欺瞞の薔薇
ジャックは数人の貴族と語り合うグリアスの元へと向かい彼の名を呼ぶ
それを聞き振り返ったグリアスはその相手がジャックだと気付くと非常に驚いた様子で声をあげた
グリアス「これは驚いた…まさか貴方から私に声をかけるとは…」
ジャック「僕から声をかけてはいけなかったかい?」
グリアス「いいえ、ただ貴方は……私を嫌っているでしょう?」
その言葉に今度はジャックが驚かされてしまう
確かに彼の事は苦手だし正直に言ってしまえば嫌いな方だ
しかしそれを相手に悟られぬよう自分なりには隠していたはずだ
やはり彼は食えない男だなと思わず苦笑する
ジャック「嫌っているだなんてとんでもない…ただ少し苦手なだけだよ」
グリアス「苦手ですか…ははは!これは困りましたなぁ」
グリアスが参ったとばかりに笑うと連れ添っていた貴族達も彼と同じく笑い出す
ジャック「ところでグリアス公爵、実は僕から一つ提案があるのですが」
グリアス「提案ですか?一体どのようなものでしょう」
ジャック「確かにこのパーティーは大変素晴らしいものです、気配りも行き届いているし食事やお酒も申し分ない…ですが少々パフォーマンスが不足していると思いませんか?」
彼の言葉を聞きグリアスを始め貴族達も確かにそうかもしれないと考えた
一応ホール内には演奏者が数名おり、静かな音楽を奏でているが誰もその音楽に耳を傾けてはいない
グリアス「確かにおっしゃる通りです…しかし一体何をするというのですか」
ジャック「ここは1つ…歌を披露してみせてはどうでしょうか!」
グリアス「……わ、私がですか!?」
常に余裕に満ち溢れるグリアスもその突然の提案には驚いたらしく動揺を見せる
ジャック「そう、歌です!演奏者もいますし皆も気に入ると思いますよ!」
するとグリアスは首を横に振る
そしてジャックへと顔を寄せ彼にだけ聞こえるようぼそりと呟いた
グリアス「私はその…歌が苦手でしてね」
その言葉にきょとんとしたジャックだったがすぐに笑顔を見せ、グリアスの背に腕を回す
ジャック「大丈夫ですよ、大事なのは何よりも心です!貴方が一生懸命歌えばきっと皆にその想いは伝わります!」
グリアス「い、いやしかし私は…王よ私の話を聞いてください!」
グリアスが必死に語り掛けるもジャックはその言葉を無視し彼の背を押して共に壇上へと上がっていった
ジャック「皆!聞いてくれっ!」
壇上から聞こえるジャックの声に皆が一斉に其方へと視線を向ける
ジャック「パーティーをより盛り上げる為のパフォーマンスとして今からグリアス公爵が皆に歌を披露してくれる!」
グリアス「わ、私は歌うなど一言も…っ」
否定を口にするも貴族達は既にグリアスに注目してしまっている
皆の視線を浴びグリアスはどうすべきかと必死に考え始めた
そこで隣に立つジャックを見て何か思いついたらしく貴族達へ声をあげた
グリアス「わ、私のつまらぬ歌などより彼の歌を聞きたいはずだ!パンプキンキングが皆の前で直接歌うなど滅多にない事だろう!?」
すると貴族達は先程とはまるで違う反応を示す
一斉に声をあげグリアスの意見に同意したのだ
これにはジャックも思わず驚きの表情を露にしてしまう
グリアスに歌わせてやろうという考えだったが、まさか自分が歌う側に立たされるとは思いもしなかったのだ
グリアスの方を見ると彼は此方に気付いたのか笑みを浮かべる
どうやら仕返しが成功し喜んでいるようだ
しかしジャックは笑顔を浮かべ貴族達へと向き直る
ジャック「わかった!じゃあ彼の代わりに僕が歌わせてもらうよ!…あ、でも選曲はどうしようか」
グリアス「どのような歌でも構いませんよ」
ジャック「うーん……」
そこでジャックはある歌を思い出した
いつだったか何処で聞いたかもあまり覚えてはいないが、その綺麗な曲調と美しい歌詞をジャックは覚えていた
演奏者が準備を始めていたがジャックはそれを止める
ジャック「この歌はたぶん君達には演奏できないよ、知らないだろうからね」
勿論この場にいる全員、誰一人知らない歌だろう
そう告げジャックは壇上の中心へと立った
ホール内の灯りが落とされる
壇上に立つジャックへとライトが当てられ、皆がその姿を見つめる
ジャックが静かに口を開いた
fendin an qwenty meldia
bi fabius fendin fou mi
lemidivs en dle
fanqt can na bering co
belqwe tius
enk li verdo verstw fenam
enk li verdo verstw zoldie
ジャックの綺麗な高音がホール内に響き渡る
そして彼が口を閉じると静寂が訪れた
静まり返った中、壇上の中心に立つジャックが華麗に一礼する
すると無言だった貴族達から一斉に大きな拍手が巻き起こった
皆がジャックの歌を称賛し身を起こしたジャックは喝采を浴び笑顔を見せた
そしてそのままホールの入り口に視線を向ける
そこにはブギーの姿は既になく、ジャックはその事に安心しグリアスへと向き直った
ジャック「どうでしたか?」
グリアス「いや…なんと素晴らしい…っ」
グリアスは感動した様子でジャックを称賛し、彼の骨の手を包むように掴んだ
グリアス「やはり貴方の声、歌は大変素晴らしいものだ…まさかこの場で本当に歌って頂けるとは!」
そういって熱い視線を送る彼の目をあまり見ないようにと視線をそらしつつ、ジャックは握られている手をそっと離した
ジャック「さぁ…次は貴方の番ですよ!」
グリアス「は…は!?本当に私も歌うのですか!?」
ジャック「当たり前ですよ!僕も歌ったんですから…ほら!」
そういってグリアスの背を少々強引に押す
その勢いで壇上の中心へと出てしまったグリアスは皆の視線を浴び困り果ててしまう
そんな彼の様子を見ながらジャックはふと壁にかけられている大きな古時計に目をやる
時刻は午後12時を迎えようとしている
少しは時間稼ぎ出来たかな…
そう考えホールの入り口へと再び視線を向けた