欺瞞の薔薇
ジャックは1人、庭を足早に進み館の中へと進む
扉を閉じ周囲に誰の姿もないのを確認したところでようやく重い溜息を吐いた
そして思い出すのは先程のグリアスの特徴ともいえる白い眼
まるで此方を射殺すかのような視線
ジャック「……はぁ」
ジャックはその光景を忘れようと頭を左右に振る
そして誰もいない階段を真っ直ぐ上っていった
足早にブギーが寛いでいるであろう部屋の前まで来るとノックもせずに力任せに扉を開いた
ブギー「あ?…なんだもう話は終わったのかよ」
室内ではやはりソファでだらだらと寛ぐブギーの姿
ジャックはそれを見ても特に何も反応を見せず、そのまま空いているソファに腰を下ろした
背もたれに深く寄り掛かり、何処か疲れ切った表情を浮かべ天井を見つめる
ブギー「なんだぁ?あの野郎に何か言われたか」
ジャック「まぁね……あー…もうパーティーなんてどうでもいいから帰りたい」
ブギー「なら帰ればいいじゃねぇか」
ジャック「でも今更帰るだなんて言えないじゃないか…」
ブギー「あーっ鬱陶しい!!どっちかはっきりしやがれ!!」
考えをころころと変え項垂れる彼にブギーはついに声を荒げた
その声に少し驚いたのかジャックは大きな眼窩を数度瞬かせる
王と言うにはなんとも間の抜けたその顔を見てブギーは先程までの苛立ちも忘れ頭を押さえた
ブギー「あーとにかくだ…あの野郎に何を言われたかは知らねぇがここまで来たんだからパーティーには出とけ!」
今ジャックがパーティーの参加を拒否し帰ってしまってはやや強引な形で同伴させられた自分があまりにも不憫だ
ブギーはどうにかして彼をこの場にとどめてやろうと考える
ジャック「えぇ…もう君が僕の代わりに出たらいいんじゃないかな」
ブギー「俺 だ け が 出 て ど う す る 」
ジャック「だよね…」
そう言うとジャックは椅子から立ち上がり突然ブギーの腕を掴んだ
その行動にブギーは思わず狼狽える
ブギー「は?おい何だよ」
ジャック「気分転換したいから街にでも行こうかと思ってね」
ブギー「で?なんで俺の腕をつかんでんだよ」
ジャック「あまり知らない場所だし一人じゃつまらないじゃないか」
俺はお前の暇つぶしに付き合うために来たわけじゃねぇ!
そう答えようとしたがその言葉は彼の口から出る事はなかった
ジャックに突然引っ張られソファから転げ落ちたのだ
顔面を打ち付け痛みにいよいよ文句の一つでも言ってやろうとするが、今度はそのままズルズルと腕を引かれる
ブギーは何も答える事が出来ないままジャックに強引に引き摺られる形で部屋を後にした
ジャック「もうすっかり夜だな」
館から出て街へと下りてきたところで頭上を見つめる
真っ暗な空には月が輝き足元を優しく照らしている
ブギー「おい…何か俺に言う事があるだろうが」
その声に振り返るとそこには引きずられた際に擦れたであろう身体を擦り此方を睨むブギーの姿
ジャック「…えっと、大丈夫?とか」
ブギー「謝れって言ってんだよ馬鹿野郎が!」
そう叫び同時に拳を振るうがジャックは軽々と後方に飛び避ける
ジャック「だってついて来いって言ったところで素直に来ないじゃないか」
ブギー「当たり前だろうが!…それにこんな街でどう気分転換しろってんだよ」
ジャック「ここは錐輝石の採れる地域なんだぞ?何か面白そうな物があるかもしれないじゃないか!」
そう言ってジャックは表情を輝かせる
要するにブギーを連れてきたのはただ何となくといった気まぐれのようだ
気が付けば長い付き合いとなっていたブギーだが、未だに此方を振り回すかのようなジャックの行動には頭を抱える事が多い
ブギーは諦めた様子でジャックの後に続き街中へと向かう事となった
夜の帳が下りる街は月明かりだけではなく、所々に設置された花を思わせる形状の街灯の灯りに照らされている
その灯りを目指して歩を進めると各所に様々な店が点在していた
ジャックはふとすぐ傍にある店へと歩み寄った
木製の扉を開くとドアベルがチリンと小さな音を奏でる
そこでジャックは感動し思わず店の中央に駆け行った
店内はそれほど広くはなかったが、そこにはこの地域で採れる錐輝石を使用した数々の宝飾品が展示されていた
展示テーブルから壁に至るまでありとあらゆる美しく尚且つ不気味さを兼ね添えた宝飾品が並び、ジャックは思わず店内を見渡す
ジャック「凄いじゃないか!どれも素晴らしい物ばかりだ!」
ブギー「ふぅん…」
ジャックが感動のあまり興奮している最中、ブギーも店内に入り近くに展示されている錐輝石のペンダントを眺めた
それは蝙蝠を象った物で細部のラインには金や銀が使われており、全体は一見錐輝石独特の黒色のみだが角度を変えてみると店内の灯りに照らされて緑や紫と様々な色へと変化した
ブギー「思ったよりも凝ってんだな」
「…なんだ客か?」
そこで奥から声が聞こえ1人の男が姿を見せた
その姿を見てジャックはあ!と声をあげる
ジャック「君はあの時の…」
奥から姿を見せた男
それは住人達が御者を責め立てていた際に接した立派な体躯の男だった
その声に男もジャックの姿に気付き驚きの表情を浮かべる
「ジャック・スケリントン?な、なんでここにいるんだ…?」
ジャック「観光といったところかな、それよりここは君の店なのかい?」
「あ、ああ……なぁ、公爵に何か言われて来たんじゃないんだな?」
あくまで街を見て回っているだけだ
そう告げると男は安心したように胸を撫でおろし、ようやく笑みを見せた
「そうか…すまなかった、お客さんなら大歓迎だ、好きに見ていってくれ」
ジャック「そうさせてもらうよ!どれもとても素晴らしい物ばかりだ…君の手作りかい?」
「ああ、全て俺の手作りだ」
男の話を聞きながらジャックは傍に展示されている手のひらサイズ程の卵のような形の宝飾品に目をやる
これは一体何だろう
そう考えまじまじと見つめていると、男がその宝飾品に指を添えた
カチリと何か音が聞こえ、それと同時に先端からゆっくりと開きだす
それはまるで開花するかのような動き
目の前にある宝飾品は卵の形から花へと姿を変えた
「これは俺が長年かけて作ったものでな、うちに代々継がれている技法を用いているんだ」
ジャック「凄い……君は本当に素晴らしい才能の持ち主だ!」
ジャックの称賛する言葉に男は一瞬驚くがすぐに顔を背けて頭を掻く
どうやら照れているようだ
ジャック「あ、そういえば君の名前を教えてもらってもいいかな」
ウェーレン「…ウェーレンだ…あ、王に対してこんな態度はよくないか?」
今更ながら目の前にいるこの骸骨がパンプキンキングだという事を思い出しウェーレンは心配そうにジャックに語り掛ける
しかしジャックはそれを気にする事はなく笑顔で手を差し出した
ジャック「僕の事はジャックで構わないよ、よろしくウェーレン!あ、因みにあっちにいるのはブギー」
ブギー「おまけみてぇに言うんじゃねぇ!」
そんな二人の会話にウェーレンは面白い連中だと笑う
そして差し出されたジャックの手を取り握手を交わした