短編
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狐の恩返し! 中編
(王騎軍・目指せオールキャラ 鱗坊・干央・録嗚未編)
~前編のざっくりとしたあらすじ~
狐を助けたら恩返しとして、皆が私の事を好きになっちゃう術をかけられちゃった☆
とりあえず皆と順番にデートする事になったけど、私、一体どうなっちゃうの?
以上です。
*
「――さて。次は俺の番か」
鱗坊が恭しく沙月の手を取り、甲に軽く口づけた。
「参りましょうか、沙月様」
「~~~っ!!」
(もう!最初からすでに心臓に悪い…)
「でた。鱗坊はこれだからなぁ」
録嗚未はうげぇと顔をしかめる。
「これで何人の女を落としてきたのか数え切れんぞ。なぁ鱗坊」
「黙ってろお前ら!――今日は外野もいるしまだ日も高い…しっぽりと飲むっていう訳にもいかんからなぁ…」
「俺たちと一緒のうちはやましい事はさせんぞ」
「じゃ、とりあえず出発」
ということで。
一同は賑やかな城下街をぶらぶらと歩き始めた。
歩きながらここはいい酒があるだの、うまいツマミがあるだの、酔うと面白いおじさんがいるだの、軍長達は沙月が普段行かない店を沢山教えてくれる。
「ふむふむなるほど…今度摎様と来てみよう」
「ほら食え!旨いぞ」「これも」「これもお勧めだ」
「ありがとうございます!…んんっ…すごく美味しい!」
彼らは美味しそうに食べる沙月を見るともっと食べ物を与えたくなってしまうらしく、我先にと次々と露店で買ってくる。
「ククッ。こんなに食ったらますます肉付きが良くなっちまうなァ?」
隣で歩く鱗坊がつんと頬をつつく。
「…うっ。確かにそうなんですけど…ここで働きだしてから食べ物が美味しくて…」
するりと手が脇から差し込まれ、腰まわりへとあやしく動く。
「――俺好みだ」
「ひゃっ!み、耳元で囁かないで下さい…!」
「なんだ、耳が弱いのか」
真っ赤になった沙月の手を握ると、「あっちへ行ってみるか」と人混みへと向かった。
(鱗坊さんてばいつも意地悪な事ばかり言うのに…調子狂っちゃうなぁ)
人波は広場へ続いており、そこには大きな天幕が張られている――どうやらこれからこの中で演劇が始まるようだった。
役者達が入口で呼び込みを行っている。
「はーい、世紀の大恋愛劇、始まります!どなたさまも是非ご覧くださーい!」
「演劇!見た事ないです!鱗坊さん見たい!」
「そうか?そんなに見たいんじゃ行ってみるか」
「演劇か。改めて見た事ないな」「確かに」「でも恋愛ものだぞ…」
ぞろぞろと入場すると、入り口で呼び止められる。
「お2人様ですか?中ほどに2人分空きの椅子がございますので、そちらへどうぞ」
「おおすまんな。行くぞ」
他の者達が何か言う前に鱗坊は沙月の肩を抱き、ずんずんと指定された場所へ向かった。
どうやら満員御礼で、他の者達は立ち見のようである。
「ちょっと鱗坊さん、みんな置いてきちゃってますけど…」
「今は俺とお前の時間だろう?他の奴らの事は気にするな」
「…そうですけど…」
座れはしたものの、ぎゅうぎゅうと詰め込まれているので隣同士の距離はとても近い。
同金の時よりも妙に気持ちが昂ってしまうのは、会場の熱気のせいだけではない。
(手…が…)
ちらりと手元を見ると、いつの間にかいわゆる恋人繋ぎになっていた。
しかも沙月の手の感触を楽しむように指がすべり、優しく撫で続けている。
(触り方が何だか…何か変…!背中がぞわぞわして落ち着かないよ!)
