病喰鳥
カラド「ジャックといったか…貴殿は月光草を求めてここまで来たようだが」
ジャック「ええ、僕の住む街で病が蔓延してしまっていて…ある女性からこの場所の事を聞いて来ました」
カラド「病か…それはどのようなものなのかね?」
カラドリウスは足を組むとジャックへと語り掛ける
此方へと向けられる尖り帽の下からのぞく真剣な眼差し
ジャックは一瞬話してしまってもいいものかと悩んだが、そんな彼の視線を受けその口を開いた
カラド「…それはなんとも奇妙な」
ジャック「そうなんですよ、ただの風邪だと思っていたんですが…皆が揃って同じく今朝から」
カラドリウスは暫し考え込むと静かに腰を上げた
何をするのだろうとジャックが眺めていると、懐に手を差し込み何かを取り出す
その手には小さな袋が握られていた
ジャック「それは?」
カラド「ワシの愛用品とだけ言っておこう、さてジャック…貴殿の住む街へ案内してはくれないか?」
そう告げるとカラドリウスの手が此方へと伸ばされる
ジャックは不思議に思いながらもその手を取り立ち上がる
カラドリウスは袋を軽く揺らすと耳を澄ます
袋からは何の音も聞こえない
ジャック「連れて行くのは構いませんけど…何をするつもりなんですか?」
カラド「…ああ、まだ言っていなかったか」
カラドリウスは袋を再び懐にしまい込むとジャックへ軽く一礼する
カラド「ワシはこの巨木を守る者、そして医師でもある」
ジャック「え…医師なんですか?」
カラド「昔は多くの街を行き交い病や怪我に苦しむ者達を助けてまわったものだ…なに、腕は鈍って等おらん」
医師
その言葉を聞いた途端ジャックの表情が期待に満ち溢れた
ハロウィンタウンには医師がいない
彼ならば病を治せるかもしれない
ジャックはカラドリウスの手を強く握る
それと同時に先程とはまるで違う明るい声をあげた
ジャック「月光草がないならあきらめるしかないと思っていたけど…貴方が医師だったなんて!これで皆元気になる!!」
カラド「こらこら、そうはしゃぐでない…まずはどのような病か診てからでないとわからんよ」
ジャック「そ、そうですね…案内します!ついてきてください!」
思わず苦笑するカラドリウスだったが、それを気にする事なくジャックは彼の手を引き意気揚々と森の中を歩き出す
目指すのはハロウィンタウン
皆、待っていてくれ!
モノクロの景色に溶け込むような色を宿した骸骨と巨鳥が足早に木々の間を駆け抜けていった
ジャックが迷いの森へと向かって暫く
サリーはベッドに横たわったまま小さく咳をもらす
少しでも楽になるようにと額に濡れた布を宛がい、時折水を口にする
しかし彼女の身体は楽になるどころか今朝よりも悪化しているように感じた
内部から鈍器で遠慮なしに強く殴られているかのように感じる程の頭痛
咳き込むたびに感じる焼けるような喉の違和感
横たわっているはずなのに時々視界が揺れ、世界全体が回っているようだ
サリー「ジャック…」
意気揚々と出て行った愛しい男性の姿を思いだす
果たして彼は無事に月光草を見つける事が出来たのだろうか
するとサリーの耳に足音が聞こえてきた
しかしどうにもおかしい
耳に届いたその足音は1つではなかったのだ
誰かしら
不思議に思っていると、部屋の扉が勢いよく開き
ジャック「サリー!」
そこに現れたのは待ちに待ったジャックだった
無事戻って来た彼を見るやサリーは安堵しその身を起こそうとする
が、全身に力が入らず起き上がる事は適わなかった
サリー「ジャック、おかえりなさい…」
ジャック「待たせてしまってすまない、大丈夫かい?」
サリー「ええ…私は大丈夫…」
サリーは弱々しく笑顔を浮かべる
苦し気な咳を漏らしながらも、彼をこれ以上心配させたくないと気丈にふるまう
カラド「大丈夫とは思えんがな」
突如聞こえた声にサリーは少々驚いた様子で扉へと視線を向けた
そこには見覚えのない漆黒の鳥の姿
一体誰なの…?
謎の訪問者にサリーは不安に駆られジャックへと視線を向けた
そんな彼女の様子に気付いたのかジャックは笑顔で語り掛ける
ジャック「サリー、君が教えてくれた場所に行ってみたんだけど…月光草は生えていなかったんだ………けど大丈夫、彼が来てくれたからね!」
カラドリウスは室内へと入ると静かにサリーの傍へと歩み寄った
不安げに此方を見つめる彼女へ一礼すると優しく声をかける
カラド「サリーというのか、ワシはカラドリウス…医師をしている」
サリー「お医者様…なの?」
事実かと問いかける彼女の視線を見つめ、ジャックはコクリと頷いた
すると彼女は安心したのかその表情を和らげる
余程彼を信頼しているのだな
そんな二人を見つめカラドリウスは微笑ましく思った
カラド「君はあの木の存在を知っていたのだな…残念ながらあの木は弱っていて月光草を生み出すほどの力はもうないのだよ」
サリー「そう、なんですか…」
サリーは悲し気に呟くと目を閉じる
思い浮かべる情景
それは薬草を求め迷いの森を彷徨っていた際に偶然目撃した光景だった
それはまるでクリスマスツリーのように煌びやかだった
カラド「さて…早速だが今から君を診察しようと思うのだが、構わんかね?」
サリー「…はい、お願いします」
ベッド脇にある椅子へ腰掛けるとカラドリウスはサリーの身体に手を添え、負担をかけないように慎重に起き上がらせた
起き上がると同時に咳き込む
そして触れた手に伝わる熱
まるで燃え上がる炎のように熱く、カラドリウスは確かに風邪のような症状だと1人考える
カラド「ふむ、確かに風邪のような症状が出ているが……もう少し詳しくみてみる事しよう」
カラドリウスは病の正体を探るべく、サリーの服を指差した
全身を隈なく診る為に衣服を取り払うようにという指示だった
サリーは彼が男性だという事もあり一瞬躊躇したものの、ゆっくりと衣服に手をかける
自身を診る為にわざわざ訪れてくれたのだ
異性だからと気にする事は失礼だと考えたのだ
しかし、そこで彼女の手がふいに止まった
ゆっくりと視線をあげる
そこには心配そうに此方の様子を伺うジャックの姿
彼女の視線の向く先に気付いたカラドリウスは苦笑しながら呟いた
カラド「彼女を心配するその気持ちは大変素晴らしいとは思うが…席をはずしてはどうかね?」
彼の言葉にジャックはきょとんとする
続けてサリーの赤みを帯びた顔を見て、暫しの間をあけようやく気付く
ジャック「……………あ!ご、ごめんよ!!」
診察の為に衣服を脱ぐ
つまり彼女は裸体となるのだ
ジャックは慌てて声をあげると足早に部屋から飛び出した
彼が出ると同時に閉じられる扉
通路へと出たジャックは手すりに手をつくと酷く深い溜息を吐いた
ジャック「そ、そうだよ…診察で衣服を脱いだら裸になるにきまってるじゃないか」
僕とした事がそんな事に気付かなかっただなんて!
そんな事を考える彼の脳裏に浮かぶサリーの姿
常に紳士である彼だが、それでも男なのだ
脳裏に浮かぶ愛しい女性の姿を振り払うように頭を強く振る
顔が熱い
火照った顔を両手で包み、ジャックは1人唸った