使用人を見ると、皆綺麗に化粧をしている。
「…いざ、ですか」
「前も言ったでしょ。この城は他よりも素敵な殿方が沢山いるんだ。いつお誘いがあるかもわからないんだから…」
「お誘い…された事ないですねぇ?」
「あぁそうだった!この子はその手の事となるとおニブなんだった」
愉快そうに笑うと、春はぽんぽんと沙月の頭を撫でた。
「まぁ、あんたに声をかける度胸のある男はまだいなさそうだねぇ」
隆国の妹、隆沙月。
全く似ていない兄妹として、城では有名人である。
少しあか抜けない…良く言えば素朴な雰囲気の沙月は、モテモテとまではいかないが一部の男性には人気がある。
だが常に兄が目を光らせている為、中々声をかける者がいないのだ。
そこを振り切って思い切って声をかけても、本人が鈍いので上手くいったものはいない…
「お化粧もそのうち練習しますよ!…って。春姐さんもここで結婚相手を見つけたんですか?」
「そりゃあ…まぁ」
恥ずかしそうに明後日の方向を向く春を見て、姐さんかわいい!と密かに萌える沙月だった。
*
「ふんふんふふふ♪」
鼻歌交じりで沙月は掃除用具を持って軍長達の部屋へと向かった。
部屋の中を掃除してもらいたい者は、扉部分に「掃除希望」札がかけてある。
「えーっと今日は…録嗚未と、干央様と、隆国兄様だけね!よし!」
沙月は気合を入れて掃除を始めた。
順調に掃除していると、外からキィ…と扉の開く音。
誰か帰ってきたのかと思い覗いてみると、鱗坊の部屋から女性が出てきた。
「…」「…」
見つめ合う二人。
「えっと…こんにちは」
とりあえずぺこりと頭を下げると、女性も慌てて頭を下げた。
「ごめんなさいね、夜のうちに帰るつもりが…鱗坊様起こして下さらないから、つい寝過ごしてしまったわ…」
華やかな着物に色っぽい化粧。気だるげな雰囲気。この城では見た事のない顔だ。
「美人さんだ…」
ぽーっとする沙月を見て、女性はにこっと微笑んだ。
「あたし、翠蘭(すいらん)っていいます。城下街の花街にある置屋の者ですの。昨日鱗坊様と一緒に飲んでおりまして、その後…うふふ。」
(うふふ…?置屋っていうことは、いわゆるそういう事を…鱗坊様ったら…!)
「私は沙月といいます。最近こちらで働くようになりました」
「あら、あなたが噂の隆国様の妹さんね」
「はい!よろしくお願いいたします」
翠蘭は沙月をまじまじと見つめると、「…ほんとに似てないわぁ…」と呟いた。
「えぇ、似てないんです…」
二人は顔を見合わすと、くすくすと笑い合った。
(あっ。そうだ…!)
「――あの!翠蘭さんに折り入ってお願いがあるんですが…」
「あら何でしょう。あたしでいいのかしら」
「ええ、実は…」
*
「んーっ!沙月の作るお焼き、最高~!」
「どんどん焼きますからね、いっぱい食べて下さい!」
夕方錬兵から帰ってきた摎は、風呂へ行かずささっと水浴びすると、まっすぐに沙月の所へとやってきた。
使用人の住まう棟には、簡単な水場とかまどが付いている。
今食堂では夕食作りの真っ最中なので、沙月はこちらで摎の為におやつを作っていた。
今日のおやつはお焼き。
小麦を練った生地に甘く煮た小豆と、炒った胡桃を細かく砕いた混ぜた餡を包んで丸め、鉄なべにぎゅっと押し付ける。
もう一種類は塩気のあるものを…と食堂から青菜の漬物をもらってきて、それを細かく刻んでゴマと和えた具を包んだ。
「この餡美味しい…何個でも食べられる!」
幸せそうに食べる摎の顔を見ていると、こちらも幸せな気持ちになってくる。
「摎様、ここ怪我してます!薬を塗りますからちょっとじっとしてて下さい」
「大丈夫だよ~!こんなのかすり傷」
「だ・め・で・す!」
そこへ、風呂上りの男達が匂いに釣られてやって来た。
隆国と騰、鱗坊の3人である。
「おお、美味そうなものを食べてるじゃないか」
「お疲れ様です、良かったら皆さんもどうぞ」
「はい隆国、どうぞ」
隆国は甘い方のお焼きを一口食べると驚いた。
「うん…これは懐かしい。母さんが良く作ってくれた味だな」
「さすが兄様!覚えてたんだ?」
「あぁ。懐かしい味だ」
「これはうまいな、餡の中に胡桃が入っているのか。香ばしい」
