美麗なる舞姫



誰かが中へと入ってくる
月明かりに浮かぶ謎の影が一つ

何があってもすぐさま対応できるよう2人は身構えた


「す、すみません…誰かいませんか?」


聞こえた謎の者の声
それは聞き覚えのあるものだった


ジャック「…町長?」


物陰から顔を覗かせたジャックの視界に映ったのは膝に手をつき息も絶え絶えといった様子のメイヤーの姿だった

見ると全身汚れ服は乱れてしまっている


町長「じ、ジャック?ジャックですか!?」


ジャックの姿を確認すると安心したのか思わず大きな声をあげてしまう
あまり騒がれてしまっては他の者に見つかってしまう
そう考えたブラムが慌ててメイヤーに駆け寄ると口を押えた


ブラム「町長静かにしてください、見つかってしまいます」
町長「むぐぐ!…す、すみません、つい」


メイヤーはその忠告の言葉に冷静さを取り戻したのかようやく声を潜め応えた
ブラムは開かれたままの扉から顔を覗かせ周囲を見渡す
住人の姿は1つもない
どうやら誰も此方には気付いていないようだ


ジャック「町長、こんなに汚れてしまって…怪我はありませんか?」
町長「ええ、なんとか…突然住人達の様子がおかしくなってしまって、家へ戻るよう説得してみたのですが皆聞く耳を持たず…」


疲れ切った表情を浮かべ自身の被る帽子を手に取る
見るとすっかり土埃にまみれてしまっており、汚れを取るよう軽く数回叩く


ジャック「町長、他に無事な者はいないのでしょうか」
町長「うぅん…ほとんどの者が街中を徘徊していますね、誰が無事なのかなどは流石にわかりません」
ジャック「そうですか…」


ジャックは腕を組み考え込んだ
話を聞く限り街の住人達はほとんど豹変してしまったようだ
そこで真っ先に浮かんだのは赤毛の少女の姿

サリーは果たして無事だろうか
皆と同じようになってしまったのだろうか
それともどこかに身を隠しているだろうか

ああ、サリー
どうか無事でいておくれ



ブラム「どうやら今宵行われたショーに訪れていた者が異常を示しているようですが…町長、貴方はその場にはいなかったのですか?」
町長「ショーですか?私もその場にいましたが…サリーやジャック、貴方も一緒でしたよね?」


その言葉にブラムは慌ててジャックへと視線を向けた
ジャックは間違いないといったように頷く


ブラム「おかしいですね…徘徊してまわる者達はそのショーを見に訪れていた者達なのでしょう?ですがジャックや町長は彼らと違い異常を示していない」
町長「ショーは関係ないんじゃないですか?他に何か原因があるとか」


町長の言葉にジャックとブラムは首を傾げてしまう
自分達の予想は間違っていたのだろうか

他に何か原因があるのかもしれない

だがそうとなれば全く心当たりがない



ジャック「あぁ…もう、何がなんだかわからない」
ブラム「一体この街はどうしてしまったのでしょうか…」
町長「ここにただ隠れているだけではいつか見つかってしまいますよ…何処か他に安全な場所はないのでしょうか」


3人は安全な場所はないものかと考え込んだ
街の中央は確実に危険だ
多くの住人が集っているだろう
かといって現在いる場所もバレるのは時間の問題だろう
ならば街の外はどうだろうか

街の外ならば住人達の手も届かず安全といえるだろう

しかしそれでは何も解決にはならない



ブラム「やはり彼女の元へ行くしかないでしょうね」
ジャック「…そうだね、このまま逃げ隠れするだけだと何も変わらない、危険かもしれないけど皆を元に戻す為にはフールの元を訪れないと」



考えた末、やはり今の状況を解決させるには元凶の元へ赴き何かしらの手を打つしかない
確実な解決策は未だにないものの、ただ隠れ手をこまねいているわけにはいかないのだ


ジャック「そうと決まれば早速…町長はここに隠れていてください、外は危険ですから」
町長「と、とんでもない!私だけ身を隠しただ待つだなんて!私も一緒に行きますからね!」
ブラム「で、ですが…」


ジャックとブラムは困り果ててしまった
メイヤーはやる気満々な様子
しかし襲い来る住人達に彼が太刀打ちできるかというと、申し訳ないとは思うがどうにも期待できない
どうにか手早く事を済ませたいと願いメイヤーにこの場に残るよう説得しようと語り掛けようとした


その瞬間






突然窓硝子に複数の罅が入った
そして続けざまに何かしらの衝撃を受け硝子は大きな音を立て砕け散った

舞い散る硝子の欠片に驚きメイヤーは驚き声をあげその場で尻もちをついてしまった


ジャック「町長!」


慌ててメイヤーを立ち上がらせようと駆け寄る
そこで何かに気付いたのか動きを止め咄嗟に入り口に眼をやった

何かが扉越しに立っている


ブラム「…誰かいますね」
ジャック「ここにいる事がばれちゃったかな」


2人が警戒する中、扉が静かに開かれた
そこに立っていたのはカシング


続けて視界に入った窓
そこから見える外の景色にはフリッツやクドラクなどの姿も見える

家はすっかり囲まれてしまっていた


町長「あわわわ…か、囲まれてますよぉ!?」
ブラム「油断しましたね…これはまずいですよ」
ジャック「弱ったな…」


どうにか抜け出せないものかと家の中に視界を巡らす
入り口はカシングの立つ場のみ
いくつかある窓は周囲を囲む住人達が立ち並んでいる


ブラム「私達だけならば抜け出す事も出来るでしょうけど…」


ブラムが向ける視線の先には慌てふためくメイヤーの姿

彼がこの包囲網を突破できるとは思えない


ジャック「町長をこの場に残していくわけにはいかないし…」


どうするべきかと悩んでいると頭上から物音がした
3人は咄嗟に天井を見上げる

ギシギシと音をたてて軋み、天井が罅入り木片が落ちてくる

すると次の瞬間、天井が大きな音をたてて崩れ落ちてきた
頭上から降り注ぐ木片を避ける為3人はその場から飛び退いた
大量の埃が室内に舞い視界が裂けぎられる

埃を吸い込みたまらず咳が漏れてしまう


ジャック「み、皆大丈夫かい!?」


咳き込みながら皆の無事を確認しようと声をあげる
しかし聞こえるのは咳き込む声のみ

舞い散る埃を払おうと腕を振るう
そこで自身へと向けられた殺気を感じジャックは思わずその場から横へと避けた
その動きとほぼ同時に舞い散る埃の中から鋭い爪を持つ腕が素早く突き放たれた

目標を失った腕はそのまま壁に打ち付けられ深々とした穴が開けられる

次第に視界を遮る埃が薄れ、その正体が明らかとなる
そこに立っていたのはウェアウルフ

壁に突き刺さった腕を引き抜こうとその場でもがいている


ジャック「町長!僕達が彼らの相手をしている間に外へ出て下さい!」


ジャックが声をあげる
それを合図とするかのように入り口からカシングが飛び込んできた
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