欺瞞の薔薇
その後ジャックとブギーはウェーレンに招かれ奥の部屋へと通された
そこは加工場
様々な加工用の器具が並べられておりそのような光景を始めてみるジャックは興味津々な様子
ウェーレン「普段ここで宝飾品を作っていたんだ」
ブギー「作っていた?作っているの間違いじゃねぇのか?」
ブギーの問いかけにウェーレンは暗い表情を浮かべ加工場を見つめた
ウェーレン「アンタ達がここに来た時に俺が言おうとした事、覚えてるか?」
ジャック「…確か街がどうとか言ってたね」
ウェーレンはコクリと頷きある場所を指差した
その先にあるのは大きな機械
それは宝飾品を作る際に欠かせない加工用の機械だった
錐輝石は高い硬度を持つ為、通常の加工器具では全く歯が立たない
そこでこの街では加工用の機械に黒色樹木を使用している
樹木とはいうが錐輝石を生むこの樹もまた同等の硬度を持つ
しかしその反面煮詰める事で柔らかくなり加工が可能となり、冷やせば再び元の硬度を取り戻すという特性を持つ
その特性を生かしこの機械には部品ごとに加工した黒色樹木を用いているのだ
ウェーレン「だが使用し続ければいずれガタが来る、そうなったら黒色樹木からまた新しい部品を製造して取り付けなければいけない」
ブギー「ならそうすればいいじゃねぇか、その樹木なら周りにいくらでもあるだろ」
ウェーレン「問題はそこなんだ…公爵が黒色樹木の伐採を禁止するようにという条例を出したんだ」
彼の話を聞きジャックは驚きを見せた
この地域は錐輝石で成り立っているようなもの
錐輝石を加工し宝飾品として売りに出す事で住人達の生活も潤う
しかし彼はその加工に必要な黒色樹木の伐採を禁じた
それは傍から見れば己の首を絞めるも同然の行為だ
ジャック「彼は何でそんな事を…それではいずれ加工もままならず皆も生活出来なくなってしまうじゃないか」
ウェーレン「俺はアンタにそれを伝えたかったんだ…なぁ、ジャック…アンタから公爵に言ってやってくれないか……俺達住民がどれだけアイツの自分勝手な行動に迷惑しているか!」
ウェーレンはジャックの細い肩に手を置き真っ直ぐ丸い眼窩を見つめた
ブギー「やっぱ俺の予想通りじゃねぇか、で?どうすんだよ」
ジャック「そうだね…まずは何故そんな条例を出したのか聞いてみないと」
ジャックの言葉にウェーレンは先程までの表情を一変させ明るさを取り戻した
骨の手を強く握りたまらず声をあげる
ウェーレン「本当か!?…やっぱりアンタに言ってみて正解だった!」
ジャック「住民を苦しめるような条例はあってはならないよ、もしもこれが彼の私利私欲からの行動なら…しかるべき処置が必要だ」
ウェーレンはその言葉に感銘を受けたまらず目元を押さえた
その手は微かに震え彼が涙している事がわかる
ウェーレン「これで…これで俺達は元の生活を取り戻せる…っ」
声を震わせるウェーレンを慰めるかのようにジャックは彼の背に手を添える
そんな二人の姿をブギーは1人頭をかき眺めていた
その後、ジャック達は店の外へと出ていた
ウェーレンが入り口まで来て二人を送り出す
ウェーレン「ありがとう…アンタ達が来てくれたおかげで俺達、いやこの街が元通りになる」
ブギー「おいおい、まだ解決したわけじゃねぇだろ?あんま期待しすぎんのもどうかと思うぜ?」
ウェーレン「だって王だぞ?いくら公爵でも王の命令には従うさ」
ジャック「あはは…まぁ、頑張ってみるよ」
ウェーレンに笑顔で見送られジャック達は公爵の館へと戻る事となった
あれからかなりの時間が経過してしまっている
一応世話を担当する女性に言伝はしたものの、そろそろ戻らなければならない
