美麗なる舞姫



暗い路地に走り抜ける細い影
ひたすら駆けると同時に微かに乱れた呼吸音と靴音
その影は止まる事なく街中を動きまわっていた

徘徊する住人達に見つからないように身を隠し、行き止まりは避け、安全であろう場所を探し求める

その様子を確認しながら夜空を飛ぶ蝙蝠が一匹

周囲を警戒している最中、うろつく住人達から離れた場所にある一軒の建物に気が付いた

見るからに頑丈そうなしっかりとした造り
ブラムは舞い降りると窓から中を覗き込んだ
灯りはなく気配一つ感じない
どうやら空き家のようだ


一先ずここに避難するべきだ

そう考えたブラムは急いでジャックの元へと飛び去った


一方ジャックは未だに街中を駆けていた
しかしその速度は先程までとは違い少々落ちているようだ
流石のジャックとはいえ、疲れが出てきているようだ

ジャック「どこも見張られている…困ったな」


1人呟きながら物陰から通りを覗き込む
数は少ないがやはり住人がうろついている光景が見える

そこへ何やら羽ばたく音が耳に届く
見ると空から偵察を行っていたブラムが戻って来たのだ
物陰に身を隠すとヒソヒソと声をかけた


ジャック「ブラム、どうだった?」
ブラム「もう少し先に空き家がありますね、一先ずそこへ隠れた方が街中を逃げ回るよりは安全かと」
ジャック「よし、そうしよう…流石にこのまま走り回ってたら僕ももたない」


2人は同時に頷くと再び住人の視界から隠れるようにブラムの言う空き家を目指し進んだ












空き家の扉が静かに開かれる
中は真っ暗で置かれたままの家具には埃が被っている
どうやら無人となってかなりの日数が経過しているようだ

中へと踏み込む足
それはジャックのものだった
なるべく音を立たせないよう慎重に侵入すると、扉の隙間からブラムが入ったのを確認して静かに扉を閉じた


ジャック「暗くて見辛いな」
ブラム「灯りをつけてしまってはばれてしまうかもしれません、仕方ありませんね」


控えめな声で応えると室内で羽ばたいていたブラムの身体が煙に包まれる
するとそこには蝙蝠ではなく人型の身体

黒い衣服に身を包んだ少々小柄な姿が現れた
窓から外を警戒する為に足を進めると床に積もった埃が舞い、鼻やのどを刺激し咳き込みそうになる

なるべく姿を晒さないよう外を覗き込んだ
見える範囲に住人の姿は一切ない
続いて耳を澄ませてみる
どうやら自分とジャック以外に動くものはいないようだ


ブラム「一先ずここは安全のようです」
ジャック「よかった…」


ジャックは安心した様子で埃まみれの椅子の上を軽く叩く
大量に巻き上がった埃を浴びたまらず小さく咳を漏らした

ようやく咳がおさまると椅子へと腰掛ける
叩いたとはいえ埃は完全に取れたわけではなく汚れてもいるがこればかりは仕方のない事

背もたれに身体を預け深く溜息を洩らす

ブラムはそんなジャックの様子を気にしながらすぐ傍にある別の椅子を彼同様叩いた

向かい合うように椅子に腰掛けると室内は物音一つない無音の空間へと変わった




暫しの時が流れ、無音の空気を遮るように声をあげたのはブラムだった


ブラム「これからどうしましょうか…」
ジャック「とにかく街の皆を正気に戻さないといけない、そのためには元凶の元に行かなければ」
ブラム「元凶、ですか…しかし一体何が元でこんな事に」


ブラムは俯き考え込む
しかし元凶といえるものに心当たりなどなく頭を抱えてしまう事となる


ジャック「大丈夫、原因は既にわかっているから」


その言葉にブラムは驚き顔をあげた
一体その元凶の正体とは何なのか

ジャックの口が開かれその元凶の名が告げられた

フール

聞き覚えのない名であったがそれが例の旅の一座の者の名だと告げられると同時にあり得るかもしれないと考えた


ブラム「あり得ますね…例の一座が訪れてからこのような状況になってしまった、それに弟達のあの豹変ぶり…」


彼の話によれば酒場で行われたショーに弟達3人も訪れていたらしく、ブラム自身は急用の為その場にはいなかったのだという
よくよく考えてみればジャックを襲った住人達も酒場に訪れていた者ばかりであった


ブラム「つまりは酒場に訪れていた者達はそのフールという者に操られている、という事でしょうか」
ジャック「たぶんそうなんじゃないかな…確実な証拠があるわけではないけれど、彼女は限りなく黒に近いと思うよ」
ブラム「なるほど…元凶はその女性として、どうすれば皆を元に戻せるのでしょうか」


そこで二人は再び言葉に詰まってしまう
元凶は一応判明した、とはいえ今の状況をどう秋決すればいいのか
その解決法を見出す事は出来ずにいた

直接フールの元へ訪れたところで無事解決するものだろうか
彼女が街の者を元に戻す事が出来るかもしれないとはいえ、そう簡単に事が運ぶとも思えない


だがここでただ待っているだけでは何も始まらない
とにかく行動しなければ

ジャックは立ち上がり窓へと歩み寄った
外は静かでやはり誰一人で歩く者の姿は見られない


ジャック「ここでただ待っているだけじゃ何も解決しない、とにかく行動あるのみだよ」
ブラム「フールの元へ行くのですか?…危険ですが、仕方ありませんね」


ジャックと共に行動する為にブラムも立ち上がる
しかしそれと同時に彼はふとある事に気付いた

此方へと接近する足音が聞こえる

吸血鬼である彼は聴力も優れているのだ


ブラム「誰か此方へ近付いてきますね」
ジャック「ばれたのかな」


2人は物陰に身を隠し息をひそめた
足音はジャックの耳にも聞こえる程近付いてくる
暫くすると足音はおさまり代わりに扉が静かに開かれた
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