「鱗坊さん、あの、手を離して…」
「――お、始まるみたいだぞ」
ジャーン!と大きな銅鑼の音で舞台が始まり、ささやかな抗議はかき消されてしまった。
周りは暗転し、静かに楽器の演奏が始まる。
もう沙月は手の事は気にしないようにして、演劇を楽しむことにした。
内容は世紀の大恋愛と謳ってはいたが、内容はよくあるお涙頂戴もの。
先ほどから反応が面白くて色々といたずらをしていたが、流石にやりすぎも良くない。
仕方ないので鱗坊はおとなしく舞台を見ていたが、早々に飽きてしまい。
うとうととしているとぎゅうっと手を握られた。
案外積極的なんだなと驚き、隣の少女をちらりと見る。
「…!」
沙月は目にいっぱい涙を溜め、唇をぐっと引き締めて真剣に見入っている。
鱗坊の手を握っているのは、多分無意識だろう。
音楽は盛り上がり、まさに舞台上はクライマックス。
こちらも感極まっているらしく、ぽろぽろと大粒の涙がふっくらとした頬を伝う。
「…っ!!」
――なんてそそる泣き顔をするんだ、こいつは…!!!
劇が終わるまで、鱗坊は沙月から目が離せなかった。
*
「はぁー!すごく面白かったですねぇ!」
「あぁ…」
先ほどとは違い、満面の笑みの沙月と物憂げな鱗坊である。
「あ、皆あそこにいましたよ。行きましょう」
人混みの中でも軍長達が揃うと頭一つ抜き出て非常に目立っている。
余程劇が楽しかったのか、鱗坊の手を取り弾むように歩きながらそちらへと向かった。
「おいお前ら!勝手に先に行きやがって」
「ごめんなさい!でもすっごくいいお話だったね。あんな恋がしたいなぁ…」
はっきり言って鱗坊以外は男同士密着し合い、しかも立ち見だったので、ほとんど劇の内容は頭に入っていなかったが…うっとりとする沙月を見ると、そうだな…と頷くしかなかった。
「どうした、元気がないな。楽しくなかったのか」
同金は話の輪から外れて黄昏ている鱗坊に声をかけた。
「…すまん、俺はもう今日は帰る」
「ど、どうしたんだ?何かあったのか」
鱗坊はそっと同金の耳元で囁いた。
―― 沙月の泣き顔がそそりすぎて、これ以上一緒に居たら色々まずい。
「…それは…うむ。わかった」
同僚の性癖の片鱗が見えてしまい、少し気まずい。が、気持ちは良く解る…
同金は慰めるように肩を叩くと、少し前かがみに人混みに紛れ去っていく背中を見送った――。
*
「あれ?鱗坊さんは?」
「…あいつは腹が痛くなったみたいでな、先に帰ったぞ。皆に宜しくと言っていた」
「えぇ…大丈夫かなぁ」
「大丈夫だ。あいつの事は気にしないでやってくれ」
同金はこれ以上追及してくれるな!という思いを込めて力強く言った。
「そうですか…心配だなぁ」
「さて次は…俺の番だな」
「干央さん、よろしくお願いいたします」
朝から集合し、もう昼過ぎである。
「…少し疲れたし、俺の部屋に行くか」
「はい!」
「座れるならどこでもいいぞー」「行くか」
「干央さん、手…繋ぎますか?」
そういえば、と思い、城へと向かう道すがら聞いてみたが。
「…いや。うむ…今はいい…」
真っ赤になった干央は足早に先へ行ってしまった。
(そんな反応されると…言った私もめちゃくちゃ恥ずかしいな…)
今日一日で手を繋ぐことに慣れてしまった自分がちょっと怖くなる沙月だった…。
*
干央の部屋へと移動した一行。
勝手知ったる軍長達(鱗坊と隆国除く)は、ずかずかと部屋へ入るとくつろぎ始める。
「お邪魔します」
「うぁー!ずっと出歩いていると疲れるなぁ」
ごろんと遠慮なく寝台へ横になる録嗚未。
同金と沙月はとりあえず長椅子へ並んで座った。
「干央さん、私とりあえずお茶でも入れてきます」
