病喰鳥



ジャックが厨房へと向かいどれほどの時間が経過しただろうか

大人しく横になっていたサリーだったが、時が経つにつれ不安が募りだしたまらず起き上がってしまっていた
未だに身体は熱く、体を起こした際に眩暈を覚えたが何とかベッドに手をつきそのふらつく身を支える


サリー「…ジャック、大丈夫かしら」


彼には寝ているよう言われたものの、これほど長い時間待たされているとどうにも嫌な光景が脳裏を過ってしまう

それは料理の事もあったが、同時にジャック本人の身に何か起きたのではないかという不安もあった


やっぱり様子を見に行ってみよう


そう決意しサリーは部屋を出ようと扉へと歩み寄る
するとそこである音が聞こえてきた

それは外から聞こえる靴音

次第に近付くその音にサリーは慌ててベッドへと戻ると素早くその身を横たわらせる

それと同時に扉が勢いよく開かれた


ジャック「お待たせサリー!」


現れたのはジャックだった
彼の手には食事を乗せたトレイが見える

どうやら食事は何とか作り終えたようだ

それを確認すると安心したようにほっと息を漏らす


サリー「大丈夫だった?」
ジャック「何がだい?あ、食事はちゃんと作ってきたからね!」


トレイをテーブルに置くと器をサリーの前に差し出した

どんなものを作ったのだろうか

サリーは器に被さる蓋をそっと開いた






そこでサリーの手は止まる
彼女の視線に映ったのは勿論器の中身

そこには何を使えばこうなるのだろうかと思ってしまう、紫のような黒のようなよくわからない色の何かが注がれていた


サリー「あの…ジャック?」
ジャック「色々な食材があって助かったよ!さぁ是非食べてみてくれ!」


満面の笑みを見せながら木製のスプーンを差し出してくるジャック
そんな彼にそれ以上言葉をかける事なく、サリーはスプーンを受け取るなり再度器の中身に眼をうつす

先程見た際に気付かなかったが、何やらドロドロとした、本当にどう名状したらいいかわからない何かが浮かんでいる
それが一体何なのか気になりスプーンですくってみる


本当に何なのかわからないわ…


すくってはみたものの、何もわからない
しかしもしかしたら見た目が悪いだけで味は普通なのかもしれない
そう考えサリーは少量のスープの入ったスプーンを顔に近付けた

微かに鼻を掠めるにおい
それは見た目とは違い、嫌なにおいではなかった

やはり問題は見た目だけなのだろうか

サリーは覚悟を決め、その口にスプーンを入れた















ジャック「サリー、味はどうだい?」
サリー「…………………」
ジャック「サリー??」
サリー「……え!?あ、ええ…ごめんなさい、少しぼんやりしていたわ………悪くないんじゃないかしら」
ジャック「そうか、よかった!」


ジャックは彼女の言葉に対し嬉しそうに笑った
だがそれとは逆にサリーの表情には何ともひきつった笑顔が浮かんでいる

ジャックの作ったこのスープ
口に含んだ瞬間はその味に特に強い嫌悪感などは感じなかった
においはあまり問題なく、口内に流し込まれたスープはごくごく普通に彼女の喉を流れこんでいく

そこまではよかった

スープを飲み込んだ後、問題が起こったのだ
何やら口の中がヒリヒリと痛む
それはまるで激辛の香辛料を直に口に含んだかのよう
しかしそれだけではなかった
続けざまに今度はその辛さに覆いかぶさるかのように苦みが広がったのだ

口内を次々と刺激する辛みと苦み
しかもそれに続けて更に酸味までもがサリーの口内に襲い掛かる

サリーはなるべく表情を崩すまいと弱った身体に気合を入れ、ジャックへと笑顔を向けた


ジャック「栄養満点なものを作るようにありったけの物を入れたからね!さぁ、沢山あるからどんどん食べてくれ!」
サリー「あ、ありがとう…でもジャック、美味しいんだけど1つ問題があるの」
ジャック「問題?何だい??」


どう伝えるべきか
此方の言葉を素直に待つジャックを見つめ少々悩みこむ
そしてようやくサリーは口を開いた


サリー「病人に向けた食事と考えたらこれは少し、ええ…少し辛いかもしれないわ」
ジャック「そうなんだ!けどもう料理は出来上がってしまっているし…」
サリー「ジャック、今から私の言う調味料を厨房から取ってきて欲しいの。お願いできるかしら?」
ジャック「調味料?わかったよ!どんなものが必要なんだい?」
サリー「それはね…」











ジャック「サリー!持ってきたよ!!」


彼女の指示通りに厨房へと向かったジャックが戻って来た
その手にいくつかの調味料が入っている瓶を持っている

小瓶が次々にサリーの前へと並べられていく
彼女はそれらに張られているラベルを確認し間違いない事を確認すると、一つの瓶を手に取った


ジャック「けど…これで何とかなるのかい?」
サリー「ええ」


瓶の蓋を開けるとサリーは器の中にその中身を少量ずつ振りかける
それを眺めるジャックには、瓶の中から振り落ちるその粉末状の物が何なのか理解などしていなかった


サリー「次は、これを…」


続いて置かれている別の瓶を手に取ると今度はその中から粉末ではない何か
ドロリとした透明色の液体が垂れ落ちた

その後もいくつかの並べられた瓶の中身をスープの中に注ぎ込むと、木製のスプーンで軽く器の中をかき混ぜた

手を止めると顔を近付け軽く香りを確かめる



サリー「こんなものかしら」


そう告げるとサリーはスープをすくい、そっと口に含んだ
しっかりとその味を舌で確かめる


ジャック「…どうだい?」
サリー「…これで大丈夫、これならあまり強い味もしないし病人には丁度いいと思うわ」


満足のいく味になったらしく、サリーは先程とは打って変わって優しい笑みを浮かべた
そんな彼女を見て安心したのかジャックの表情にもまた、同じく笑顔が浮かぶ


ジャック「良かった!ごめんよサリー、結局君に頼る事になってしまった」


彼女の為に頑張って作ってみたものの、元々料理など出来ないジャックは自身の不甲斐なさに少々落ち込んでしまう
そんな彼に気付くとサリーはまるで慰めるように優しい声色で語り掛けた


サリー「気にしないで、それに貴方が頑張って作ってくれた物だもの…それだけで私、凄く嬉しかったわ」


確かに最初は彼の作ったスープの味に戸惑い少々辛い目にもあいはした
しかしそれは彼が苦手であるにも関わらず、自身を気遣い一生懸命作ってくれた物なのだ
その行為そのものが彼女にはとても嬉しく幸せに感じる事だった


器に注がれたスープをゆっくりとではあるがしっかり口へと進めていく
そんな彼女を静かに眺めていたジャックの脳裏に博士のあの言葉がよぎる



ジャック『頼みとは何ですか?』
博士『ワシは今からこの風邪ともわからんものを詳しく調べる必要がある、つまりはここから離れられんというわけじゃ』
ジャック『はい…それで、頼みとは?』
博士『つまり、ワシが動けんという事は今寝込んでおるサリーを看病する者がおらんという事じゃ…そこでお前さんに頼み事、というわけじゃよ』
ジャック『つまり、彼女の看病を僕に任せると?』
博士『嫌かね?』
ジャック『とんでもない!寧ろ此方からお願いしたいくらいですよ!任せて下さい!!』



早速看病するはずの彼女の手を借りる事になってしまったものの
嬉しそうに自分の作ったスープを口にするサリーを見て、ジャックは1人嬉しそうにその表情を和らげた
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