distant memory
100年前
いや、それ以上前だったか
数えるのが嫌になるかもしれないほど昔の話
1人の幼い子供がいた
その子供がいたのは現在のハロウィンタウンからさほど離れていない場所
深い、とても深い森の中
その森は太陽が昇る中でも薄暗く悪魔が住み着いている地獄の底を思わせるような不気味さを宿していた
その森の中に一本の道がある
周囲を囲う樹木の中に唯一存在しており、ハロウィンタウンやその先の場所へと向かう際に皆が利用することが出来る
そんな唯一の道にはある噂が存在していた
通過する者達を脅かす小さなカボチャの話
この世界には至る所にカボチャが群生しておりそれ自体はさほど珍しいものではなかった
噂のカボチャもそれと違わずごくごく普通のもの
問題はそのカボチャが自ら動くという事だった
木々の隙間から差し込む月明かりに浮かぶ、辛うじて見えるシルエット
細い手足に小さな身体
そしてその両手には轟々と猛る炎
その炎に照らされて浮かび上がるのは小ぶりなカボチャ
ソレと遭遇した通行人は口を揃えてこう話す
炎を携えたそのカボチャはいかに素早く逃げようともいとも簡単に此方へと接近し、燃え上がるその腕を振り下ろすのだと
そして必ずその話の後にこう続けられる
危害を加えられると感じ思わず目を閉じるが、次に目を開いた時にはその動くカボチャは目の前から消え失せているのだと
怪我人もなく、かといって何かを奪われた者も存在していない
ただ此方を驚かすだけなのだ
驚かす行為
それだけ考えればこの世界では当たり前の行動
この噂のカボチャは相手をその驚かす行為に秀でていた
遭遇した誰もが驚き慌てふためき逃げ出す
その細く小さな身体から想像できない、まるで全身が凍り付くかのような恐怖
しかしそれほどの才を持つのにその正体は誰にもわからない
その噂は瞬く間に様々な街へと伝わり、それはオクシエントにまで及んでいた
オクシエントはこの世界の中心にある最大規模の大都市
例にもれずこの大都市でもその噂は囁かれていた
そしてその噂を耳にしたある人物が1人―…
オクシエントの中央にある立派な造りの城
そこを根城にするのはセルヴログという名の組織
そんな組織内部でもその噂を囁く声
長い通路の中央に集まる数人の姿
それぞれ種族は違うが同じ衣服を身に着けている
彼らは組織に属する者達で、何やらヒソヒソと言葉を交わしている
聞こえるのはやはり例の噂話
「また例のカボチャが現れたらしい」
「またかぁ…」
「今のところ驚かすだけで一応無害ではあるが…」
そんな彼らの方へと歩みを進める人物が1人
身長は然程高くはなく子供のように細い体躯
その背丈に対しいささか長いローブをたなびかせ悠々と歩くその人物に気付いた彼らは会話を止めると慌てて通路の端へと寄り彼の為に道をつくる
その人物は自分より大きくしっかりとした体躯の彼らに目もくれずその中央を進み、最奥に見える大きな扉の中へと入っていった
「…お、怒ったかな」
「バカ、もしも怒ったなら今頃俺達説教されてるぞ」
「やっぱりおっかないなぁ…あの人」
彼らはそう呟きながら先程の人物の向かった方へと視線を向けた
見つめる先の扉は既に閉じられていた
中へと入った人物は扉を閉めると一度足を止め室内を眺める
その部屋はこのオクシエントの総統である男の執務室
部屋は広いものの何か豪華な物が飾られているわけでもない
机や椅子、書物を仕舞う棚などが設置されているだけの簡素なものだった
室内に誰の姿もない事に気付くとその人物は深く溜息を吐いた
ダンタリ「…いないのか?」
その人物の名はダンタリアン
全身を覆い隠すローブに包まれたその身体は子供らしく幼いもので、フードから僅かに見えるその顔は闇夜のような黒一色に覆われ表情を読み取る事は出来ない
ダンタリアンは誰もいない事を確認すると机へと向かう
机上を見つめるとそこには綺麗に重ねられた書類の山
一枚手に取りその書類に目を通すと再度溜息を吐き机へと置いた
ダンタリ「全く…何処に行ったんだ」
