文豪気取りもしたくなる
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―ここに来てから全然、空見てないなぁ…―
トレーニングフィールドの天井を見上げ、ふとそんな事を思った。
太陽も、月も、星も……ここ最近ずっと、その姿を目にしていない。
今日は晴れなのか、雨なのか、曇りなのか……天気すらも分からない。
青い監獄 という、無機質な鉄の箱の中で一日が過ぎていく。
―みんな、どうしてるかなぁ…―
家族や友達の顔が頭に浮かび、急激に寂しさが押し寄せてきた。
少し前まで自分は'普通'の世界で生きていた。しかしそれが今はどうだ。非日常的な空間で非日常を生きている。
自分の人生なんて平凡で変わり映えしないものだと思っていたから、本当に何が起こるか分からない。
もし…もし自分がマネージャーに選ばれていなかったら、今自分はどうしていただろう。
きっと今頃、進路の事を考えなければいけない時期に突入している筈だ。
大学へ進学するのか、それとも何か将来の夢を見つけているのか…。
自分は果たして、どんな選択をしていただろう。
進路以外であればあとは恋愛面だろうか。
これでも健全な女子高生。少なからず気にはなる。
……果たして、彼氏なんていう存在は出来ていたのだろうか。
「彼氏…かぁ…」
もしかしたら、友達はもうみんな彼氏持ちかもしれない。放課後に制服デートしたり、夏祭りへ行ったり、誕生日を互いに祝い合ったり…沢山の思い出を作っている事だろう。
「ハァ…。私一人青春してないなぁ…」
友達からはよく'疎い'と言われていたが、自分だって決して恋愛に興味がない訳ではない。
人並みに少女漫画のような甘酸っぱい恋愛には憧れがある。
少女漫画のようなで言えば今の自分の状況も、所謂'逆ハーレム'という作品の題材にされる状況ではあるのだが…。
「うーん……ここにいる誰かを好きになっちゃう…なんて事あるかな?」
いまいち想像出来ない。自分がこの青い監獄 にいる誰かと恋に落ちるなんて。
「恋愛は、チャンスでないと思う。私はそれを、意志だと思う。……今の私ってそんな感じかも」
生意気にも有名な文豪の一節を引用してみた。
「――太宰治か?」
「へっ!?」
突然低い声が自分の耳元で聞こえてきて、肩が大きく跳ねた。
勢いよく横を見るといつの間にやって来たのか、糸師凛くんが鋭い目で私を見下ろしていた。
「今言ったの、太宰治の『チャンス』の一節だろ?」
「う、うん」
そう言ってストレッチを始めた凛くん。恐らく自主練をしに来たのだろう。
それにしても英語が堪能な事にも驚かされたが、彼は文学にも精通しているのだろうか?
「つーか、なんで太宰治なんだよ」
ググッと体を伸ばして聞いてきた。
「あー…んー…えっと…」
なんて説明したらいいのだろう…。
サッカーに全てを捧げている凛くんの前では、さっきまで自分が考えていた事がなんだか物凄くくだらない事のような気がしてきた。
なかなか先を続けようとしない私に、凛くんは訝しげな表情を浮かべる。
何か…何か言わなければ…。
「えっと……あっ!そ、そう!空!!」
「…あ?空?」
「うん!ここに来てから、全然空見れてないから!太陽も月も星も、見れてないなぁって…」
そういえばここに来る前は、'〇〇年ぶり!世紀の天体ショー!'なんて、何度かテレビでその映像を目にした事もあったなと、ここにきて思い出した。
「……」
私の言い訳じみた言葉に凛くんは無反応だったが、'隔離されてんだからそんなの見れなくて当たり前だろ。何言ってんだお前'と、その顔は言っていた。
というよりも今の説明じゃ、どうして太宰治の『チャンス』の一節を言ったのかの答えになっていない…。
「あー…えっと…その…」
再び私が返答に困り、しどろもどろになっていると…
「――月が綺麗ですね」
「…え?」
凛くんが唐突にそう呟いた。
月が綺麗ですねって……夏目漱石のアレ?