口に合ったのか、騰もぺろりと1つ食べ終えると2つ目に手を出した。
「我が家の秘伝の味は、餡の中に更に少しだけ胡麻油を足すんです。そうするとさらに香ばしさが増して美味しいんですよ」
「なるほど、胡麻油か…」
「ちょっと騰!甘いのばっかり食べないでよ!」
「摎。ここでは早い者勝ちだ」
「私が沙月にお願いして作ってもらったのに~!」
「練習試合で私に負け続けているのは誰だ?」
「くうっ、次は負けないからね!」
騰と摎のこのやり取りもいつもの事。
喧嘩するほど?仲が良い。
沙月はお焼きを作り続けながら、漬物入りのを食べている鱗坊をじーっと見つめていた。
(…鱗坊様、あんなに綺麗な翠蘭さんと…うふふな事を…)
「――ん?何だ。あまりにも俺がいい男だからってそんなに見つめるなよ」
「ち、違います!!あの…翠蘭さんと会ったんです」
「そうか。あいつはいい女だったろう?寝姿があまりにも色っぽかったから起こさずそのまま出てしまったんだよな。悪い事をした…」
「突然すごく綺麗な方がお部屋から出て来たからびっくりしましたよ…」
「そうだろう、お前も翠蘭とまではいかないが、もう少し色気があればなぁ!」
愉快そうに笑う鱗坊にぐぬぬ…となる沙月。
(くそう!絶対、絶対見返してやる…!)
「おいこらうちの妹がこれ以上可愛くなると困るから、余計な事を言うんじゃない!」
「兄様も余計な事言わないで!」
―― 沙月はそのままでいいのに…と騰は思ったが、そのままもぐもぐとお焼きを食べ続けるのだった。
*
それからしばらくして。
王騎城ではある噂が流れていた。
どうやら、沙月は城外に恋人ができたらしい――
*
「沙月~!おはよう」
「春姐さんおはようございます」
最近の沙月は毎日きちんと化粧をし、身だしなみもこなれ感が増し、しかもいい香りまで身にまとうようになった。
だがそれだけで恋人がいるという噂になるわけもない。
決定的な、もう一つの理由がある。
数日に一度、仕事の後や休みの日に城下街へと急ぎ足で向かう沙月。
どこへ行くんだい?という問いかけにもちょっと…と言葉を濁す。
そして城の門の近くまで男と一緒に戻ってきているのを何度も目撃されていた。
それらの情報を繋ぐと、沙月は城外の男と恋人同士になり、こっそり逢瀬を重ねている。
結果、見た目もどんどん女性らしくなってきているのではないか?
春は最近よく耳に入ってくるようになったその噂の真相を確かめるべく、沙月を近くの小部屋へと押し込んだ。
「どうかしましたか?」
「…あんた、恋人が出来たのかい?しかも城外に…。水臭いよ、言ってくれれば協力したのにさ」
「え?」
「え?って?」
顔を見合わせて、きょとんとする二人。
「私、恋人なんていませんよ?」
「…本当?」
春から噂の事を聞くと、沙月は大笑いをした。
「違いますよ!実はですね…今、花街のお姐さん達から、お化粧を教わっているんです」
「な、なんだって?!」
「教えてもらう代わりに、置屋で簡単なおやつや食事を作ったり、繕い物をしたりして…結構楽しいんですよ。――あ、男の人っていうのは置屋の用心棒ですね。帰る時間が遅くなった時にお姐さんが危ないからって付けてくれるんです」
――なるほど、道理で化粧初心者のくせに上手く流行りの色や髪形を取り入れてるはずだわ…。まったくこの娘は…。
思わず脱力してしまう。
「…そうかい。まぁ変な事していないならいいよ。ただ…」
春は少し考えると、最近妙に落ち着きのない軍長達の顔を思い浮かべてにやりと笑った。
「面白そうだから、もう少しこの事は私との沙月ヒミツにしておこうか」
「…?」
つづく。
お焼きっぽい食べ物って、昔からどこの国にでもありそうですよね。
「いってらっしゃいませ」
「では留守を頼みますよォ、皆さん」
使用人一同で殿を見送る。
今日は錬兵の日。王騎を先頭に軍長達に率いられた兵達がゆっくりと進軍していく。
遠くから自分の名前を呼ばれた気がした。
沙月が顔を上げると、すでにだいぶ進んだ先にいた馬上の摎と視線が合った。
摎の口元が大きく動く。
――お・や・つ!
(帰ったら、おやつ食べたいってことね!)
――了解しました!
