美麗なる舞姫
カシングは鋭い爪をぎらつかせジャックめがけて大きく振りかぶった
その動きに反応しジャックは咄嗟に手を前に突き出すとカシングの顔を大きな手で掴む
長さの差もあり頭を押さえられたカシングの腕は目標に届く事はなく何度も空を切る
続けてその背後から何かが素早く飛び掛かった
フリッツだ
飛び掛かる彼に気付き空いている腕に力をこめる
しかしその腕は振るわれる事はなかった
ブラムが飛び掛かるフリッツに横から全身でぶつかったのだ
フリッツはバランスを崩して横に置かれていた食器棚に突っ込む形となった
続けざまに頭を押さえられもがくカシングの片腕を掴むとそのまま全力で彼を引っ張った
身体をふらつかせた瞬間カシングの身体は勢いをつけフリッツとは真逆の方向へと投げつけられる
ブラム「このままここにいては危険です、早く外へ!」
倒れ込んでいたカシングとフリッツがゆっくり上体を起こす
それを見てジャックは町長を連れ外へと駆け出した
外へ出ると家の周りにはいくつもの住人達の姿
町長「か、囲まれていますよ…っ」
徐々に迫り来る住人達から距離を置こうと後退る
しかしその足もすぐに止まる事となる
見るとそこには家壁
すぐ傍に見える扉から中に逃げ込む事は出来るがその中も今は危険な状態といえる
ジャックは狼狽える町長を背に身構えた
迫り来る住人達の手が伸ばされる
するとジャックは一番近くまで来ていた者の腕を叩き落とした
衝撃で僅かにバランスを崩しよろける住人の肩を掴むと強引に振り向かせる
そしてその背を全力で押したのだ
結果、住人はそのまま勢いをつけ走り出す形となり迫り来る他の住人と正面衝突する事となった
倒れ込むとそれを皮切りに周囲の住人達が次々に襲いかかった
ジャックは迫り来る手を軽やかにかわすと同時に各々に一撃を繰り出す
身を翻すと同時に背後に肘打ちをくらわし、腹部へ向け長い足を突き出し深く蹴りを入れる
その攻撃を受けた者はその場に倒れ込む
住人達に手をあげる事は極力避けていきたかったが今の状況では仕方のない事
ジャック「町長!今のうちに行ってください!」
町長「し、しかし私だけ……っ!!」
此方を庇い戦うジャックをその場に自分だけ逃げるなど出来るわけない
そう告げようとしたメイヤーはある事に気付きジャックの名を叫んだ
メイヤーの言葉に反応し咄嗟に振り返ろうとしたジャックだったが、後方を見るより前に何かに身体を掴まれた
辛うじて視界に映ったのはクドラクの姿
大きな体を生かしジャックを後ろから羽交い絞めにしたのだ
その力は強力で振りほどこうと身をよじらせるが微動だにしない
町長「こ、こら!ジャックを離しなさい!町長の命令ですよ!」
ジャックを助けようと慌てて駆け寄ったメイヤーが必死にクドラクの服を掴み引っ張る
しかし然程影響はないらしくクドラクは無視するのみ
町長「わ、私を無視するだなんて…もう許しませんよ!」
甘く見ないでください!
