病喰鳥



研究所へと辿りついたジャックは、呼び鈴を鳴らす事もなく中へ駆け行った
内部はまるで誰もいないかのように静まり返っている
中央に立ち止まると頭上を見上げた

最上階まで続くスロープが螺旋状に流れている
その先にあるサリーの部屋へと続く扉

ジャックは足早にスロープを駆けのぼり始めた
目指すのは彼女がいるであろう部屋


ジャックの靴音のみが内部に響き渡る
普段から静かではあるこの場所だが、まるで自分以外その場に存在していないかのようだ


細く長い足はその分歩幅もある為、長いスロープも難なく上り終えてしまった
立ち止まった彼の目の前には目的の部屋の扉

骨の手を軽く上げるとジャックは数回、その扉を叩いた

耳を澄ませると何やら中から音が聞こえる
誰かがいるのは確かだ

しかし音はすれども声は聞こえない
すると扉の向こうから何かが倒れる音と小さく咳き込む女性の声がした


ジャック「サリー!」


扉を全力で開き中へと駆け込む
するとそこには







サリー「じ、ジャック…?」


そこにはベッドから床へと転げ落ちたサリーの姿があった
倒れ込んだその姿を見るなりジャックは慌てて駆け寄り、彼女の身体を軽々と抱き起す
触れた手に彼女の熱が伝わってくる

それはとても熱かった




ジャック「サリー…大丈夫かい?」
サリー「ご、ごめんなさい…ノックする音がしたから起き上がろうとして…」


ジャックはサリーの身体を抱え上げるとベッドの上へと静かにその身を横たわらせた
薄く開かれた唇からは荒い呼吸がもれる


サリー「ジャック、何でここに…?」
ジャック「君は知らないかもしれないけど、今このハロウィンタウンには風邪が蔓延しているらしいんだ…それで君の事が心配になってしまってね」


その言葉を聞くとサリーは長い睫毛を揺らしながら数度その目を瞬かせた
目の前に見える丸い髑髏には此方を心の底から心配している様子が伺える

私の事を心配して…?

自身を想う彼のその優しさにサリーは思わず頬を赤らめた


サリー「そう、だったの…ごめんなさい…今朝からとても具合が悪くて…」
ジャック「やっぱり…君も風邪をひいてしまったんだね、来てみてよかった」


そこでサリーは突然身体を起こそうと上体を持ち上げる
彼女の行動に驚きジャックはその身を寝かせようとその肩を押さえた


ジャック「サリー、駄目だよ!今は休んでいないと…」
サリー「ごめんなさい、でも…気になる事があるの」
ジャック「気になる事?」


首を傾げるジャックにサリーが口を開く
それは今朝のとある出来事の話




早朝になり目を覚ましたサリーはいつものように朝食を作るため部屋を出た
そこでふと聞こえた声

フィンケルスタイン博士のものだ

しかしどこか様子がおかしい
何やら咳き込んでいる

それを聞くなり何やら不安にかられたサリーは、足早に博士のいるであろう研究室へと足を運ばせた


昇降機が上階へと到達したところでサリーは博士の名を呼び中へと足を一歩踏み出す
博士はいつも通り作業台に向かっていた
しかし声をかけても振り返る事もなければ答える事もない


サリー「博士…?」


傍へと歩み寄りその顔をそっと覗き込む
そんな彼女にようやく気付いたのか博士は少々驚いた様子でその顔をあげた


博士「む…な、なんじゃサリーか」
サリー「おはようございます、博士」


おはよう
そう答えようと口を開いた瞬間
博士のその口からは言葉ではない、咳が飛び出した


サリー「博士…もしかして具合が悪いんですか?」
博士「心配する必要はない、少しむせてしまっただけじゃ」


心配ない
そう告げながらも尚も咳き込む
それは傍から見ても苦し気なもので、サリーは慌てて彼の小さな背を擦り始めた


サリー「風邪でも引いてしまったんでしょうか…博士、今日は研究はやめて休みましょう?」
博士「そうもいかん…この研究は予定よりも遅れてしまっているのじゃ、早く済ませてしまいたい」


咳を絡めながらもなんとか語られた言葉
どうやら此方の説得など聞く様子はないようだ

するとサリーは突然車椅子に手を伸ばした
強引に作業台から引き離すと昇降機へと向き直る

突然視界が回り博士は慌ててサリーを見上げた


博士「こ、こら!何をしておるんじゃ!」
サリー「今日の研究はおしまいです、部屋へ行きますからね」


博士の言葉など無視しサリーは車椅子を強引に推し進める
それを制するよう車椅子にかけられた手を掴んだ


博士「ま、待てといっておるじゃろ!」
サリー「いいえ、博士がなんと言おうと休んでもらいます!……あまり無理をしないでください、お願いですから」


最後に聞こえた掻き消えそうなその声に博士の手が静かに離れる
見るとサリーの表情は悲し気に曇っていた
今にも泣いてしまうのではないかと思わんばかりのその顔を見るなり、博士は重い溜息を吐き一切に抵抗を見せなくなる


博士「………全く、本当に言い出したらきかん奴じゃ…」


そう呟くなり小さく咳き込む博士にようやくその表情を和らげたサリーは車椅子を推し進め、昇降機に乗り込んだ
4/12ページ