沙月が大きく頷くのを見ると、嬉しそうに摎は手を振り前進していった。
「あれま、いつの間にかずいぶんと摎様と仲良くなったのね?」
「そうなんです。近頃一緒に朝鍛錬してるんですよ」
先輩使用人の春は、立ち止まるとぴたぴたと後輩の顔に触れた。
「鍛錬ねぇ…。元気だこと。…んん?今日化粧していないわね?」
「挑戦したんですけど、どうも上手にできなくて…さっき顔を洗っちゃいました」
「いいわねぇ~若いって。化粧してなくてもこの肌艶なんだから…」
溜息と共に頬をつままれる。
「でも!ちゃんと普段から綺麗にしていなさい。何て言ったって王騎城で働いているんだからね。どこに居ても城の代表っていう位の気持ちでいないと。それに、いざという時もあるだろうし…」
確かに他の女性使用人を見ると、皆綺麗に化粧をしている。
「…いざ、ですか」
「前も言ったでしょ。この城は他よりも素敵な殿方が沢山いるんだ。いつお誘いがあるかもわからないんだから…」
「お誘い…された事ないですねぇ?」
「あぁそうだった!この子はその手の事となるとおニブなんだった」
愉快そうに笑うと、春はぽんぽんと沙月の頭を撫でた。
「まぁ、あんたに声をかける度胸のある男はまだいなさそうだねぇ」
隆国の妹、隆沙月。
全く似ていない兄妹として、城では有名人である。
少しあか抜けない…良く言えば素朴な雰囲気の沙月は、モテモテとまではいかないが一部の男性には人気がある。
だが常に兄が目を光らせている為、中々声をかける者がいないのだ。
そこを振り切って思い切って声をかけても、本人が鈍いので上手くいったものはいない…
「お化粧もそのうち練習しますよ!…って。春姐さんもここで結婚相手を見つけたんですか?」
「そりゃあ…まぁ」
恥ずかしそうに明後日の方向を向く春を見て、姐さんかわいい!と密かに萌える沙月だった。
*
「ふんふんふふふ♪」
鼻歌交じりで沙月は掃除用具を持って軍長達の部屋へと向かった。
部屋の中を掃除してもらいたい者は、扉部分に「掃除希望」札がかけてある。
「えーっと今日は…録嗚未と、干央様と、隆国兄様だけね!よし!」
沙月は気合を入れて掃除を始めた。
順調に掃除していると、外からキィ…と扉の開く音。
誰か帰ってきたのかと思い覗いてみると、鱗坊の部屋から女性が出てきた。
「…」「…」
見つめ合う二人。
「えっと…こんにちは」
とりあえずぺこりと頭を下げると、女性も慌てて頭を下げた。
「ごめんなさいね、夜のうちに帰るつもりが…鱗坊様起こして下さらないから、つい寝過ごしてしまったわ…」
華やかな着物に色っぽい化粧。気だるげな雰囲気。この城では見た事のない顔だ。
「美人さんだ…」
ぽーっとする沙月を見て、女性はにこっと微笑んだ。
「あたし、翠蘭(すいらん)っていいます。城下街の花街にある置屋の者ですの。昨日鱗坊様と一緒に飲んでおりまして、その後…うふふ。」
(うふふ…?置屋っていうことは、いわゆるそういう事を…鱗坊様ったら…!)
「私は沙月といいます。最近こちらで働くようになりました」
「あら、あなたが噂の隆国様の妹さんね」
「はい!よろしくお願いいたします」
翠蘭は沙月をまじまじと見つめると、「…ほんとに似てないわぁ…」と呟いた。
「えぇ、似てないんです…」
二人は顔を見合わすと、くすくすと笑い合った。
(あっ。そうだ…!)