門の前に到着すると2人はふと足を止めた
館の前に数多くの人の姿
それはジャックと同じく、パーティーへと招待された貴族連中だった
皆煌びやかな衣装を身に纏い、館の中へと向かっていく
ジャック「僕達も一度部屋へ戻るか、衣装が届いているだろうし」
ブギー「あー…まじで俺も参加すんのか?」
ジャック「その為の同伴だろ?」
未だに乗り気ではないブギーの背を叩きジャックは同じ思いながらも部屋へと向かった
部屋に辿り着くと扉の前に女性が立っていた
此方に気付いたのか一礼し扉を静かに開く
女性「お待ちしておりました、衣装が届いておりますのでお好きな物をお選びくださいませ」
女性に促され2人は室内に入る
が、そこで思わず足を止めた
二人の視界に映るのは部屋一面に置かれた箱の数々
慌てて女性の方を振り返ると女性は何も告げずただ一礼し静かに扉を閉じてしまった
ジャック「…なにこの量」
ブギー「この中から好きなもん選べって…多すぎだろ」
ブギーはいくつも積み重ねられた箱に歩み寄りなんとなく目についた物を開けてみる
中には黒一色にまとめられたタキシードが一着
裏地は紫で触れてみると生地は高価なものだとわかる
一方ジャックが開けた箱の中身は黒いロングコート
ジャックは周りの箱を一度眺め、その箱を抱え部屋の奥へと姿を消した
どうやら衣装を決めたようだ
ジャック「うーん…」
ジャックは大きな姿鏡の前に立ち自身の姿を確認する
ジャックの背丈に合った黒いロングコートには細部にわたって銀の装飾が施されており、袖口や裾には真っ赤な生地が使用されている
肩から前方にかけての銀の飾緒、首元には黒のリボンタイ
足元を見れば普段履き慣れていない上質な素材からなるロングブーツ
顔を上げると頭には黒のシルクハット
ジャック「…もうこれでいいや」
あの大量の箱を開けるくらいならこれで構わないとジャックは衣装を身に纏ったまま再び部屋へと戻った
部屋へ戻るとそこには箱に囲まれ座り込むブギーの後ろ姿
どうしたんだろうと不思議に思い静かに背後に近付く
ジャック「ブギー、衣装は決まったかい?」
ブギー「あ…決まったかだと?」
振り返ったブギーはなんとも不機嫌そうな表情
そこでジャックはブギーの前に大量に取り出された衣装に気付いた
ブギー「俺のサイズに合うもんがねぇ…」
その言葉を聞いた途端ジャックはたまらず噴出してしまった
よくよく見ればどの服もジャックのサイズに合わせた細身の物ばかりだった
ブギー「笑ってんじゃねぇ!!」
ジャック「ご、ごめん…っまさか全部僕のサイズに合わせた物とは思わなかったから…っ」
ブギー「あの野郎ぜってーわざとだ…っ」
グリアス公爵ならやりかねないかも…
ジャックはそう考えたがすぐに衣装を漁る事となった
ブギーに合う何かがなければ彼はパーティーに出席できない
そうなれば同伴の意味もなくなってしまう
箱から衣装を次々出すもののどれも明らかにブギーに合わないサイズばかり
するとそこでジャックがある物を見つけた
それは大きな黒を基調としたマントだった
一見質素なものに見えたが広げてみると他の物と同じく銀の装飾が施されている
そしてそれと一緒に入っているのは同じく黒のとんがり帽子
各所に錐輝石がちりばめられており、なかなか質の良いものだ
ジャック「ブギー!これだ!!」
そういってマントと帽子をブギーへと押し付ける
それを受け取ったブギーはこんなものを着るのか?と視線を向ける
しかしジャックは早く着ろと言わんばかりにブギーの背を強く押した
ブギーは気乗りしないまま衣装を手に奥の部屋へと重い足取りで向かった