「いや、俺がやろう。…今日は沙月をゆっくり休ませてやろうと思ったんだが」
「ありがとうございます、でも…」
「いいから座ってろ。お前も疲れているだろう」
「じゃあ、お言葉に甘えて!お願いします」
「干央、俺は酒が飲みたい」
「黙ってろ録嗚未」
*
慣れぬお茶の支度をして干央が部屋に戻ると、三人とも眠っていた。
――朝からずっと俺達が連れまわしてしまったからな。疲れただろう…
隣に座る同金に寄りかかって寝ている沙月の頭をそっと撫でる。
干央は起こさないようにそれぞれに布団をかけてやると、貯まっていた報告の木簡に目を通し始めた。
「うーん…」
沙月は軽く身じろぎすると、ゆっくりと目を覚ました。
(…ここは…あっ!干央さんのお部屋だわ。私、寝ちゃったんだ)
どの位寝てしまったのだろうか、窓の外を見ると日が落ちてきている。
そして隣には同金。寝台には録嗚未が眠っている。
干央は少し離れた机で木簡を読んでいるようだ。
同金を起こさないように立ち上がると、干央もこちらに気づいて立ち上がる。
「あぁ、起きたか。冷めてしまったが茶を飲むか」
「はい、いただきます」
渋くなってしまったぬるめのお茶は、目を覚ますのには丁度良い。
「渋いけど…おいしいです…」
「そうか…」
沈黙…。
部屋には録嗚未と同金のいびきが響く。
(干央さんと二人で話す事ってあんまりなかったからな…何を話せばいいのかしら…)
お茶を一口飲み。ちらりと見ると、干央もちょうど同じようにこちらを見ていて。
「…」
お互い気恥ずかしくなり、また視線をお茶へ落としてしまう。
「…いつも、お前が淹れてくれるお茶は美味いな。安心する味だ」
「ありがとうございます…」
実は沙月はお茶が好きなので、淹れる時はお湯の温度や蒸らす時間、茶器などをひそかにこだわっていた。
(初めて気づいてもらえたなぁ…嬉しい。干央さんって案外細かい所を見てくれてるんだ)
「…褒めてもらえて嬉しいです。今度、摎様にしか作ってないお茶請けを内緒で干央さんにも作りますね」
「本当か?それは…俺も嬉しいな」
お互い顔を見合わせて笑うと、なんだか沈黙も心地よく感じてくる。
「あ…お茶が無くなっちゃいましたね。新しく入れましょうか」
「いや俺が」
茶器越しに手と手が触れ合って――手をそっと握られた。
「あ…」
「…お前の手は小さいな…」
今日、他の人達と散々手を繋いできたのに。
熱い視線で見つめられ、沙月の心臓は思いきり高鳴っていた。
(あれ…干央さんから目が離せない…)
「…いつの間にかいい雰囲気になってんなぁ」
「ひゃっ!」
いつの間にか目覚めた録嗚未はひらりと寝台から降り立つと、ぐいっと沙月の手を引いた。
「もう夕方じゃねーか!はぁ…待ちくたびれたぞ」
「…そうだな。沙月、続きはまた今度だ」
「悪いな干央!――よし、行くぞ!」
「ええええーっ?!」
録嗚未は沙月の手を取ったまま走り出した。
*
そして、今。録嗚未と沙月は馬上である。
「ちょっ…ねぇ、どこに行くの?!」
「時間がねぇ!黙って掴まってろ!」
何も言わずに馬に乗せられて、そして物凄い勢いで走っている。
勢いよく過ぎていく景色に目が回りそうなので、ぎゅっと目をつむり言われた通り鞍にしっかりと掴まる。
後ろから録嗚未がしっかり支えてくれてはいるけれど、馬に乗りなれないのでとても怖い。
「…おい、大丈夫か?」
「大丈夫じゃない~~!!」
「こいつは俺の馬だから絶対落ちることはねぇぞ!ほら、顔上げてみろよ。気持ちいいぞ」
「…わかった」
少し速度を落としてくれたのでゆっくりと目を開ける。
「…わぁ…!!」
いつの間にか小高い丘の上を走っていた。