「――あの!翠蘭さんに折り入ってお願いがあるんですが…」
「あら何でしょう。あたしでいいのかしら」
「ええ、実は…」
*
「んーっ!沙月の作るお焼き、最高~!」
「どんどん焼きますからね、いっぱい食べて下さい!」
夕方錬兵から帰ってきた摎は、風呂へ行かずささっと水浴びすると、まっすぐに沙月の所へとやってきた。
使用人の住まう棟には、簡単な水場とかまどが付いている。
今食堂では夕食作りの真っ最中なので、沙月はこちらで摎の為におやつを作っていた。
今日のおやつはお焼き。
小麦を練った生地に甘く煮た小豆と、炒った胡桃を細かく砕いた混ぜた餡を包んで丸め、鉄なべにぎゅっと押し付ける。
もう一種類は塩気のあるものを…と食堂から青菜の漬物をもらってきて、それを細かく刻んでゴマと和えた具を包んだ。
「この餡美味しい…何個でも食べられる!」
幸せそうに食べる摎の顔を見ていると、こちらも幸せな気持ちになってくる。
「摎様、ここ怪我してます!薬を塗りますからちょっとじっとしてて下さい」
「大丈夫だよ~!こんなのかすり傷」
「だ・め・で・す!」
そこへ、風呂上りの男達が匂いに釣られてやって来た。
隆国と騰、鱗坊の3人である。
「おお、美味そうなものを食べてるじゃないか」
「お疲れ様です、良かったら皆さんもどうぞ」
「はい隆国、どうぞ」
隆国は甘い方のお焼きを一口食べると驚いた。
「うん…これは懐かしい。母さんが良く作ってくれた味だな」
「さすが兄様!覚えてたんだ?」
「あぁ。懐かしい味だ」
「これはうまいな、餡の中に胡桃が入っているのか。香ばしい」
口に合ったのか、騰もぺろりと1つ食べ終えると2つ目に手を出した。
「我が家の秘伝の味は、餡の中に更に少しだけ胡麻油を足すんです。そうするとさらに香ばしさが増して美味しいんですよ」
「なるほど、胡麻油か…」
「ちょっと騰!甘いのばっかり食べないでよ!」
「摎。ここでは早い者勝ちだ」
「私が沙月にお願いして作ってもらったのに~!」
「練習試合で私に負け続けているのは誰だ?」
「くうっ、次は負けないからね!」
騰と摎のこのやり取りもいつもの事。
喧嘩するほど?仲が良い。
沙月はお焼きを作り続けながら、漬物入りのを食べている鱗坊をじーっと見つめていた。
(…鱗坊様、あんなに綺麗な翠蘭さんと…うふふな事を…)
「――ん?何だ。あまりにも俺がいい男だからってそんなに見つめるなよ」
「ち、違います!!あの…翠蘭さんと会ったんです」
「そうか。あいつはいい女だったろう?寝姿があまりにも色っぽかったから起こさずそのまま出てしまったんだよな。悪い事をした…」
「突然すごく綺麗な方がお部屋から出て来たからびっくりしましたよ…」
「そうだろう、お前も翠蘭とまではいかないが、もう少し色気があればなぁ!」
愉快そうに笑う鱗坊にぐぬぬ…となる沙月。
(くそう!絶対、絶対見返してやる…!)
「おいこらうちの妹がこれ以上可愛くなると困るから、余計な事を言うんじゃない!」
「兄様も余計な事言わないで!」
―― 沙月はそのままでいいのに…と騰は思ったが、そのままもぐもぐとお焼きを食べ続けるのだった。
*
それからしばらくして。
王騎城ではある噂が流れていた。
どうやら、沙月は城外に恋人ができたらしい――
*
「沙月~!おはよう」
「春姐さんおはようございます」
最近の沙月は毎日きちんと化粧をし、身だしなみもこなれ感が増し、しかもいい香りまで身にまとうようになった。
だがそれだけで恋人がいるという噂になるわけもない。
決定的な、もう一つの理由がある。
数日に一度、仕事の後や休みの日に城下街へと急ぎ足で向かう沙月。
どこへ行くんだい?という問いかけにもちょっと…と言葉を濁す。
そして城の門の近くまで男と一緒に戻ってきているのを何度も目撃されていた。
それらの情報を繋ぐと、沙月は城外の男と恋人同士になり、こっそり逢瀬を重ねている。
結果、見た目もどんどん女性らしくなってきているのではないか?
春は最近よく耳に入ってくるようになったその噂の真相を確かめるべく、沙月を近くの小部屋へと押し込んだ。
「どうかしましたか?」
「…あんた、恋人が出来たのかい?しかも城外に…。水臭いよ、言ってくれれば協力したのにさ」
「え?」
「え?って?」
顔を見合わせて、きょとんとする二人。
「私、恋人なんていませんよ?」
「…本当?」
春から噂の事を聞くと、沙月は大笑いをした。
「違いますよ!実はですね…今、花街のお姐さん達から、お化粧を教わっているんです」
「な、なんだって?!」
「教えてもらう代わりに、置屋で簡単なおやつや食事を作ったり、繕い物をしたりして…結構楽しいんですよ。――あ、男の人っていうのは置屋の用心棒ですね。帰る時間が遅くなった時にお姐さんが危ないからって付けてくれるんです」
――なるほど、道理で化粧初心者のくせに上手く流行りの色や髪形を取り入れてるはずだわ…。まったくこの娘は…。
思わず脱力してしまう。
「…そうかい。まぁ変な事していないならいいよ。ただ…」
春は少し考えると、最近妙に落ち着きのない軍長達の顔を思い浮かべてにやりと笑った。
「面白そうだから、もう少しこの事は私との沙月ヒミツにしておこうか」
「…?」
つづく。
お焼きっぽい食べ物って、昔からどこの国にでもありそうですよね。