美麗なる舞姫





ジャック「へぇ~…とても素晴らしい街なんだね」


旅の一座の借りる家からなんとも楽し気な声が聞こえる
それはジャックの声と


「ええ、あれは本当に素晴らしかった」
「出来ればもう一度訪れてみたいものですよ」


一座の男達の声だった

突如訪れたジャックを警戒していた男達だったが、彼と言葉を交わすにつれ次第にその心は解れていった
今となっては彼らの表情にも楽し気な笑みが浮かんでいる


ジャック「いいなぁ…僕もいつか行ってみたいな」


男達の言葉を思い返しながら頬杖をつき、その光景を脳裏に思い浮かべる
彼らの言う素晴らしい街や人々、その光景の中に立つ自身の姿
それはまるで夢のようだった




「…これはどういう事?」



そこでジャックの想像した光景はかき消された
声のする方に目を向けるとそこにはフールの姿

男達はそれに気付くと慌てて立ち上がり、各々が足早に遠ざかっていく

高いヒールの音を奏でながらフールがゆっくりと歩み寄る
ジャックの前に立つと無言で視線を落とす

彼女の視線は相手を射抜く程の冷たい鋭さを秘めていた
ソファに腰掛け頬杖をついたままのジャックは何も答えずその視線を受ける
互いを見つめ暫しの沈黙の時が流れた





ジャック「やぁ、お邪魔しているよ」


先に口を開いたのはジャックだった
常と変わらぬ声色であったが、その丸い顔にはいつもの豊かな表情は浮かんでいない

男達は思わず息をのんだ

先程の楽し気に語り合っていたジャックとは一変
そう、彼らは今の今まで忘れていた

彼は恐怖の王、ジャック・スケリントンなのだ




張り詰めた空気が室内を包み込む

するとフールの口元が笑みを浮かべた



フール「ふふふ、まさか王が訪ねて来られるだなんてびっくりしてしまいました」
ジャック「…あはは、確かに突然の訪問だしね」


2人は笑みを浮かべ言葉を交わし合う
フールはそのまま向かい側に腰掛けジャックを見つめた
その目には先程までの鋭さは微塵も残っていなかった


ジャック「実は君達の事をもっと知りたくなってね、本当は君に話を聞きたかったんだけど丁度不在だったものだから代わりに彼らと話していたんだよ」
フール「まぁ、そうなんですか…一体何をお話したのかしら」


笑顔で告げるその言葉を耳にし男達の動きが一瞬とまる
楽器を手に持つ男が恐る恐る顔をあげた
その瞬間彼の表情が一気に青ざめる



フールが此方を見ている



その表情は誰しもが認めるほどの美しい笑みに塗られている
しかしその顔に浮かぶ瞳の奥底に彼はあり得ない程の恐怖を覚えた
楽器を持つ手が小刻みに震えだす


ジャック「君達が今まで訪れてきた街の面白い話を色々と聞かせてもらったよ、とても羨ましい」
フール「ジャック様もいつか訪れて頂きたいですわ」
ジャック「そうだなぁ…いつかは行ってみたい、けどなかなかその暇がなくて、たぶん無理じゃないかな……あ!あと様はいらないよ、ジャックと呼んでくれていい」
フール「…ジャック」


フールは微かに頬を赤らめ美しい声色でジャックの名を囁いた
細身の腕を伸ばして目の前に見える無防備な骨の手に自らの手を重ねる


フール「そうですね、貴方は王ですもの…でもたまには息抜きも必要だと思います」


その言葉に合わせて彼女の真っ赤な唇が薄く開かれる
その動きはとても艶めかしく静観していた男達の心が跳ねた




ジャック「そうだね、確かに君の言う通りだ」


動揺するそぶりもなく淡々と答えるジャックのにフールは思わず驚き言葉を失った
骨の手が添えられた彼女の手を静かに退ける

ソファから腰を上げるとそのまま視線を落とす
驚ききょとんとし此方を見上げているフールの姿が見えた
その光景に思わず笑いが込み上げそうになる


フール「あ、あの…」
ジャック「さて、色々と話を聞けたし僕はそろそろお暇させてもらうよ」


ジャックはそう告げると自身を見つめるフール達をその場に入り口へと向かう
その姿をただぼんやりと見つめていたフールはようやく我に返ると咄嗟に彼の背を追いかけた

ドアノブに手をかけ静かに扉を開く姿が視界に映る
そこから足を一歩踏み出す彼を見て慌てて声をあげた


フール「ま、待ってください!お見送りを…っ」
ジャック「大丈夫だよ、じゃあ…あ、美味しいお茶をありがとう!」


フールと此方の様子を覗き込んでいた男達に目をやり軽く手を振ると彼はそのまま立ち去って行った










扉が静かに閉ざされた

フールは入り口を見つめたまま微動だにせず、男達はその様子を不思議に思い歩み寄った


「な、なぁ…どうしたんだ?」


1人の男が彼女の肩に手を添え顔を覗き込んだ

その途端男の頬に衝撃が走る


頬を叩かれたのだ


男は己の身に何が起こったのか理解できなかった




フール「…アンタ達、なんでワタシの許可なくアイツに接したの」
「た、ただ普通に話をしただけだ…何も怪しまれるような事はしちゃいない!」


痛む頬を押さえる男の胸倉を乱暴に掴むとフールが顔を近付けた
その距離は僅か数センチ

眼前にある美貌に男は叩かれた事も忘れ思わず顔を赤らめる
そんな男の反応に更に苛立ち、再度手を振り上げ赤く染まった顔を殴りつけた

殴られた男はその衝撃で後方によろけ、他の男達が咄嗟にその身を支える


フール「いい?二度と勝手な行動をとらないで、また同じような事があればアンタ達…わかってるわよね?」


彼女の言葉の意味
それの意図を理解した男達は一斉に頷く

鍛えられた身体を持つ男達がたった一人の女性に怯え従う
それは傍から見れば異様な光景だった

殴りつけられた男が動きを見せた
フールの前に飛び出すと突然跪いたのだ
続けざまに色白の手をとるとその甲にそっと口付けた

それは敬愛の証

触れた唇は微かに震えていた



その様子をただ黙って見下ろしていたフールの表情に徐々に笑みが浮かびあがる

空いている手が静かに伸ばされた

それに気付いた男は思わず身を強張らせる



また殴られる



しかし男の予想とは違い訪れたのは頭に触れる感触
見るとフールの手が男の頭を優しく撫でていた


フール「わかればいいのよ…今回は許してあげるわ」


頭上から降り注ぐ許しの声
男は思わず握ったままの彼女の手に額を押し付けた
6/26ページ