メイヤーはクドラクに飛び掛かるとジャックを羽交い絞めにする腕に思い切り噛み付いたのだ
すると今まで無視を決め込んでいたクドラクの視線がメイヤーに向けられる
ジャックはそれを見逃さなかった
途端固い物が激しくぶつかる音
ジャックが頭を後方に振りクドラクの顔面めがけて頭突きをかましたのだ
痛みは感じていないようだがその衝撃に脳が揺れクドラクの視界がぶれる
同時に羽交い絞めする腕から僅かに力が抜けた
それに合わせて身をよじらせ強引に束縛する腕の中からすり抜けた
自由になると素早くその場で低く屈み長い足を水平に回す
クドラクの足元をすくうように蹴ったのだ
足が浮きクドラクはバランスを崩してそのまま倒れ込んだ
彼の腕に噛み付いていたメイヤーはその衝撃で空中に投げ出されてしまう
一瞬何が起こったのかわからずきょとんとしていたメイヤーだったが、暫くして自身が落下している事に気付き驚き悲鳴をあげた
地面が眼前に迫り来る
ぶつかった際の痛みを想像し思わず目を閉じた
しかしいくら待っても痛みを感じない
恐る恐る目を開くとそこに見えたのはジャックの顔
地面に激突するより先にジャックが落ちていく彼を受け止めていたのだ
ジャック「町長すみません!大丈夫ですか!?」
町長「え、は、はい!!」
自身の現在の状況をようやく把握する事が出来たメイヤーは慌てふためく
そんな町長を眺めどうして驚いているんだろうと不思議そうに首を傾げながらもその場に彼を下ろす
周囲を見ればジャックが対峙した住人達が倒れ込んでいる
しかし今までの経験からして彼らは再び起き上がってくるだろう
ジャック「いつまでもここにいるわけには行きません、ブラムと共に早くこの場を離れて…」
そこで突然起きた大きな破壊音
先程まで隠れていた家の壁が何か強い衝撃を受け崩れたのだ
見るとそこには倒れ込んだブラムと彼に跨り襲い掛かるウェアウルフの姿
町長「た、大変です!!」
ウェアウルフは牙をむき出しにし、爪を振り下ろそうとしている
その腕を掴み必死に押さえるブラム
いくら吸血鬼が強い者であるとはいえ相手も戦闘能力は高い
押さえつけられてしまっていては分が悪い
助けなければ
ジャックが駆け寄ろうと動く
しかしその行動はブラムの声により遮られた
ブラム「ここは私に任せてお二人は早く行ってください!」
町長「し、しかし…っ」
ブラム「一刻も早く元凶の元へ向かってください!早く!」
ブラムはウェアウルフを押しのける為、自身を押さえつける腕に深く噛み付いた
吸血鬼の鋭い牙が彼の毛深い腕に深々と突き刺さる
ブラムの行動に微かに動揺を見せたウェアウルフの隙をつき、腹部めがけて膝蹴りを繰り出す
その衝撃でウェアウルフはブラムの上からはねのけられた
自由になったブラムは素早く立ち上がり穴の開いた壁へと構える
薄暗い室内からカシングとフリッツがのそのそと姿を現す
ジャック「…町長、行きましょう!」
町長「で、ですが彼が!」
1人残される形となるブラムを心配し躊躇うメイヤーの腕を強引に掴むとジャックはその場から駆け出した
ジャック達が走り去りその場に一人残されたブラム
周囲に倒れ込んでいた住人達が予想通り起き上がってくる
ブラム「さて…どうしたものか」
倒れ込んでいたクドラクも他と同じくゆっくりと身体を起こす
それを見てブラムは重い溜息を吐く
ブラム「全く、情けない…」
偉大なる吸血鬼である者がいともたやすく他者に操られ、守るべき者を襲うなど
元凶であるフールという者はそれだけ厄介な相手なのだろう
前方に立つ弟達を見て静かに口を開いた
ブラム「お前達、私が誰かもわからないのか…」
しかしその言葉は彼らの耳に届く事はない
ただ此方を敵として認識し一歩、また一歩と歩み寄ってくる
ブラム「…お前達をジャックの元へ行かせるわけにはいかないのだ」
ブラムはその表情を豹変させ牙を剥き出しにした
指先からは長い爪をとがらせ周囲の空気が禍々しくうねる
ブラムは吸血鬼ブラザーズの長男
長男である彼は4人の中で最も優れた能力の持ち主だ
しかし相手は弟達3人
此方は1人
流石に分が悪いと言える
だが王であるジャックを守る事が務め
ここで引くわけにはいかなかった
ブラムは夜空を見上げ突然甲高い叫び声をあげた
その声は空気を振動させ周囲の家の窓が次々に割れ散った
その声に反応し歩み寄って来たクドラク達が同じく恐ろしい奇声を上げ一斉に飛び掛かった