大きな夕日が赤く辺りを染め、空は蒼と赤が入り混じった幻想的な風景が広がっていく。
「すごい、すごいね録嗚未!」
「この空の色は日が落ちる前の少しだけしか見られねーからさ、お前に見せてやりたいと思ってな」
「いつもこのくらいの時間はお城の中にいるからね…」
「…お前と見ると、余計きれいに見えるな」
「え?今…」
「なんでもねー!行くぞ!」
小さく呟いたつもりだったのかもしれないが、密着していた沙月にはばっちりと聞こえてしまい。急に恥ずかしくなってくる。
(へぇ。録嗚未もそんな風に思うんだ。ちょっと意外…)
しばらく走っていると日も落ち、辺りも徐々に暗くなり始める。
「…ねぇ、どこへ行くの?」
「もうすぐだ」
どうみても何もない森の中を走っている。
一体どこへ向かっているのか。
(録嗚未に限って変な事はしないと思いたいけど…でも今は普通じゃないからな)
今更悩んでも仕方ない。
無言で馬を走らせる録嗚未に身を任せた。
森が少し開けた所に小さな湖があり、簡易的な小屋が現れた。
どうやらここが目的地だったらしい。
「ほら」
先に馬から降りた録嗚未が、下から手を広げる。
「…えっ。飛び降りろってこと…?」
「それが一番安全だろ。抱きとめてやるから来い」
(ううう…圧がすごいんだけど!でもいくしかない!)
「行くよ!受け止めてね!」
思い切って飛び降りると、がっちりとした身体に包まれる感触。
そしてそのままきつく抱きしめられる。
「うぅ〜…録嗚未、苦しいよ!」
「…悪ぃ。つい…」
はっと我に返った録嗚未は、慌てて沙月を下ろすと小屋へと向かった。
「ここは演習の時に使う休憩所でな。結構居心地良いんだぞ」
「…へぇ、こんな所があるんだ…」
湖には月が反射してきらきらと光り、中々にいい雰囲気の場所である。
(使い古した武器や鎧なんかが無造作に並んでいなければね…)
「よし!!沙月、飲むぞ!」
「えぇー?!」
*
「ぐぁー美味い!一日我慢した甲斐があったぜ」
「いつの間に持ってきてたのよ…」
湖畔の小屋にて、月夜の酒盛りが始まった。
長椅子に隣同士で座っているので、少し距離が近いが…気にしないことにする。
ようやく酒にありつけた録嗚未はご機嫌である。
今日一日の話や、下らない事で笑いあう様子は、何だかまるで普段と変わらない。
(うーん?録嗚未は普段通りだわ。好きになるのって、全員って訳じゃないのかなぁ…というか…本当に狐の力なんかあったんだろうか…)
そんな事をほろ酔いの頭でぼんやり考えていると。
もっとお前も飲め!と、手元の茶碗になみなみと酒が注がれる。
勢い余って茶碗から溢れ、手や服が濡れてしまった。
「あははは!こぼれてるよ~」
勿体ないと手についた酒をぺろりと舐める。
「もう、お酒臭くなっちゃう……きゃあっ!」
視界がくるりと反転し――押し倒されたと気づいた時には間近に録嗚未の顔が迫っていた。
「ちょ、ちょっと待って、ね?どうしたの?」
「――駄目だ、もう我慢できねえ」
「録嗚未さん?落ち着いて?」
「沙月、俺の事嫌いか?」
壊れ物を扱うようにそっと頬に手を添えられ、指で唇をなぞられる。
「き、きらいじゃ、ない、けど…っ」
「…けど?」
「こんなのだめだよ、ね、録嗚未…」
「沙月…」
熱っぽく見つめられ、更に顔が迫ってくる。
(…あぁ、もうダメだわ。こんな森の奥じゃ叫んでも誰も来てくれない…でも…)
諦めようと思ったが、脳裏にある人物の顔が浮かんだ。
「騰様ぁ――――っ!!」
「お前なぁ!何他の男の名前叫んでんだよ!…ん?」
録嗚未の耳に、遠くから馬の蹄の音が近づいて来るのが聞こえてきた――。
つづく。
終わらせたかったのに!
