欺瞞の薔薇




館へと辿り着くと従者だろうか、数人の男女が立ち並んでいた
従者の一人が大きな扉をゆっくりと開く

ジャックとブギーは中に入るなりその光景に唖然とした

内部はとても広く正面には大きな階段
壁や床などはやはり全て黒に染められている
周囲には多くの銀で出来た装飾品が飾られており見るからに上級階級の者にふさわしい造りとなっていた


ブギー「また随分と豪勢なこった」
グリアス「これくらい公爵ともなれば当然のものだよ、王もこのような館に住むべきだと思うのだが…」
ジャック「僕は今のままで満足しています」


階段の前まで進むとグリアスは足を止め二人へ振り返った


グリアス「パーティーは今宵開かれます、まだ時間がありますのでどうぞお寛ぎください」


グリアスが軽く手を叩くと奥の部屋から一人の女性が姿を見せた
彼女はジャック達の前へと立つと自らのスカートの裾を掴み上品におじぎをした


グリアス「お二人の身の回りの世話は彼女が全て担当致します、ではお二人を部屋へ…」


そう告げると女性はコクリと頷きジャック達へと語り掛けた


女性「ではお部屋にご案内致します、どうぞ此方へ」


そう言って階段を上がる彼女に続き二人も歩を進めた






女性「此方のお部屋でございます」


女性に案内された部屋はやはり黒に統一された広さのあるもので、二人はやっぱりと思いつつも室内に足を踏み入れた


女性「パーティーの際にご試着される衣装は此方でご用意させて頂いておりますので、後程お持ち致します…それまでどうぞお寛ぎくださいませ」


女性は淡々と語ると一礼し静かに扉を閉じた

それを確認したブギーはソファにドカリと座り込み背もたれに体重をかけぼやきだす


ブギー「あの野郎ほんっと気に食わねぇぜ!人をこけにしやがってよ」
ジャック「まぁ気持ちはわかるけどここにいる間は頼むから大人しくしててくれよ?」
ブギー「…そういやぁさっきの街での事だが、お前どう思う?」


先程の街での出来事
住人達のあの行動の事だ
あの場にいた僅かな時間だけでもわかる、住人達の悲痛な声


ジャック「明らかに公爵に対して不満があるみたいだね、少し調べた方がいいのかもしれないな」
ブギー「あの野郎の事だ、どうせ自分勝手な事ばっかやらかして住人共に変な無理強いでもしてるんじゃねぇのかー?」
ジャック「そうかもしれないけど…もしかしたら彼にも何か理由があるかもしれないだろ?勝手な決めつけで行動なんてしたらますます面倒な事になる」


するとそこで扉をノックする音が聞こえ2人は黙り込んだ
扉が静かに開かれ先程の女性が一礼する


女性「失礼いたします…主様が是非ジャック様にお話しがあると申しております、ご案内致しますのでどうぞ此方へ」


ジャックは誰の目から見てもわかるほど嫌そうな表情を浮かべブギーに視線を向ける
しかしブギーはそんなジャックに軽く手を振るだけで既にソファに寝転がっていた

この館に来た以上あまり拒むわけにはいかないとジャックは渋々女性へと続く事となった










女性に連れられ訪れたのは館の外
広い庭には様々な植物が植えられており、生き物の形に刈り込まれた庭木がいくつも並ぶ

少し進んだ先に何やら建物が見える
女性に先導されその建物へと訪れたジャックはその光景に丸い眼窩を見開いた

そこにあるのはいくつもの薔薇
建物内部の周辺にいくつもの薔薇が植えられていたのだ
それは黒、紫、青と様々な色を持ちその美しさにジャックは思わず感動し言葉を失った


グリアス「ああ王よ、お越しくださいましたか」


多くの薔薇の中からグリアスが身を起こし笑みを浮かべた
女性は一礼するとジャックをその場に残し建物から出て行ったしまう


グリアス「さぁ、此方へどうぞ」


グリアスはそういって中央に設置されている黒の椅子へとジャックを誘う
彼の言葉にとりあえず従う事とし、ジャックは素直に腰かけた


グリアス「薔薇の手入れをしていたところでして…ああ、飲み物や菓子を用意しておりますのでどうぞ」


そう言ってテーブルに置かれていたケトルを取ると銀の縁取りが施されたカップへと飲み物を注ぐ


ジャック「凄い量の薔薇ですね」
グリアス「私は薔薇が一番好きでしてね、どうです?素晴らしい光景でしょう」
ジャック「ええ、とても美しい」


周囲を囲う色とりどりの薔薇を眺めジャックは微かに笑みを浮かべた
この薔薇をサリーにあげたら喜ぶかな
そんな事を考えているとグリアスは何かを察したのか微かに笑い声をあげた


グリアス「よろしければお帰りの際にいくつかいかがですか?愛する女性への贈り物に」


その言葉に我に返ったジャックは慌てて首を振りグリアスへと向き直る
彼は自分に話があると言っていたはずだ


ジャック「いえ…それより僕に話があると聞きましたが」
グリアス「ええ、実は貴方に幾つかお伺いしたい事がありまして」


グリアスはジャックの向かい側に腰掛けると白い目でその顔を真っ直ぐ見つめる


グリアス「王よ…貴方は今のままで満足なのですか?」
ジャック「…どういう意味でしょうか」
グリアス「私は思うのです、貴方が王となってこの一帯を支配する事になった…しかしそのやり方が一部の者の考えに反するものであり反感を買っている、これはご存知ですかな?」


ジャックが王となって一帯を支配するようになり多くの者は彼を称賛した
しかし彼の王としての地域への干渉を生ぬるいと考え嫌う者もいるのだ
王たるもの住人をその恐怖をもって支配し服従させるべきという所謂力による強制的な征服、絶対王政を主張するというものだ


ジャック「それは勿論知っています、ですが僕は僕なりのやり方で支配する…彼らの意見で変える気はありません」
グリアス「ですが」


グリアスの言葉を遮るようジャックは席を立った


ジャック「僕を王として認めない者がいても一向にかまいませんよ、僕は自分のやり方を貫くだけですから」


そういって建物から出ようと身を翻す
するとそこでジャックの手首を何かが掴んだ
それはグリアスの手


グリアス「私は貴方の事を思って言っているのですよ…どうか今一度お考え直しを」
ジャック「ですから僕は」


しつこく言い寄るグリアスに苛立ちその手を振り払おうとした
が、彼の掴む手の力は強く微かに手首が軋む


グリアス「王よ…このままではいずれ寝首をかかれる事となりますよ?」


眼窩を射抜くかのように白い眼がギョロリと見開かれる
ジャックはその視線に不快感を抱き、乱暴にグリアスの手を振り払うと何も告げずに足早にその場を離れた


残されたグリアスはジャックが立ち去るのを最後まで眺めると小さな笑い声を漏らした


グリアス「私は確かに、忠告しましたよ…」


椅子から立ち上がり薔薇へと向き直ったグリアスは黒く美しい薔薇を一本摘み、愛おし気にその香りを嗅いだ
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