病喰鳥



手すりに身を預けジャックは1人階下をぼんやりと見つめる
時折扉の方へと向き直るが、その扉は未だに開かれる事はない

1人待ち続けているジャックは深く溜息を吐いた


ジャック「…大丈夫かな」


診察を受けているサリーの事を想うにつれ、彼はますます不安に駆られる
もしも厄介な病だったらどうしよう
彼女がもっと苦しむような事になってしまったら

普段から何事にも前向きに接するジャックであったが、この時ばかりはそうもいかなかった
愛する女性が病魔に侵されているのだ


すると、扉の開く音が彼の耳に届く
見るとそこには診察を終えたカラドリウスの姿があった

その姿を見るなりジャックは慌てて駆け寄る


ジャック「サリーはどうですか?大丈夫ですかっ?」
カラド「まずは一度落ち着きなさい…少々話したい事がある」


そう告げるとカラドリウスはジャックを引き連れ扉から距離を離した
そして彼へと顔を近付け小声で語り掛ける


カラド「彼女を診察してみたのだが…どうやら風邪ではないようだ、症状は非常に酷似しているが」
ジャック「風邪ではない?なら一体…」
カラド「…申し訳ないが、ワシにもわからんのだ」


その言葉にジャックは呆然とするのみだった
彼は自身を医師だと告げていた
しかし、医師という立場にも関わらず病の原因を突き止める事が出来なかったというのだ
カラドリウスは手すりに寄り掛かると続けて静かに語りだす


カラド「様々な病と照らし合わせてみたのだが、どれも一致しないのだ…もしかしたら特殊なのかもしれん」
ジャック「じ、じゃあ治す事は…」
カラド「完治出来るとは言えんな」


期待していたものとは全く違う結果
ジャックはその現実を受け入れたくないといわんばかりに、否定するように首をふった

彼女は治らないのか
いや、彼女だけではない
多くの住人達がこのまま苦しみ、下手をすれば…









「病の正体がわかれば治す事は出来るのかね?」


突如聞こえた声に2人は振り向いた
そこには車椅子に乗った男の姿


ジャック「は、博士!」
博士「初めて見る顔じゃが…もう一度聞こう、どのような病か、どのような事が原因が…それがわかれば何かしらの対処は取れるのかね?」


博士は車椅子をすすめ、カラドリウスへと近付く
時折咳き込みながらも真っ直ぐ、目の前の巨鳥を見つめた
自身よりも遥かに小さな彼を見下ろしていたカラドリウスはコクリと頷く


カラド「そうだな、病を特定する事が出来れば
必ず完治させられる」
博士「…信じてよいのじゃな?」
カラド「必ず直してみせよう」


カラドリウスの鋭い目が尖り帽の下から微かに覗く
その目を真っ直ぐに見つめた博士は車椅子を反転させた


博士「二人とも、ワシの部屋まで来てもらおう」


そう告げて自室へと向かう彼の後に2人は黙って続いた















自室へと入った博士は机へと真っ直ぐに向かう
机の上には実験などに使用する様々な器具や何かの情報が書き込まれた紙がいくつも置かれている


博士「ジャックが出て行ってワシなりに調べてみたのじゃが…」


そう言って博士は一枚の紙を此方へと手渡す
ジャックはそれを受け取り、その文面に眼を通す
そこには小難しい言葉が長々と記載されていた


ジャック「博士、これは…」
博士「それがこの病の正体じゃよ」




そこにはアカドと記載されていた

様々な動物の部位をその身体に持つ、目撃例の少ない希少悪魔の名だ

アカドは瘴気を操る能力を持っており、空を舞う際に全身から溢れ出るその瘴気を風に乗せまき散らす

今回の病にはその瘴気が深く関わっていた

アカドが生成する瘴気はいくつもの病原菌からつくられており、その中には症例のない新種のものも存在している

今ハロウィンタウンに蔓延する病はその新種ではないか、というのが博士が導き出した答えだった




ジャック「アカド…名前だけは聞いた事があります」
カラド「質問したいのだが、何故この病の原因がアカドの瘴気であるとわかるのかね?」
博士「ワシ自らの身体からサンプルを取って調べた結果じゃ」
カラド「だがそれが瘴気からなる新種の病であるという確証はあるのかね?」


すると博士は本棚へと車椅子を進め、一冊の書物を手に取った

読んでみるといい
そう告げカラドリウスへと差し出す
彼は暫しの間をあけその書物を受け取ると静かにページをめくり始める

とあるページに差し掛かったところで彼の指がとまった


そこにはアカドにまつわるありとあらゆる情報が記載されていた

目撃例の少ないはずのアカドの鮮明な姿から大きさと様々な情報が並べられている
その中に最も注目すべき箇所が1つあった

それは数種類の、まるで顕微鏡でみた細胞のような図だった


博士「それはこれまでにアカドが散布した病原菌じゃよ」
カラド「ふむ…見た事のないものばかりだ」


医師であるカラドリウスの目からしてもそれらは今まで見た事もない構成からなるものだった
それらを暫し眺めていたカラドリウスだったが、視界を遮るように一枚の紙が差し出される


博士「それはワシのサンプルを調べた際に見つけたものじゃが…見比べてみるといい」


博士に言われるまま、書物に記載された図と手渡された図を交互に見比べる
するとカラドリウスはある事に気付いた

書物に記載されているうちの1つが、紙の図と全く同じだったのだ


カラド「…なるほど、これならばアカドが原因だという貴殿の意見も最もだ」
ジャック「どういう事ですか?」


2人の邪魔をしないようにと黙っていたジャックが口を開く
カラドリウスは手に持つ書物と紙をジャックへと差し出した


博士「ワシのサンプルから出たその病原菌はこれまでにわかっているアカドが散布したものと一致しておる…その病は当時一度だけ街に蔓延したものなのじゃが…構成を見るに自然界に存在する病としてはあり得んものなのじゃよ」
カラド「確かに、この病原菌は見る限りいくつもの複雑なウィルスでつぎはぎに構成されている…このようなものが自然界に存在するものであるはずがない」


2人の言葉を耳にしながら書物と紙、双方の図を見比べた
それらはジャックの目からしても全く同じ構成のものであるとわかる


ジャック「病の原因…つまり、これが…?」
カラド「彼の体内からその病原菌があるという事実が判明した、そう…それがこの病の正体だ」


病の原因が判明した
その事にジャックの表情に安堵の色が浮かぶ
これでサリーや皆を治す事が出来る


カラド「しかし…これだけではまだ解決には至らんな」


安堵するジャックだったが聞こえたその言葉に咄嗟に顔をあげる
そこには深く考え込むカラドリウスの姿があった
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