長いので切ります。次で終わり。
(王騎軍・目指せオールキャラ 鱗坊・干央・録嗚未編)
~前編のざっくりとしたあらすじ~
狐を助けたら恩返しとして、皆が私の事を好きになっちゃう術をかけられちゃった☆
とりあえず皆と順番にデートする事になったけど、私、一体どうなっちゃうの?
以上です。
*
「――さて。次は俺の番か」
鱗坊が恭しく沙月の手を取り、甲に軽く口づけた。
「参りましょうか、沙月様」
「~~~っ!!」
(もう!最初からすでに心臓に悪い…)
「でた。鱗坊はこれだからなぁ」
録嗚未はうげぇと顔をしかめる。
「これで何人の女を落としてきたのか数え切れんぞ。なぁ鱗坊」
「黙ってろお前ら!――今日は外野もいるしまだ日も高い…しっぽりと飲むっていう訳にもいかんからなぁ…」
「俺たちと一緒のうちはやましい事はさせんぞ」
「じゃ、とりあえず出発」
ということで。
一同は賑やかな城下街をぶらぶらと歩き始めた。
歩きながらここはいい酒があるだの、うまいツマミがあるだの、酔うと面白いおじさんがいるだの、軍長達は沙月が普段行かない店を沢山教えてくれる。
「ふむふむなるほど…今度摎様と来てみよう」
「ほら食え!旨いぞ」「これも」「これもお勧めだ」
「ありがとうございます!…んんっ…すごく美味しい!」
彼らは美味しそうに食べる沙月を見るともっと食べ物を与えたくなってしまうらしく、我先にと次々と露店で買ってくる。
「ククッ。こんなに食ったらますます肉付きが良くなっちまうなァ?」
隣で歩く鱗坊がつんと頬をつつく。
「…うっ。確かにそうなんですけど…ここで働きだしてから食べ物が美味しくて…」
するりと手が脇から差し込まれ、腰まわりへとあやしく動く。
「――俺好みだ」
「ひゃっ!み、耳元で囁かないで下さい…!」
「なんだ、耳が弱いのか」
真っ赤になった沙月の手を握ると、「あっちへ行ってみるか」と人混みへと向かった。
(鱗坊さんてばいつも意地悪な事ばかり言うのに…調子狂っちゃうなぁ)
人波は広場へ続いており、そこには大きな天幕が張られている――どうやらこれからこの中で演劇が始まるようだった。
役者達が入口で呼び込みを行っている。
「はーい、世紀の大恋愛劇、始まります!どなたさまも是非ご覧くださーい!」
「演劇!見た事ないです!鱗坊さん見たい!」
「そうか?そんなに見たいんじゃ行ってみるか」
「演劇か。改めて見た事ないな」「確かに」「でも恋愛ものだぞ…」
ぞろぞろと入場すると、入り口で呼び止められる。
「お2人様ですか?中ほどに2人分空きの椅子がございますので、そちらへどうぞ」
「おおすまんな。行くぞ」
他の者達が何か言う前に鱗坊は沙月の肩を抱き、ずんずんと指定された場所へ向かった。
どうやら満員御礼で、他の者達は立ち見のようである。
「ちょっと鱗坊さん、みんな置いてきちゃってますけど…」
「今は俺とお前の時間だろう?他の奴らの事は気にするな」
「…そうですけど…」
座れはしたものの、ぎゅうぎゅうと詰め込まれているので隣同士の距離はとても近い。
同金の時よりも妙に気持ちが昂ってしまうのは、会場の熱気のせいだけではない。
(手…が…)
ちらりと手元を見ると、いつの間にかいわゆる恋人繋ぎになっていた。
しかも沙月の手の感触を楽しむように指がすべり、優しく撫で続けている。
(触り方が何だか…何か変…!背中がぞわぞわして落ち着かないよ!)
