美麗なる舞姫



ある日の事
ハロウィンタウンの住人達は忙しなく街中を駆けていた

彼らが向かう先は街の広場
ガーゴイルを象った噴水から流れる緑色を帯びた水が飛沫をあげている

そこには何やら見慣れぬ者達の姿




町長「ふぅむ…」

住人が集い囁き合う中、この街の町長であるメイヤーは1人不思議そうにその見慣れぬ者達を眺めていた

立派な体躯を持つ双頭の馬数頭を引き連れた集団
数人の男達が大きな袋を担ぎ、手慣れた様子で壁際に並べていく
その袋からは何やら金属のようなものが見えている


何なんでしょう彼らは…どうにも怪しい


そう考えながら周囲に視線を巡らせているとふとある人物が目に留まる

荷を下ろす男達の中にあるその姿を見てメイヤーは思わず目を丸くした

煌びやかな衣装に身を包んだ女性
すらりとした長い手足に白く透き通った肌
長い金の髪を揺らすその女性の横顔はとても美しく、それを見た誰しもが思わず息をのんだ


なんと美しい女性でしょうか


すっかり目を奪われてしまっていたメイヤーだったが、そんな視線に気付いたのか女性がふと視線を向けた

その紫色の目は陽を浴び美しい宝石のように煌めいている
すると女性の真っ赤な唇がゆっくりと弧を描いた
そんな一つ一つの仕草に住人達は心奪われる



女性「すみません」


語り掛ける声が聞こえ咄嗟に我に返ったメイヤーは先程まで見つめていた女性が眼前に立っている事に気付くなり驚きのあまり尻もちをついてしまった
そんなメイヤーに少し驚きながら女性はそっと右手を差し出す
数度瞬き戸惑いを見せていたメイヤーだったが暫しの間をあけその手を掴む


女性「驚かせてしまってごめんなさい」
町長「あ、い、いえ…此方こそ申し訳ない」

女性に引き上げられ腰をあげたメイヤーは自身の服を軽く叩き軽く咳払い


町長「あー、コホン!私は町長のメイヤーと申します、失礼ですが貴方方は?」
女性「まぁ、貴方が町長だったんですね!」


メイヤーが町長だと分かるや女性は彼の手を両手で包み込む
細い指先が絡みつきその近い距離からかふわりと心地よい香が鼻を掠める


女性「私達は曲を奏で舞う旅の一座、多くの街を訪れ人々を癒してまいりました」
町長「旅の一座、ですか…」
女性「はい、これまで数多くの街を訪れそして今日、このハロウィンタウンへと参りました」


女性は掴む手を離すとその場で一度身を翻し、その動きに合わせ身に纏った衣装が舞う


女性「つきましては暫しこの街に滞在し住人の皆様に舞いを披露したいのですが」
町長「そ、そうですね…しかし申し訳ない、私の一存では決めかねるのですよ」


そう告げ頭をかくメイヤーに女性は軽く首を傾げる


女性「あら、町長でしたら決定権があるのでは?」
町長「その、私は確かに町長なんですけど…この街にはジャック…王がいますから」


その言葉に女性は少々驚いた様子を見せた
偶然立ち寄った街に王がいるなど予想もしていなかったのだろう

王はその立場上もちろん知名度も高く名も知れた存在だ
しかし誰しもがその所在を知るわけではない
いくつもの街を配下に置く為、どの街に住んでいるかなど彼女が把握しているはずもなかった


女性「この街に王がいらっしゃるだなんて…それならば貴方のおっしゃる事も納得です」
町長「ええ、よければ私から話を通してみましょうか?確実に許可が下りるという保証はありませんが」


是非お願いします
そう頼み込もうとした女性だったが出かかった言葉を飲み込んだ
何処か遠くを見つめる女性に気付きメイヤーが振り返る


ジャック「町長、どうしたんですか?この騒ぎは」


そこにはジャックが立っていた
住人達が集っている事を不思議に思い様子を見に来たのだ


町長「ジャック!丁度よかった!」


それに気付いたメイヤーはぱっと笑顔を咲かせジャックへと駆け寄る
そんな町長へと顔を近付けるようジャックはその場で屈みこむ


そんな二人をその場に立ち尽くしたまま女性がただ無言で見つめる
視線の先にはジャックの姿


あれがジャック・スケリントン

王の所在を知らないとはいえ流石にその存在は把握している
歴代王の中でも人々を恐怖させる才において最も秀でた、若くして王となった骸骨

実際にその姿を見る事が初めてであった女性はまるで脳裏に焼き付けるかのようにその姿を見つめる

そこで話し終えたのかメイヤーが足早に女性の元へと戻って来た


町長「さぁさぁ!ジャックが話したいそうなのでどうぞ!」


メイヤーに連れられジャックの前へと立つと女性は衣装の裾をつまみ軽く一礼
ジャックは笑顔を浮かべ女性へと骨の手を差し出した


ジャック「話は町長から聞きました、旅の一座だそうですが」
女性「はい、王にお会いでき光栄に思いますわ」
ジャック「あはは、あまりかしこまらないで、そういうのはどうも苦手で…」


女性は顔をあげると暫し呆然としたのちにクスクスと笑いだす
王という立場の者である為、礼節は弁えねばと思っての行動を取ったもののいらぬ対応であったようだ

そんなジャックの対応に女性はすっかり緊張の糸がほぐれた様子だった


ジャック「君達はこれまで各街を回ってきたらしいね」
女性「はい、これまで数多くの街を訪れ人々の癒しとなるべく舞を披露させていただいております…この街、ハロウィンタウンでもよろしければ暫し滞在し皆様へ披露したいと思いまして」


女性の話を聞きジャックは満面の笑みで頷いて見せた
どうやら彼女の案を甚く気に入ったようだ


ジャック「それは素晴らしい!きっと街の皆も喜ぶはずだ!」


そう言ってジャックは細い骨の手を女性へと差し出す
女性はきょとんとした様子で差し出された手とジャックの顔を交互に見やる


ジャック「是非ともこの街に滞在し皆に君の舞を見せてやってくれ」
女性「…はい、ありがとうございます」


若干躊躇したものの女性はその手を掴んだ
骨の指がしっかりと彼女の手を掴み握手をかわす


ジャック「さて、滞在するのなら寝床を用意しないといけないね…町長、何処かいい場所はありますか?」
町長「そうですねぇ…あ!そういえば最近空き家になった所があったはずです、そこはどうでしょう?」
ジャック「決まりだな!」


ジャックは手を大きく掲げると周囲に集っている住人達に向け声をあげる


ジャック「皆聞いてくれ!彼女達旅の一座が今日から暫くこの街に滞在する事になった!もし困っている事があったら助けになってうやってくれ!」


その発言を聞くや否や住人達は歓声をあげた
皆が彼女達の元へ駆け寄り各々が声をかけ歓迎する事となった


次々と手を差し出す住人達に対ししっかりと握手をかわしていく女性
チラと視線を移すとそこに見えるのは町長と言葉を交わしながらその場をあとにするジャックの後ろ姿
そんな彼を見つめる彼女の口元には何やら怪しい笑みが浮かんでいた
1/26ページ