パナケイアのおまじない
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「――いって」
突然トレーニングフィールドに痛みを訴える声が木霊した。
後片付けやら何やらしていた私はその声に弾かれたように振り返る。
振り返ると、凪くんが自分の指先をジッと見つめたままボーッと立っていた。
「凪くん?どうしたの?」
「逆剥けしたみたい。右の人差し指」
「えぇっ?」
小走りで駆け寄れば、凪くんは逆剥けをしたという右の人差し指を私の前に出して見せてくれた。
「あ、本当だ」
確かに右の人差し指が逆剥けしていた。
意外にも傷が深いのか、その部分からはジワリ…と血が滲んでいた。
…これは、無理矢理引っ張ったな。
「凪くん引っ張っちゃ駄目だよ」
「だって気になるし」
「それをグッと堪えて爪切りで切らないと」
「だって爪切りなかったし。引っ張った方が早いじゃん」
「もう……」
お節介なのは重々承知しているが、こちらが凪くんの為を思って言っているにも関わらず、肝心の凪くんは全く聞く耳を持たない。しかも悪びれた様子もない。
そんな凪くんにやれやれとため息を一つこぼした。
たかが逆剥けといえど侮ってはいけない。
しっかりと消毒しなければ、傷口からばい菌が入り後々悪化し化膿してしまうのだ。
フィールドの外に置いておいた救急箱を取りに行こうと動き出したその時、凪くんは無言で血が滲む人差し指をジッと見つめると、あろうことかそのままパクッと咥えた。
「あっ!コラッ!咥えないの!」
「ふぁっへ、ふぁえふぁはふぁおうっへひっへは」
「……ぷっ」
まるで赤ん坊が指しゃぶりをするかのように、人差し指を咥えたまま喋る凪くん。一生懸命喋っているのだが、残念ながら何を喋っているのかさっぱり分からない。
本人は至って真面目なのだろうが、その姿が何とも滑稽で思わず吹き出してしまった。
凪くんはそんな私に対して訝しげな表情を浮かべると、漸く口から指を引き抜いた。
「何、笑ってんの?」
「だって、凪くん赤ちゃんみたいだもん。…ふふっ」
「…紬だって赤ちゃんみたいじゃん」
笑い続ける私に凪くんは、左の親指と人差し指で丸を作ると、私の頬に押しつけ'たこ焼きほっぺ'などと言ってきた。
「ぷくぷく」
「っ…ぷくぷくで悪かったですねー」
「美味しそう。食べたい」
「…噛みつかないでねー」
凪くんが言うとその言葉が冗談なのか、はたまた本気なのか判断に困ってしまう。
彼は良くも悪くも純粋だから本当にやってしまいそうな気がするし。
「はい。それじゃ、指出して」
「いえっさー」
救急箱を取って来ると、給水用に持ってきていたペットボトルの水をかけて軽く傷口を洗う。
次に、オキシドールを染み込ませた綿球をピンセットで挟み、傷口に押し当てて消毒していく。
綿球が傷口に触れた瞬間、オキシドールが滲みたのだろう。凪くんの顔が僅かに歪んだ。
'ちょっと我慢してねー'と言うと、左親指をグッと突き立ててきた。
消毒を終わらせ最後の仕上げ、絆創膏を手に取った。薄い紙をペリッと剥がし、ガーゼ部分を傷口に合わせ、絆創膏が剥がれてこないようしっかりと巻いて貼り付けた。
「はいっ。おしまい」
「ん。ありがと」
「もう無理矢理引っ張っちゃ駄目だからね」
オキシドールやらピンセットやらを片付けながらそう言いつける。
しっかりと言いつけておかないと、凪くんならまた同じことをしかねない。
「ねー、紬ー」
「んー?何ー?」
「アレやってよ」
少しの沈黙の後、何やら頼んできた凪くんに私は片付けをしていた手を止めて振り返った。
「アレって?」
一体何のことを言っているのか見当が付かず首を傾げる。
「'痛いの痛いの飛んでけー'ってヤツ」
「…へ?」
痛いの痛いの飛んでけーって……小さな子にやるあの、おまじないみたいなアレのこと?
「い、いや……それはちょっと流石に…」
恥ずかしい…。
今この場に凪くんと私の二人しかいないとはいえ、なかなかの公開処刑ものだと思う。
「やってくんないんだったら噛みつく」
「!?」
それはさっきのたこ焼きほっぺのくだりのこと!?