「鱗坊さん、あの、手を離して…」
「――お、始まるみたいだぞ」
ジャーン!と大きな銅鑼の音で舞台が始まり、ささやかな抗議はかき消されてしまった。
周りは暗転し、静かに楽器の演奏が始まる。
もう沙月は手の事は気にしないようにして、演劇を楽しむことにした。
内容は世紀の大恋愛と謳ってはいたが、内容はよくあるお涙頂戴もの。
先ほどから反応が面白くて色々といたずらをしていたが、流石にやりすぎも良くない。
仕方ないので鱗坊はおとなしく舞台を見ていたが、早々に飽きてしまい。
うとうととしているとぎゅうっと手を握られた。
案外積極的なんだなと驚き、隣の少女をちらりと見る。
「…!」
沙月は目にいっぱい涙を溜め、唇をぐっと引き締めて真剣に見入っている。
鱗坊の手を握っているのは、多分無意識だろう。
音楽は盛り上がり、まさに舞台上はクライマックス。
こちらも感極まっているらしく、ぽろぽろと大粒の涙がふっくらとした頬を伝う。
「…っ!!」
――なんてそそる泣き顔をするんだ、こいつは…!!!
劇が終わるまで、鱗坊は沙月から目が離せなかった。
*
「はぁー!すごく面白かったですねぇ!」
「あぁ…」
先ほどとは違い、満面の笑みの沙月と物憂げな鱗坊である。
「あ、皆あそこにいましたよ。行きましょう」
人混みの中でも軍長達が揃うと頭一つ抜き出て非常に目立っている。
余程劇が楽しかったのか、鱗坊の手を取り弾むように歩きながらそちらへと向かった。
「おいお前ら!勝手に先に行きやがって」
「ごめんなさい!でもすっごくいいお話だったね。あんな恋がしたいなぁ…」
はっきり言って鱗坊以外は男同士密着し合い、しかも立ち見だったので、ほとんど劇の内容は頭に入っていなかったが…うっとりとする沙月を見ると、そうだな…と頷くしかなかった。
「どうした、元気がないな。楽しくなかったのか」
同金は話の輪から外れて黄昏ている鱗坊に声をかけた。
「…すまん、俺はもう今日は帰る」
「ど、どうしたんだ?何かあったのか」
鱗坊はそっと同金の耳元で囁いた。
―― 沙月の泣き顔がそそりすぎて、これ以上一緒に居たら色々まずい。
「…それは…うむ。わかった」
同僚の性癖の片鱗が見えてしまい、少し気まずい。が、気持ちは良く解る…
同金は慰めるように肩を叩くと、少し前かがみに人混みに紛れ去っていく背中を見送った――。
*
「あれ?鱗坊さんは?」
「…あいつは腹が痛くなったみたいでな、先に帰ったぞ。皆に宜しくと言っていた」
「えぇ…大丈夫かなぁ」
「大丈夫だ。あいつの事は気にしないでやってくれ」
同金はこれ以上追及してくれるな!という思いを込めて力強く言った。
「そうですか…心配だなぁ」
「さて次は…俺の番だな」
「干央さん、よろしくお願いいたします」
朝から集合し、もう昼過ぎである。
「…少し疲れたし、俺の部屋に行くか」
「はい!」
「座れるならどこでもいいぞー」「行くか」
「干央さん、手…繋ぎますか?」
そういえば、と思い、城へと向かう道すがら聞いてみたが。
「…いや。うむ…今はいい…」
真っ赤になった干央は足早に先へ行ってしまった。
(そんな反応されると…言った私もめちゃくちゃ恥ずかしいな…)
今日一日で手を繋ぐことに慣れてしまった自分がちょっと怖くなる沙月だった…。
*
干央の部屋へと移動した一行。
勝手知ったる軍長達(鱗坊と隆国除く)は、ずかずかと部屋へ入るとくつろぎ始める。
「お邪魔します」
「うぁー!ずっと出歩いていると疲れるなぁ」
ごろんと遠慮なく寝台へ横になる録嗚未。
同金と沙月はとりあえず長椅子へ並んで座った。
「干央さん、私とりあえずお茶でも入れてきます」
