欺瞞の薔薇
どれほどか時間が経ち、馬車の揺れが止まった
その事に気付いたブギーがジャックの足を軽く叩く
いつの間にか眠っていたらしく、ジャックは閉じられたいた瞼を開く
扉が開かれるとそこは見覚えのある墓場
二人は馬車から降りると辺りはすっかり日が暮れてしまっている事に気付く
御者「ジャック様、この度はエボニータウンへお越しくださいまして誠にありがとうございました」
ジャック「……グリアス公爵無き今、貴方はこれからどうするんですか?」
御者「私は長年公爵様の元で働いて参りました…ですがこれからはエボニータウンの為に役に立ちたいと思っております…これは私だけではなく、従者全ての意見です」
その言葉にジャックは彼の背丈に合わせて身を屈ませ肩をそっと叩いた
ジャック「…エボニータウンの新たな指導者がいずれ訪れます、それまでは住民達と力を合わせてあの街を守っていってください」
御者はジャックの顔を見上げると微かに笑みを浮かべコクリと頷いた
馬車が走り去り2人は墓場を歩き出す
そこでジャックは不思議に思いブギーに問いかける
ジャック「あれ…ブギー、帰るんじゃないのか?」
ブギー「子分共に土産を頼まれてたのを今思い出したんだ…しょうがねぇからアイツの店で何か買っていく」
アイツ、とはブギー行きつけの店の店主の事だろう
ジャックも彼の店には何度か訪れているがその料理の腕が見事な事を知っている
あそこの料理を土産にすれば小鬼達もさぞ喜ぶ事だろう
二人はそんな他愛もない会話を交わしながら街の門をくぐった
時刻は夜更け
広場を見ると行き交う住民の姿はなく、とても静かだ
ブギー「今回はひでぇ目にあったぜ…おい、次からは絶対同伴なんてしねぇからな!」
ブギーはそう告げるとダウンタウンの方へと向かっていった
1人残されたジャックは自宅でゆっくりしようと足を進める
するとそこでふと何かに気付いた
自宅の窓から部屋の明かりが灯っているのが見える
もしかして…
ジャックはそう考えるなり部屋へと急いだ
螺旋階段をあがり部屋へと到着すると室内は明るく、ベッドの上に何者かの姿
それはサリーだった
ここで自分の帰りを待っていたのだろうか
ベッドに横たわる彼女の手には読みかけの本
きっと博士に歯向かい、イヌホオズキを盛って此処へ来たのだろう
明日の博士の怒る顔が容易に想像でき思わず苦笑する
ジャックはその寝顔を見て愛おし気に頬にかかった髪に指先で触れる
ジャック「…ただいま、サリー」
消えそうな声で囁くとサリーの長い睫毛が震え、その瞼が開かれた
サリー「…ジャック?」
ジャック「あぁ、ごめんよ…起こすつもりはなかったんだ」
サリーは身体を起こすと眠たげに小さく欠伸をもらす
手に持っていた本をその場に置くとベッドからおり、ジャックの前に立つ
サリー「おかえりなさい、ジャック…パーティーはどうだったの?」
ジャック「話せば長くなるけど…一応うまくいった、かな?」
そう言って苦笑するジャックの姿を見てサリーはある事に気付いた
服装がいつもの燕尾服ではないのだ
サリー「ジャック、燕尾服はどうしたの?」
ジャック「あーあれは傷ついた時に破れて使い物に………ぁ」
そこでようやく口を閉じるが既に遅く、サリーは彼の言葉をしっかりと聞いたようでじっと此方を見上げてくる
サリー「傷付いて破れたって…どういう事なの?」
詳しく説明して
心配性な彼女には言うつもりはなかったのだがつい口が滑ってしまった
どうやら無事街へ戻れた事で気が緩んでしまっているらしい
ジャックはサリーの手を引くとその身体を抱きしめた
ジャック「うん、詳しい事は明日ちゃんと話すから…それより今は君を抱きしめたいな」
サリーは納得いかないと言った表情を浮かべる
しかしあのジャックが珍しく自ら甘えるような仕草を見せているのだ
そんないつもとは違う彼の一面にサリーはつい笑みをこぼし細い体に腕を回す
サリー「もぅ…明日、絶対話してもらうわ」
ジャック「うん、絶対、約束するよ」
暖炉の火がパチパチと音とたて弾け、揺れる火が室内を照らして壁にジャック達の影を映し出す
その身を寄せ合った影は一度その身を離すと互いに見つめ合い
そっとその距離を縮め口付けを交わした
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