咄嗟にバッ!!と自分の頬を両手で隠した。
噛みつかれるのと痛いの痛いの飛んでけだったら当然、後者を選ぶが……
「ぅ…うぅ…」
口から言葉が出てこない……。どうしても変に意識してしまう。
当の凪くんは恐らくそれほど意識していないだろうに…。
「いっ……いっ……」
「紬」
俯いたまま言いあぐねている私を呼ぶ凪くん。
顔を上げると、目の前に凪くんの綺麗な顔があった。
「ぁ……な、ぎ……く…」
「言って、紬」
低く囁かれる。
「紬が言ってくれたら逆剥けでも何でも、すぐ治る気がする」
凪くんはそう言って、私の右手を自分の右手に重ねた。
そして、口が動いた。
「…ぃ……痛いの、痛いの…飛んでけー…っ」
真っ赤な顔で、右の人差し指にたどたどしくかけたおまじない。
「――ありがと。これで早く治る」
私の恥ずかしさいっぱいのおまじないに、凪くんは満足そうに笑った――。
突然トレーニングフィールドに痛みを訴える声が木霊した。
後片付けやら何やらしていた私はその声に弾かれたように振り返る。
振り返ると、凪くんが自分の指先をジッと見つめたままボーッと立っていた。
「凪くん?どうしたの?」
「逆剥けしたみたい。右の人差し指」
「えぇっ?」
小走りで駆け寄れば、凪くんは逆剥けをしたという右の人差し指を私の前に出して見せてくれた。
「あ、本当だ」
確かに右の人差し指が逆剥けしていた。
意外にも傷が深いのか、その部分からはジワリ…と血が滲んでいた。
…これは、無理矢理引っ張ったな。
「凪くん引っ張っちゃ駄目だよ」
「だって気になるし」
「それをグッと堪えて爪切りで切らないと」
「だって爪切りなかったし。引っ張った方が早いじゃん」
「もう……」
お節介なのは重々承知しているが、こちらが凪くんの為を思って言っているにも関わらず、肝心の凪くんは全く聞く耳を持たない。しかも悪びれた様子もない。
そんな凪くんにやれやれとため息を一つこぼした。
たかが逆剥けといえど侮ってはいけない。
しっかりと消毒しなければ、傷口からばい菌が入り後々悪化し化膿してしまうのだ。
フィールドの外に置いておいた救急箱を取りに行こうと動き出したその時、凪くんは無言で血が滲む人差し指をジッと見つめると、あろうことかそのままパクッと咥えた。
「あっ!コラッ!咥えないの!」
「ふぁっへ、ふぁえふぁはふぁおうっへひっへは」
「……ぷっ」
まるで赤ん坊が指しゃぶりをするかのように、人差し指を咥えたまま喋る凪くん。一生懸命喋っているのだが、残念ながら何を喋っているのかさっぱり分からない。
本人は至って真面目なのだろうが、その姿が何とも滑稽で思わず吹き出してしまった。
凪くんはそんな私に対して訝しげな表情を浮かべると、漸く口から指を引き抜いた。
「何、笑ってんの?」
「だって、凪くん赤ちゃんみたいだもん。…ふふっ」
「…紬だって赤ちゃんみたいじゃん」
笑い続ける私に凪くんは、左の親指と人差し指で丸を作ると、私の頬に押しつけ'たこ焼きほっぺ'などと言ってきた。
「ぷくぷく」
「っ…ぷくぷくで悪かったですねー」
「美味しそう。食べたい」
「…噛みつかないでねー」
凪くんが言うとその言葉が冗談なのか、はたまた本気なのか判断に困ってしまう。
彼は良くも悪くも純粋だから本当にやってしまいそうな気がするし。
「はい。それじゃ、指出して」
「いえっさー」
救急箱を取って来ると、給水用に持ってきていたペットボトルの水をかけて軽く傷口を洗う。
次に、オキシドールを染み込ませた綿球をピンセットで挟み、傷口に押し当てて消毒していく。
綿球が傷口に触れた瞬間、オキシドールが滲みたのだろう。凪くんの顔が僅かに歪んだ。
'ちょっと我慢してねー'と言うと、左親指をグッと突き立ててきた。
消毒を終わらせ最後の仕上げ、絆創膏を手に取った。薄い紙をペリッと剥がし、ガーゼ部分を傷口に合わせ、絆創膏が剥がれてこないようしっかりと巻いて貼り付けた。
「はいっ。おしまい」
「ん。ありがと」
「もう無理矢理引っ張っちゃ駄目だからね」
オキシドールやらピンセットやらを片付けながらそう言いつける。
しっかりと言いつけておかないと、凪くんならまた同じことをしかねない。
「ねー、紬ー」
「んー?何ー?」
「アレやってよ」
少しの沈黙の後、何やら頼んできた凪くんに私は片付けをしていた手を止めて振り返った。
「アレって?」
一体何のことを言っているのか見当が付かず首を傾げる。
「'痛いの痛いの飛んでけー'ってヤツ」
「…へ?」
痛いの痛いの飛んでけーって……小さな子にやるあの、おまじないみたいなアレのこと?
「い、いや……それはちょっと流石に…」
恥ずかしい…。
今この場に凪くんと私の二人しかいないとはいえ、なかなかの公開処刑ものだと思う。
「やってくんないんだったら噛みつく」
「!?」
それはさっきのたこ焼きほっぺのくだりのこと!?
咄嗟にバッ!!と自分の頬を両手で隠した。
噛みつかれるのと痛いの痛いの飛んでけだったら当然、後者を選ぶが……
「ぅ…うぅ…」
口から言葉が出てこない……。どうしても変に意識してしまう。
当の凪くんは恐らくそれほど意識していないだろうに…。
「いっ……いっ……」
「紬」
俯いたまま言いあぐねている私を呼ぶ凪くん。
顔を上げると、目の前に凪くんの綺麗な顔があった。
「ぁ……な、ぎ……く…」
「言って、紬」
低く囁かれる。
「紬が言ってくれたら逆剥けでも何でも、すぐ治る気がする」
凪くんはそう言って、私の右手を自分の右手に重ねた。
そして、口が動いた。
「…ぃ……痛いの、痛いの…飛んでけー…っ」
真っ赤な顔で、右の人差し指にたどたどしくかけたおまじない。
「――ありがと。これで早く治る」
私の恥ずかしさいっぱいのおまじないに、凪くんは満足そうに笑った――。
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