美麗なる舞姫
ショーが終わった酒場は通常通りの雰囲気を取り戻し、訪れていた住人達は食事を楽しみ賑わっていた
その中の一席
細長い骸骨の姿と長い髪を持つ女性の姿
ジャックとサリーだった
その向かいには町長であるメイヤーの姿がある
3人は席へと運ばれた食事をとりながら楽し気に語り合っていた
ジャック「彼女達のショーは本当に素晴らしかったですね」
サリー「そうね、音楽も素晴らしかったし彼女のダンスがとても綺麗だったわ」
メイヤーは飲み物を口に含みながら二人からの称賛の声を聞きまるで自分が褒められているかのように感じ思わず笑顔を見せる
するとそこへ歩み寄る人物が1人
「こんばんは」
メイヤーは背後から聞こえた声に気付き、肉を頬張りながら振り返る
そこに立っていたのは先程ステージで舞っていた人物、フールだった
まさかの登場人物にメイヤーは驚きのあまり声も出ず、グラスを片手に硬直してしまう
ジャック「やぁフール、先程は素晴らしいものを見せてくれてありがとう!」
サリー「とても素敵でした!あ、よかったらどうぞ」
サリーが空いている席を指し示すとフールは笑顔で頷くと静かに腰をおろす
それはメイヤーの隣だった
フール「ふふ、貴女と会うのはこれで二回目ね」
サリー「まさか一座の方だったなんて、あの時は本当にごめんなさい」
フールは特に気にする様子もなく楽し気な笑みを浮かべている
ジャック「二人は面識があったのかい?」
フール「ええ、昨日街中で偶然」
酒場の店員がフールの傍へと歩み寄る
その手にはグラスを乗せたトレイ
店員が差し出すグラスを受け取るとそのまま口元へ
紅い唇がグラスの縁に触れる
その姿を見つめていたメイヤーは口の中の肉を思わず勢いよく飲み込んだ
フール「そういえば、街の皆さんにも喜んでもらえたみたいで安心しました」
ジャック「あれだけのものを見せられたんだ、喜ばないはずがないさ」
サリー「ええ、本当に素晴らしかったわ」
先程見たショーの光景
スポットライトを浴び素敵な音楽の中を舞う美しいフールの姿
脳裏に浮かぶその姿は本当に素晴らしいとしか言いようがなかった
ジャック「ここに滞在している間、よかったらまたショーを行い皆を楽しませてほしいな」
フール「わかりました、これからも頑張らせて頂きます…あら?」
笑顔で受け応えていたフールだったがふと隣に視線を移す
そこにいるのはメイヤーだった
無言で此方を見つめている
ジャック「町長?」
町長「ひゃいっ!!!?」
皆が不思議に思う中ジャックが声をかけると我に返ったのか大げさにびくつきおかしな声をあげる
サリー「町長さん、気分でも悪いんですか?」
町長「は、ははは!いやいや別に何もないですよ!?」
激しく動揺を露にしながら慌ててナイフとフォークを握り直し肉を切り分ける
そんな彼の様子を眺めていたフールは笑みを浮かべそっと顔を近付けた
メイヤーの耳元に唇を寄せ何やら囁きかける
すると先程までの動揺などまるでなかったかのように瞬時に大人しくなり切り分けた肉を静かに口へと運ぶ
フール「町長さんったら本当に面白い方」
ジャック「…まぁ、確かに面白かったけど」
フール「でしょう?ふふ」
クスクスと楽し気な声を漏らすフール
彼女に合わせてクスリと笑うサリー
その中でジャックは1人笑う事はなく、フールの様子を静かに見つめていた
町長「いやぁー今日は実に楽しい一日でした」
皆が酒場を出て行く中、食事を終えたジャック達は入り口に立ち言葉を交わしていた
素晴らしいショーと美味しい食事に満足したようでサリーも幸せそうな表情を浮かべている
フール「よろしければまた皆さんとお食事したいですね」
サリー「本当に!私も是非ご一緒したいです!」
町長「是非またやりましょうそうしましょう!!」
3人が和気藹々とする中、ジャックは無言でその様子を見つめている
そこへ男性の声が聞こえてきた
どうやら帰宅する為、フールを呼びに来たようだ
フール「そろそろ帰らないと…それでは皆さん、本日はお越しくださいまして本当にありがとうございました」
ジャック「此方こそありがとう、また伺わせてもらうよ」
ジャック達に一礼するとフールは再度男性の呼び声を聞き酒場の中へと駆け込んでいった
町長「では私も帰るとしましょう、ではまた」
サリー「おやすみなさい」
メイヤーが立ち去り残されたサリーは少し眠たげな様子で小さく欠伸を漏らす
それに気付いたジャックは微かに笑みを浮かべ骨の手をそっと差し出した
ジャック「じゃあ僕達も帰ろう、送っていくよ」
サリー「ありがとうジャック」
嬉しそうな表情でその骨の手に自らの手を重ねる
しっかりと指を絡め2人は時折夜空を見上げながら語り合い歩き始めた
サリー「送ってくれてありがとう」
あっという間に研究所へと辿り着いてしまった二人は扉の前で会話を交わす
ゆっくり歩いていたとはいえ研究所までの距離はそれほど長くはない
楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまうものだ
少々名残惜しく感じるがすっかり夜も更けており眠らなければならない
サリーはふと無言で視線を下げた
骨の手と繋がったままの自身の手
別れるならその手を離さなければ
サリー「じ、じゃあ…」
離したくないという思いをなんとか我慢して自ら絡めた指を離そうとする
すると離れかけた指が強く握られた
サリー「ジャック?」
ジャック「サリー、よかったら明日また一緒に食事でもしないかい?」
突然のジャックからの誘いの言葉に思わずドキリと心が跳ねた
しっかりと握られた手と此方を真っ直ぐ見つめる闇のように黒い眼窩
サリーは思わず顔を赤らめコクリと頷いた
サリーと別れた後、ジャックは踵を返し歩き出した
人通りのない夜道をコツコツと靴音を鳴らしながら歩き、ふと先刻見た嬉しそうな表情を思い出す
嬉しそうに頬を赤らめるサリーの表情
そんな彼女がとても愛らしく思わず笑みが零れる
ああ、明日が楽しみだな
自宅へと向かい歩いていた足取りが自然と軽くなってしまう
思わず鼻歌が漏れてしまいそうだ
今日は帰ったらしっかりと睡眠を取って明日に備えよう
そんなジャックの姿に向けられた視線
街角から覗く一つの影に浮かぶ真っ赤な唇が緩やかにその形を変えた