「いや、俺がやろう。…今日は沙月をゆっくり休ませてやろうと思ったんだが」
「ありがとうございます、でも…」
「いいから座ってろ。お前も疲れているだろう」
「じゃあ、お言葉に甘えて!お願いします」
「干央、俺は酒が飲みたい」
「黙ってろ録嗚未」
*
慣れぬお茶の支度をして干央が部屋に戻ると、三人とも眠っていた。
――朝からずっと俺達が連れまわしてしまったからな。疲れただろう…
隣に座る同金に寄りかかって寝ている沙月の頭をそっと撫でる。
干央は起こさないようにそれぞれに布団をかけてやると、貯まっていた報告の木簡に目を通し始めた。
「うーん…」
沙月は軽く身じろぎすると、ゆっくりと目を覚ました。
(…ここは…あっ!干央さんのお部屋だわ。私、寝ちゃったんだ)
どの位寝てしまったのだろうか、窓の外を見ると日が落ちてきている。
そして隣には同金。寝台には録嗚未が眠っている。
干央は少し離れた机で木簡を読んでいるようだ。
同金を起こさないように立ち上がると、干央もこちらに気づいて立ち上がる。
「あぁ、起きたか。冷めてしまったが茶を飲むか」
「はい、いただきます」
渋くなってしまったぬるめのお茶は、目を覚ますのには丁度良い。
「渋いけど…おいしいです…」
「そうか…」
沈黙…。
部屋には録嗚未と同金のいびきが響く。
(干央さんと二人で話す事ってあんまりなかったからな…何を話せばいいのかしら…)
お茶を一口飲み。ちらりと見ると、干央もちょうど同じようにこちらを見ていて。
「…」
お互い気恥ずかしくなり、また視線をお茶へ落としてしまう。
「…いつも、お前が淹れてくれるお茶は美味いな。安心する味だ」
「ありがとうございます…」
実は沙月はお茶が好きなので、淹れる時はお湯の温度や蒸らす時間、茶器などをひそかにこだわっていた。
(初めて気づいてもらえたなぁ…嬉しい。干央さんって案外細かい所を見てくれてるんだ)
「…褒めてもらえて嬉しいです。今度、摎様にしか作ってないお茶請けを内緒で干央さんにも作りますね」
「本当か?それは…俺も嬉しいな」
お互い顔を見合わせて笑うと、なんだか沈黙も心地よく感じてくる。
「あ…お茶が無くなっちゃいましたね。新しく入れましょうか」
「いや俺が」
茶器越しに手と手が触れ合って――手をそっと握られた。
「あ…」
「…お前の手は小さいな…」
今日、他の人達と散々手を繋いできたのに。
熱い視線で見つめられ、沙月の心臓は思いきり高鳴っていた。
(あれ…干央さんから目が離せない…)
「…いつの間にかいい雰囲気になってんなぁ」
「ひゃっ!」
いつの間にか目覚めた録嗚未はひらりと寝台から降り立つと、ぐいっと沙月の手を引いた。
「もう夕方じゃねーか!はぁ…待ちくたびれたぞ」
「…そうだな。沙月、続きはまた今度だ」
「悪いな干央!――よし、行くぞ!」
「ええええーっ?!」
録嗚未は沙月の手を取ったまま走り出した。
*
そして、今。録嗚未と沙月は馬上である。
「ちょっ…ねぇ、どこに行くの?!」
「時間がねぇ!黙って掴まってろ!」
何も言わずに馬に乗せられて、そして物凄い勢いで走っている。
勢いよく過ぎていく景色に目が回りそうなので、ぎゅっと目をつむり言われた通り鞍にしっかりと掴まる。
後ろから録嗚未がしっかり支えてくれてはいるけれど、馬に乗りなれないのでとても怖い。
「…おい、大丈夫か?」
「大丈夫じゃない~~!!」
「こいつは俺の馬だから絶対落ちることはねぇぞ!ほら、顔上げてみろよ。気持ちいいぞ」
「…わかった」
少し速度を落としてくれたのでゆっくりと目を開ける。
「…わぁ…!!」
いつの間にか小高い丘の上を走っていた。
