欺瞞の薔薇




どれほど時が経っただろうか

早朝の出発ともありいつの間にか眠りに落ちていたブギーは肩を軽く揺さぶられ目を開いた

そこに見えたのは同じく馬車に乗り込んでいたジャックの姿


ジャック「ブギー、そろそろ起きろ」
ブギー「あー…もう着いたか?」
ジャック「ああ、とりあえず街の中に入ったぞ」


ジャックに言われ窓から外を眺める
そこから見える空や民家、見える景色全てがすっかり夕焼けに染まっている

エボニータウンと呼称されるこの街はハロウィンタウンよりは比較的小規模なものだ
しかしこのエボニータウン周辺に広がる漆黒の森はこの世界で唯一錐輝石が採れる場所として有名な地域だった

錐輝石とは漆黒の森にのみ存在する黒色樹木になる石で一見黒一色に見えるが光の加減で青や緑と様々な色へと変わる貴重な石だ
収穫後は加工され装飾品として用いられている


ブギー「相変わらずどこもかしこも黒ばっかか…ここの住民よくキレねぇな」
ジャック「ここら一帯はグリアス公爵の土地だからね…そこに住む限り住人達も彼の決定には従うしかないんだよ」


そこで馬車の揺れが収まった
目的地へと到着したのだろうか
そう考え窓から外の様子を伺ったジャックはそこで驚きの光景を目の当たりにした


馬車の行く手を阻むように多くの住人達が立ち塞がっていたのだ


ブギー「なんだアイツら…」
ジャック「なんだか怒ってるみたいだけど」


道を塞ぐ住人達が何か御者に向け罵声を浴びせている
最初はその言葉に冷静に対処していた御者だったが住人達の罵声はますます悪化し、ついには各々が手当たり次第に物を掴んで御者に向け投げつけ始めたのだ

それを目撃したジャックは慌てて馬車を飛び出した


ジャック「君達ちょっと待ってくれ!」


ジャックが馬車から降りるとその姿を見た住人達は驚き動きを止めてしまう


「おい、あれって…」
「もしかしてパンプキンキングか?」
「なんでここに…」


ジャックを見て皆動揺しその場がざわつき始める
そんな住人達を気にしながらも御者に駆け寄り、彼の肩に手をかけた
投げつけられた物が当たったのだろうか頭部を手で押さえている

すると突然ジャックは背後から何か強い力で引かれよろけた
振り返るとそこには燕尾服を掴んで引っ張るジャックよりやや背の高い立派な体躯の住人


「アンタ、ジャック・スケリントンだろ?」
ジャック「そうだけど…君は?」
「オレの事はいい、それより何でこの街に来たんだ」
ジャック「…グリアス公爵に招かれたんだよ」


その名を口にした途端住人達が突然騒ぎだした
皆の口からはグリアス公爵に対する不平不満の声
そしてジャックへの懇願の言葉

立派な体躯の住人は燕尾服を掴む手を離すことなく、真っ直ぐジャックの顔を見つめた


「オレみたいな一般市民がアンタに直接頼み事なんてするのは間違いかもしれないが…聞いてくれ、この街は今」


しかしそこで彼の言葉は遮られた
遮ったのは数回程のとても小さな軽く手を叩く音
その音がする方を見るとそこには一人の男が立っていた
頭からつま先まで全てを黒に統一している一見細身な中年男性の姿


「全く、騒がしいと思い来てみればこれはどういう事なのでしょうか」


そう告げながら彼の特徴ともいえる白い目が住人達に向けられる
すると住人達がざわめき彼から距離を置くかのように慌てて後退る


「お待ちしておりましたよ、王よ」


それはグリアス・メアレ公爵その人だった
燕尾服を掴んでいた男は慌ててその手を離しジャックから遠ざかる

グリアスは馬車へと歩み寄り傷を負っている御者の様子を眺めた


グリアス「ふむ…これはいけない、お前はまずその傷を治療するように…王は私が直々にお連れしよう」
御者「…申し訳ありません」


グリアスはジャックへ向き直り彼の骨の手をそっと掴んだ
そしてその手の甲にそっと口付ける
その行動にジャックは顔を顰め手を引っ込めた


ジャック「そういう挨拶は結構ですと言ったはずですが?」
グリアス「おや、そうでしたかな?…しかし王への尊敬の心を現す事は必要でしょう?」


そう言ってグリアスは白い眼を細めクスリと笑った


ブギー「尊敬だぁ?アンタがやると胡散臭い事この上ねぇな」


気が付くと馬車から降りたブギーがジャックの背後に立っていた
その姿を見てグリアスは一瞬驚くもすぐさま愛想笑いを浮かべた


グリアス「誰かと思えばあのブギーではないか、王よ…同伴相手を間違えたのでは?」
ブギー「んだとてめぇ…」


グリアスの言葉にブギーの苛立ちが募り彼の前へと身を乗り出す
するとジャックがブギーを止め、彼の代わりにグリアスへと語り掛けた


ジャック「同伴相手の指定などは特になかったはず、僕が誰を連れてこようが構わないのでは?」
グリアス「……………確かに、おっしゃる通りですな」


御者が馬車を走らせ、住人達が逃げるかのように各自の家へと戻った
その場に残されたのはジャック達3人のみ
それと同時にグリアスは振り返り腕を前方へと伸ばす


グリアス「では、参りましょうか…我が館へ」


彼の視線の先には少しばかり離れた場所に建つ黒を基調とした立派な館

ジャックとブギーは彼に招かれその館へと向かい歩き出した
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