その場にいない人物へと語り掛けるよう1人呟くとダンタリアンは踵を返し部屋をあとにした
扉を抜けると通路の先には先程の男達が未だにその場で何やら話し込んでおり、ダンタリアンは彼らの元へと真っ直ぐ向かう
「それでな」
ダンタリ「おい」
突然聞こえた背後からの声に振り返り視線を下へとずらすとそこにはダンタリアンの姿
彼らは驚き慌てて彼へと向き直った
兵士「あ…っす、すみません!別にさぼっていたわけでは!」
ダンタリ「フォラスが何処に行ったか聞きたいのだが」
フォラス
この組織では知らない者などいるはずもない人物
セルヴログの中心人物、総統の立場にある者の名だ
その問いかけに彼らは一度顔を見合わせ思考を巡らせる
「総統ですか?…俺は見ていませんけど」
「俺も…ここにいる間は俺達以外は見ていませんね」
彼らは口を揃えて見ていないという
では彼らがこの場に来る以前に執務室を抜け出したのか
そうなれば他の者達に聞きまわるしかない
この組織に属する者は決して少なくはない
ここ近年その人数は増すばかりでダンタリアン1人で聞きまわるにはなかなかに骨がおれる事だ
「彼ならちょっとお出掛けしていますよ」
この場にいる者以外の声
ダンタリアンが顔を向けるとそこには彼と同じほどの歳だろうか、一人の少年が立っていた
ふわりとした柔らかい髪に人懐っこい表情
その背には弓矢を携えていた
ダンタリ「それは本当なんだろうな、レライエ」
レライエ「ええ、だって城から抜け出していたフォラスに会いましたから」
笑顔で告げる彼の名前はレライエ
笑顔を絶やさない、一見普通の人間に見間違えるかのような外見を持つその少年は他の仲間が恐怖から距離をおきがちなダンタリアンにもやはりその表情を崩さない
ズカズカと歩み寄るとダンタリアンは彼の肩を掴んで黒一色の顔を近付けた
突然の接近にレライエは驚く様子もなくただ大きな目で目の前の黒を見つめる
ダンタリ「会ったなら何故止めない」
レライエ「一応止めましたよ?けど彼が言うには今日の執務は終わっているし外出の許可は得ていると言っていましたから………あ、もしかしてまずかったです?」
私やっちゃいましたかね??
そう言って苦笑しながら頬を掻くレライエにダンタリアンはただただ重い溜息を吐いた
ダンタリ「今日の執務は終わってはいる、しかし許可など出した覚えはない…これはまた何か企んでいるに決まっている」
レライエ「んーーーーーー……………そう言われるとそんな気もしますけど、どうします?今から街の様子でも探ってきましょうか?」
するとダンタリアンは急にレライエの腕を掴んだかと思うと、そのまま強く引っ張り強引に歩き始めた
突然の行動にレライエは驚くも特に抵抗するわけでもなく、とりあえず大人しく従っている
ダンタリ「貴様の責任でもあるのだからな、さっさと来い」
レライエ「あ、ダンタリアンも行くんですね!なら久しぶりに外で食事でもしちゃいます?」
ダンタリ「馬鹿か貴様は、フォラスを見つけ次第すぐに戻る」
レライエ「えーそんなぁ~」
そんな会話を交わしながら2人は街へと繰り出す為に立ち去っていった
その場に残された仲間達は2人の姿が見えなくなると同時に口を開く
「ほんと…まだ子供なのに凄いよなぁ、あの二人」
「ま、まぁあれくらいじゃないと総統の側近は務まらないんじゃないか?」
「確かに……それにしても総統、今回もまた懲りないよな」
それはこれまでの経験上から当然のように浮かんだ疑問だった
組織の総統であるフォラスはその立場上、基本1人になる事を極力避けるよう心掛けてもらっている
トップである彼の身に何かがあれば組織そのものが消滅しかねない
それは勿論フォラス本人も心得て入る
心得て入る、のだが
「総統は大人しくしているのが苦手だからなぁ…」
そう
元々活発な人物である為、ときたま今回のように誰にも何も告げずついふらっと姿を消す事があるのだ
その度にダンタリアンに正座からの説教をされ、レライエがある程度のところで制止する
この流れが昔からある一連の流れだったのだ
3人は主の居ない唐の執務室の扉を眺めやれやれと苦笑を漏らした