病喰鳥




突如迫り来る黒い腕

ジャックは素早く手を上げると、肩に触れようと迫る腕に宛がいその軌道をそらした

目標から大きくそれた黒い腕は空を切り、巨鳥はその鋭い視線をジャックの眼窩に向けた


しかしその目を見つめたジャックは何を思ったか、手を静かに下ろしたのだ
身構える事無く無防備な姿

それを見るなり巨鳥は暫しの間をあけ、彼と同じくその腕を下ろす


「…反撃をしないのは何故か伺ってもよいかな?」


此方と同じく動きを見せなくなった巨鳥が鋭い嘴を静かに開く
先程聞こえた声はこの巨鳥のものだった
低く何処か心地よさを感じるその声にジャックは口を開いた


ジャック「突然の攻撃で驚きはしたが、貴方からは敵意を感じない、それが理由だ」
「…どうやら貴殿はワシの敵、あの木に危害を加える者ではないようだ」


ジャックの眼窩をまじまじと見つめた巨鳥は彼を敵ではないと認識したらしく、その鋭い視線を尖り帽の下へと隠した


ジャック「僕はジャック・スケリントン、貴方は?」
「ワシはカラドリウス…見ての通り年老いた無害の鳥だ」


年老いた無害の鳥というには不釣り合いな動きだったけど…

先程の素早く力のある動き
それはとてもただの年老いた無害の鳥だけでは納得のいかないものであった

目の前の巨鳥、カラドリウスは巨木の元へと歩み寄ると太く突き出た根に静かに腰をおろす


ジャック「えっと…カラドリウス、貴方はここで一体何を?」
カラド「何をしているか、かね?ワシはただここに住んでいるだけだが」


まさかこの森に住む者がいるとは…

ジャックが驚くのも無理はなかった


この迷いの森はその名の通り何処も同じような景色に道が判り辛く勿論目印と出来るようなものなどもない為、住人達も余程慣れていない限り安易に立ち入る事のない場所だ
しかも現在いるこの場所は森の最奥に近い場所
そんな場所に好き好んで住まうとは…


ジャック「驚いた、こんな場所に住んでいる人がいるなんて……あ、すみません、こんな場所だなんて」


つい思ったままを口にしてしまったジャックは気に障っただろうかとカラドリウスの様子を伺う
しかしそんな心配を他所に彼は平然とした様子で僅かに声をもらし笑う


カラド「こんな場所に住むような輩はワシくらいのものだ、気にしてなどおらん」


そう告げるとカラドリウスは此方に対し手招き
もう一方にある太い根を指し示した
どうやら座れと言っているようだ
ジャックはその指示に従うよう素直に歩み寄り、根に腰を下ろした


カラド「さて、では今度は此方からの質問だが…貴殿はここに何用で来たのかね?」


彼の問いかけを聞き、ジャックはようやく当初の目的を思い出したらしく慌てて声をあげる


ジャック「そ、そうだった!実は薬草の話を聞いてそれを採りにここへ」
カラド「薬草…ふむ、それはもしやこの巨木の根元に生えているといったモノかね?」


その言葉にジャックはコクリと頷いて見せた

これでようやく目的の薬草が手に入る!

ジャックは思わず目を輝かせてしまう
誰の目から見てもわかりやすいその表情を見てカラドリウスは尖り帽の下に隠れた目元を和らげる
しかしそれと同時に開かれた彼の口からは飛び出した言葉は、そんなジャックの思いをものの見事に打ち砕くものであった


カラド「そうだったか…しかし残念だ、貴殿の探し求めているその薬草はもうこの場にはないのだ」
ジャック「え…でもこの木の根元に生えているって」
カラド「確かに、その薬草…名は月光草というのだが…」


月光草

それはある特定の木の根元にのみ生える薬草だった
特定の木、それはジャックが腰を下ろしている根の持ち主であるこの巨木だ
その巨木の枝になる光沢のある実

輝く実は月明かりを浴びるにつれ成長していく
ある程度の大きさまで成長するとその実から少量ずつの雫が地へと零れ落ちる
その雫の落ちた箇所にのみ、月光草は生えるのだ


カラド「月光草は満月の夜に合わせその花を開く、そこでようやく薬草としての効力が表れるのだ」
ジャック「へぇー…ってそうじゃない!僕が知りたいのはその薬草、月光草が何処にあるかなんだよ」


初めて聞く月光草の話につい聴き入ってしまっていたジャックはようやく我に返る
その場に立ち上がりカラドリウスへと詰め寄った


ジャック「ここに住んでいる貴方なら知っているはずだ!ここにないのなら月光草は他の、何処にあるんですっ?」
カラド「…先程言ったと思うが、月光草は特定の木の根元にしか生えない…その木はこの巨木のみになってしまったのだ」








昔々のお話



気が遠くなる程の遥か昔の事
それはまだジャックが王となるよりも以前の話

その頃の迷いの森は今とは違い、他にも多くの木々がこの巨木と同じように枝に光沢をもつ葉や実を宿していた

風が吹くと木々はその流れにそって揺れ、降り注ぐ陽光を浴びてキラキラと輝いていた

多くの人々がみる度に美しいと絶賛する光景が広がっていた


しかしそんな人々の口からは次第に別の言葉が呟かれ始める
木々の枝からぶら下がる実

その実から落ちる雫から生まれる不思議な草

偶然それを発見した者はその草を持ち帰った
その者は街を行き交う魔女だった

彼女は薬学に優れ薬を作る事で生活をたてていた
数多くの薬草を取り扱う事に長けていた魔女は偶然発見したその草を長い時間をかけ調べ、特殊な効果を持っている事を突き止めたのだ

傷や病を癒す力を持つ草
月光草

魔女の作った薬は多くの病人や怪我人を癒し、その噂はあっという間にひろがっていった

するとただ美しいと眺めるだけであった人々は一変し、月光草だけでなく木々になる葉や実までも乱獲し始めた





カラド「この葉や実は木々が魔力を少量ずるため込み宿すもの、乱獲する者達はその事を知らず手当たり次第にむさぼっていった…結果、木々は枯れ果て今となってはこの巨木のみとなってしまった」
ジャック「そうなんですか…」


ジャックは巨木を静かに見上げた
心地よい風を受け枝が微かに揺れている


カラド「最後の一つとなったこの巨木を探し狙う者は未だ少なくはない、ワシはそんな者達から巨木を守る為にここに住んでいるのだ」
ジャック「最後の……じゃあ、月光草はもうないんですね」
カラド「ない、というよりも今はまだその時期ではない…守り続けていたこの木は、弱っているのだ」


カラドリウスは悲し気に呟くと太く立派な幹に手を添えた
その手が触れた箇所からパラパラと細かな木屑が零れ落ちる


カラド「本来ならば今頃この周囲に月光草が生えているはずなのだがな…」


木屑を拾い上げ指先で擦る
軽く擦られただけでその木屑は灰のように変わる
一陣の風が吹くと灰へと変わった木屑はその流れにのって宙へと舞った
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