大きな夕日が赤く辺りを染め、空は蒼と赤が入り混じった幻想的な風景が広がっていく。
「すごい、すごいね録嗚未!」
「この空の色は日が落ちる前の少しだけしか見られねーからさ、お前に見せてやりたいと思ってな」
「いつもこのくらいの時間はお城の中にいるからね…」
「…お前と見ると、余計きれいに見えるな」
「え?今…」
「なんでもねー!行くぞ!」
小さく呟いたつもりだったのかもしれないが、密着していた沙月にはばっちりと聞こえてしまい。急に恥ずかしくなってくる。
(へぇ。録嗚未もそんな風に思うんだ。ちょっと意外…)
しばらく走っていると日も落ち、辺りも徐々に暗くなり始める。
「…ねぇ、どこへ行くの?」
「もうすぐだ」
どうみても何もない森の中を走っている。
一体どこへ向かっているのか。
(録嗚未に限って変な事はしないと思いたいけど…でも今は普通じゃないからな)
今更悩んでも仕方ない。
無言で馬を走らせる録嗚未に身を任せた。
森が少し開けた所に小さな湖があり、簡易的な小屋が現れた。
どうやらここが目的地だったらしい。
「ほら」
先に馬から降りた録嗚未が、下から手を広げる。
「…えっ。飛び降りろってこと…?」
「それが一番安全だろ。抱きとめてやるから来い」
(ううう…圧がすごいんだけど!でもいくしかない!)
「行くよ!受け止めてね!」
思い切って飛び降りると、がっちりとした身体に包まれる感触。
そしてそのままきつく抱きしめられる。
「うぅ〜…録嗚未、苦しいよ!」
「…悪ぃ。つい…」
はっと我に返った録嗚未は、慌てて沙月を下ろすと小屋へと向かった。
「ここは演習の時に使う休憩所でな。結構居心地良いんだぞ」
「…へぇ、こんな所があるんだ…」
湖には月が反射してきらきらと光り、中々にいい雰囲気の場所である。
(使い古した武器や鎧なんかが無造作に並んでいなければね…)
「よし!!沙月、飲むぞ!」
「えぇー?!」
*
「ぐぁー美味い!一日我慢した甲斐があったぜ」
「いつの間に持ってきてたのよ…」
湖畔の小屋にて、月夜の酒盛りが始まった。
長椅子に隣同士で座っているので、少し距離が近いが…気にしないことにする。
ようやく酒にありつけた録嗚未はご機嫌である。
今日一日の話や、下らない事で笑いあう様子は、何だかまるで普段と変わらない。
(うーん?録嗚未は普段通りだわ。好きになるのって、全員って訳じゃないのかなぁ…というか…本当に狐の力なんかあったんだろうか…)
そんな事をほろ酔いの頭でぼんやり考えていると。
もっとお前も飲め!と、手元の茶碗になみなみと酒が注がれる。
勢い余って茶碗から溢れ、手や服が濡れてしまった。
「あははは!こぼれてるよ~」
勿体ないと手についた酒をぺろりと舐める。
「もう、お酒臭くなっちゃう……きゃあっ!」
視界がくるりと反転し――押し倒されたと気づいた時には間近に録嗚未の顔が迫っていた。
「ちょ、ちょっと待って、ね?どうしたの?」
「――駄目だ、もう我慢できねえ」
「録嗚未さん?落ち着いて?」
「沙月、俺の事嫌いか?」
壊れ物を扱うようにそっと頬に手を添えられ、指で唇をなぞられる。
「き、きらいじゃ、ない、けど…っ」
「…けど?」
「こんなのだめだよ、ね、録嗚未…」
「沙月…」
熱っぽく見つめられ、更に顔が迫ってくる。
(…あぁ、もうダメだわ。こんな森の奥じゃ叫んでも誰も来てくれない…でも…)
諦めようと思ったが、脳裏にある人物の顔が浮かんだ。
「騰様ぁ――――っ!!」
「お前なぁ!何他の男の名前叫んでんだよ!…ん?」
録嗚未の耳に、遠くから馬の蹄の音が近づいて来るのが聞こえてきた――。
つづく。
終わらせたかったのに!
長いので切ります。次で終わり。