「俺が世界一のストライカーになってこの監獄から出りゃ、月ぐらいいつでも見れるようになんだろ」
「あ…う、うん」
勢いで頷いたが、今の自分はそれどころではなかった。
だって、月が綺麗ですねって……それって……
―バシュッ!!!!―
「…っ!」
綺麗な軌道を描きゴールに鋭く突き刺さるシュート。
「その言葉の意味……知ってんだろ紬」
「あ…っ」
スッ…と細められた目に捉えられる。
鋭さの中に見え隠れする熱に当てられ、上手く息が出来なくて苦しい。
大きく脈打つ心臓はまるで爆弾のようで、このまま爆発してしまいそうとすら思った。
そんな私を余所に、凛くんはくるりと踵を返した。
「……返事はいつか、それこそ月の下で聞きてェな――」
最後、去り際に凛くんがなんと言ったのかは聞き取れなかった。
しかし彼のその口元は、久しく見ていない三日月のように弧を描いていた――。
トレーニングフィールドの天井を見上げ、ふとそんな事を思った。
太陽も、月も、星も……ここ最近ずっと、その姿を目にしていない。
今日は晴れなのか、雨なのか、曇りなのか……天気すらも分からない。
―みんな、どうしてるかなぁ…―
家族や友達の顔が頭に浮かび、急激に寂しさが押し寄せてきた。
少し前まで自分は'普通'の世界で生きていた。しかしそれが今はどうだ。非日常的な空間で非日常を生きている。
自分の人生なんて平凡で変わり映えしないものだと思っていたから、本当に何が起こるか分からない。
もし…もし自分がマネージャーに選ばれていなかったら、今自分はどうしていただろう。
きっと今頃、進路の事を考えなければいけない時期に突入している筈だ。
大学へ進学するのか、それとも何か将来の夢を見つけているのか…。
自分は果たして、どんな選択をしていただろう。
進路以外であればあとは恋愛面だろうか。
これでも健全な女子高生。少なからず気にはなる。
……果たして、彼氏なんていう存在は出来ていたのだろうか。
「彼氏…かぁ…」
もしかしたら、友達はもうみんな彼氏持ちかもしれない。放課後に制服デートしたり、夏祭りへ行ったり、誕生日を互いに祝い合ったり…沢山の思い出を作っている事だろう。
「ハァ…。私一人青春してないなぁ…」
友達からはよく'疎い'と言われていたが、自分だって決して恋愛に興味がない訳ではない。
人並みに少女漫画のような甘酸っぱい恋愛には憧れがある。
少女漫画のようなで言えば今の自分の状況も、所謂'逆ハーレム'という作品の題材にされる状況ではあるのだが…。
「うーん……ここにいる誰かを好きになっちゃう…なんて事あるかな?」
いまいち想像出来ない。自分がこの
「恋愛は、チャンスでないと思う。私はそれを、意志だと思う。……今の私ってそんな感じかも」
生意気にも有名な文豪の一節を引用してみた。
「――太宰治か?」
「へっ!?」
突然低い声が自分の耳元で聞こえてきて、肩が大きく跳ねた。
勢いよく横を見るといつの間にやって来たのか、糸師凛くんが鋭い目で私を見下ろしていた。
「今言ったの、太宰治の『チャンス』の一節だろ?」
「う、うん」
そう言ってストレッチを始めた凛くん。恐らく自主練をしに来たのだろう。
それにしても英語が堪能な事にも驚かされたが、彼は文学にも精通しているのだろうか?
「つーか、なんで太宰治なんだよ」
ググッと体を伸ばして聞いてきた。
「あー…んー…えっと…」
なんて説明したらいいのだろう…。
サッカーに全てを捧げている凛くんの前では、さっきまで自分が考えていた事がなんだか物凄くくだらない事のような気がしてきた。
なかなか先を続けようとしない私に、凛くんは訝しげな表情を浮かべる。
何か…何か言わなければ…。
「えっと……あっ!そ、そう!空!!」
「…あ?空?」
「うん!ここに来てから、全然空見れてないから!太陽も月も星も、見れてないなぁって…」
そういえばここに来る前は、'〇〇年ぶり!世紀の天体ショー!'なんて、何度かテレビでその映像を目にした事もあったなと、ここにきて思い出した。
「……」
私の言い訳じみた言葉に凛くんは無反応だったが、'隔離されてんだからそんなの見れなくて当たり前だろ。何言ってんだお前'と、その顔は言っていた。
というよりも今の説明じゃ、どうして太宰治の『チャンス』の一節を言ったのかの答えになっていない…。
「あー…えっと…その…」
再び私が返答に困り、しどろもどろになっていると…
「――月が綺麗ですね」
「…え?」
凛くんが唐突にそう呟いた。
月が綺麗ですねって……夏目漱石のアレ?
「俺が世界一のストライカーになってこの監獄から出りゃ、月ぐらいいつでも見れるようになんだろ」
「あ…う、うん」
勢いで頷いたが、今の自分はそれどころではなかった。
だって、月が綺麗ですねって……それって……
―バシュッ!!!!―
「…っ!」
綺麗な軌道を描きゴールに鋭く突き刺さるシュート。
「その言葉の意味……知ってんだろ紬」
「あ…っ」
スッ…と細められた目に捉えられる。
鋭さの中に見え隠れする熱に当てられ、上手く息が出来なくて苦しい。
大きく脈打つ心臓はまるで爆弾のようで、このまま爆発してしまいそうとすら思った。
そんな私を余所に、凛くんはくるりと踵を返した。
「……返事はいつか、それこそ月の下で聞きてェな――」
最後、去り際に凛くんがなんと言ったのかは聞き取れなかった。
しかし彼のその口元は、久しく見ていない三日月のように弧を描いていた――。
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