美麗なる舞姫
自宅へと辿り着いたジャックは眠たげに欠伸を漏らしながら扉を開けようとドアノブに手をかけた
するとそこで何者かの気配を感じその動きを止める
静かに振り返るとそこには暗闇に立つ数人の人物の姿
夜空に浮かんでいた月は雲に隠れ視界は暗闇に覆われその姿を確認する事は出来ない
ジャック「…誰だい?」
声をかけてみるものの複数の影は何も答えない
すると空を覆った雲が風に流れ、月が顔を覗かせ始める
その明かりは街を緩やかに照らしジャックの視界が徐々に開ける
謎の複数の影
その姿が明らかになった
ジャック「君達は…」
そこに見えたのは住人達の姿だった
自宅へと戻ったはずの彼らは無言で立ち尽くしている
何の反応も見せない彼らを不思議に思い、ジャックは近付こうと足を一歩踏み出した
そこで突然感じた殺気
ジャックは咄嗟に踏みとどまるとその場から後方へと飛び退いた
その行動の直後、先程まで立っていた箇所に何かが飛び掛かってきた
地面が何かで切り裂かれたように削れる
グルルと唸り声をあげると突如現れた謎の塊がむくりと立ち上がった
その正体はウェアウルフだ
鋭い歯に鋭利な爪をぎらつかせジャックを睨みつける
ジャック「君は、ウェアウルフ…」
続いてジャックの耳に複数の足音が聞こえてきた
音のする方向を見ると数人の者が此方へと向かって進んでくる光景
それらはどれも見覚えのあるものだった
皆の眼はジャックに集中している
どれも怪しく真っ赤に光り、明らかに正常ではないと理解できる
ジャック「皆!僕の事がわからないのか!」
何とか正気に戻せないかと声を荒げる
しかし誰もその声に反応を見せる事はない
目の前にいる人物がジャックだと理解出来ず、各々がまるで敵を見るように威嚇し徐々に距離を詰めてくる
何とかして皆を元に戻さなければ
近付いてくる住人達に向け身構えながらどうするべきか考え込む
彼らが一歩進むに合わせ一歩後ずさる
すると背中に何かが当たった
後方を見るとそこにはジャックの自宅の扉
気付けば周囲を住人達が取り囲み、追い詰められる形となってしまっていた
予想外の展開に若干戸惑いを見せるジャック
そんな彼の隙に気付いた住人達が一斉に駆け出した
次々と彼に向かい飛び掛かる
それに気付きジャックはその場から飛び退いた
次々に迫り来る住人達の手から逃れるために身を翻す
その動きはまるで華麗に舞うダンスのよう
寸でのところでかわされた住人達は顔から地に倒れ込み転げてしまう
元々戦闘に適していない者もいる為、皆がうまく着地出来るとは限らない
転げる彼らを見てジャックは大丈夫だろうかと少々不安な気持ちにかられた
顔から地に滑り込んだ者など見るからに痛々しい
しかし倒れ込んでいた住人達はまるで痛みなど感じていないかのように立ち上がるとジャックに向け振り返る
彼らの事は心配だが今は自分の身の安全が最優先か
そう考えたジャックは一度その場から撤退しようと駆け出した
すると突然足に何かがぶつかり、バランスを崩してその場に倒れ込んだ
ジャック「な、なんだ?」
ふと自身の足元を見ると足にしがみついている塊が3つ
それは街の子供達だった
逃がすものかと言わんばかりにジャックの足に強くしがみついている
咄嗟に引き剥がそうと手を伸ばす
子供達に乱暴な真似はあまりしたくはないが、今はそんな事を言っている場合ではない
太ももにしがみついていたコープスチャイルドの襟首を掴むと全力で引っ張り上げた
抵抗されたものの単純な力勝負ではジャックの方に分がある
引き剥がすと同時に迫ってくるコープスメンに向け力を加減しながらもコープスチャイルドを投げつけた
ジャックの狙いとおり投げつけられたコープスチャイルドはコープスメンの胸元へと飛び込む形となり、その衝撃で二人揃って地に倒れ込んだ
続けざまに残りのマミーボーイ、バッドキッドの二人も引き剥がすとそれぞれを迫り来る住人に投げつけた
子供達が無事、とは言い難いが大人達に抱き込まれる形になったのを確認すると慌てて立ち上がり再び駆け出した
月明かりのおかげで視界が良く、夜更けの街中を靴音を響かせながら駆け抜ける
ジャック「とにかく一度安全な場所にいかないと…」
忙しなく駆けるジャックだったが、頭上から聞き覚えのある声が聞こえた
それはウィッチズの声だ
魔女らしいあの笑い声をあげながら帚に跨り夜空を飛び回っている
どうやら此方を探しているようだ
ジャックは咄嗟に横道に滑り込むと家影からその様子を見上げた
ジャック「ふぅ…まだばれてはいないようだな」
それにしても困った
どうやら住人達が街全体に散会し此方を探しているようだ
1人に見つかれば次々に集まってくるだろう
どうにか見つからずに街から抜け出せないものだろうか
とにかく路地裏などのあまり人目につかないところを進もう
そう考え家影に身を隠しながら歩き出そうとする
そこで正面に何かの気配を感じた
暗がりの道先に見える大きな影
よくみるとそれは吸血鬼ブラザーズの一人
一番大柄な体を持つ次男、クドラクだった
ジャック「…やぁ、君は皆と違って無事…」
ジャックの言葉が遮られる
見るとやはり彼も皆と同じく異常な視線を此方に向け無言で立ち尽くしている
普段の彼らならどうしたのかと心配そうに声をかけてくるはずだ
ジャック「…なわけないよね」
今ジャックがいる場所は両側を建物に囲まれた細い路地
その場を抜けるには彼、クドラクの手から逃れ突き進まなければならない
しかしそれは決して安全といえるものではなかった
戦いに適していない住人ならばまだしも、彼ら吸血鬼ブラザーズはウェアウルフなどと同じく戦闘能力が高い
しかもこんな狭い場所では動きが制限されてしまう
ジャック「…彼1人なら」
相手は1人だ
ならばうまく攻撃をかわし駆け抜ける事も出来るかもしれない
そう考え身構えたジャック
しかしそこで予想外の出来事が起こる
後方から聞こえたバサバサという羽ばたき音
まさか
視線を後ろへと向ける
そこには二つの影
黒い衣服に身を包んだ青白い顔
吸血鬼ブラザーズの三男カシングと四男フリッツの姿
やはり彼らも他同様ジャックの事が理解できずにいるようだ
狭い路地で前後を封じられ再び追い詰められた
しかも先程の住人達とは違いなかなかにてこずるであろう相手が迫ってくる
こうなったら仕方ない
ジャック「あまり手荒な事はしたくはないけど」
今はやるしかない
そう考え相手の動きを見定めようとそれぞれに眼をやりながら身構える
何方が先に動く
警戒しているとフリッツが突如動きを見せた
小さく丸みのある身体から想像できないほどの素早さでジャックへ飛び掛かってきた