欺瞞の薔薇
その後街へと戻ったジャック達を出迎えたのはエボニータウンの住民達だった
彼らは心配そうな表情でジャック達に駆け寄る
3人共傷だらけで疲れ切っており、すぐさま街の宿へと運ばれていった
街の医師もかけつけ順番にジャック達の身体を診察し始める
ブギーは袋が傷付き所々虫が顔を覗かせてはいるものの、麻袋を縫えば大丈夫との事ですぐに診察を終えた
ジャックは今までの体調の異変や骨の黒色化などもあり心配されていたが、ヴァラカルの心臓を破壊してから彼の身体は調子がよくゆっくりとではあるが回復へと向かっていた
とりあえず暫くは安静にとの診断を受けベッドに横になる事となった
そしてウェーレンは腹部に空いた穴をすぐさま塞ぐ必要があり、医師が医療器具を手に彼の傷を縫合し始めた
麻酔などといったものはなく、針が通る度の痛みにウェーレンは歯を食いしばる
それを心配そうに見ていた住民がウェーレンへと声をかける
辛抱しろ!傷が癒えたらいくらでも酒を奢ってやるから!
その応援ととれる言葉にウェーレンはたまらず苦笑し、意地でも耐えてやると更に歯を食いしばった
「とにかく二人は安静にしておくように…特にウェーレンはな」
診察、処置を終えた医師がそう告げ部屋を後にする
室内にはベッドに横たわるジャックとウェーレン、そして椅子に座ったままのブギーの3人
ブギー「安静にしろって…回復にどんだけ時間がかかるんだ?」
ジャック「あー…僕の場合は既に回復の兆しもあるし数日で体力も戻るだろうって」
ブギー「お前は」
ウェーレン「…一週間は軽く過ぎるな」
するとブギーは立ち上がり扉の方へと歩き出した
それを見たウェーレンは思わず声をかける
ウェーレン「ブギー何処に行くんだ?」
ブギー「何処って俺は自由に動き回れるからな~ハロウィンタウンに帰んだよ」
ジャック「え!」
その言葉にジャックは驚き声をあげる
そんな彼にブギーは呆れた様子で視線を向けた
ブギー「別に驚く事はねぇだろ?俺はパーティーの同伴で連れて来られたんだ、それも終わっちまったわけだし別に戻ってもいいだろが」
ジャック「それはそうだけど…何もそんなに急ぐ事ないだろ?」
ジャックはそう言いながらウェーレンの方へ視線を向けた
この街に来てからというもの、ウェーレンにはずっと世話になっている
その結果酷い怪我を負った
ブギー「なんだよ、俺に残って甲斐甲斐しく世話でもしろってのか?」
ジャック「今まで世話になったんだし、それくらいしてもいいじゃないか」
ジャックが不満そうに睨んでくる
正直ベッドに横たわった怪我人に睨まれても怖くもなんともない
少し視線を逸らすとウェーレンが無言で此方を見つめていた
なんだなんだその目は
そんな目でこっちを見るんじゃねぇよ
ブギー「……わーかった、わかった!」
ブギーは降参だと言わんばかりに両手をあげ椅子へと歩み寄った
そのまま腰を下ろしたのを見てジャックとウェーレンの表情がぱっと明るさを帯びる
そんな様子を見ながらブギーは両者を見て溜息を吐いた
その後、連絡を受けエボニータウンへと到着した騎士兵達が森の中に力なく座り込むグリアスの身柄を拘束した
彼の身柄は大都市へと護送され、今回の件を含めた悪行の数々が公の元に晒される事となるだろう
一方ジャックとウェーレンの二人
その後の経過もよく、傷は癒え体調も次第に戻り始めていた
ウェーレンは傷が深かった為まだ完全とはいえないものの、しかし着実にその穴は塞がってきている
ジャックに至っては黒く染まっていた骨はすっかり元の白へと戻り、骨折した箇所も薬の効果もあって無事に接合されていた
そんな二人の世話をする羽目になったブギーは日々忙しなく家の中を移動していた
それから数日後
ジャックはベッドから降りると長い腕を上へと伸ばした
軽く伸びをしウェーレンの上着を着こむ
いつもの燕尾服は怪我を負った際に破れて使い物にはならない
この街にいる間、彼はずっとウェーレンの衣服を借りて過ごしていた
浴室へと向かい鏡を眺める
そこに映るのは普段通りのジャック・スケリントンの姿
衣服をずらし左肩に目をやる
うっすらと傷はあるものの、骨は完全に接合され白一色
ブギー「おいジャック!何やってんだ、早く来い!」
ブギーの呼ぶ声が聞こえ衣服を整えるとジャックは足早に浴室を出た
キッチンにはいい香りが立ち込めている
ブギーお手製のシチューの香りだ
机の上には二人分の皿が用意されシチューが注がれている
そこには既にウェーレンの姿もありジャックは彼の隣に腰掛けた
ジャック「ウェーレン、傷はどうだい?」
ウェーレン「ああ、もう痛みは感じないな…あとは傷がしっかり塞がるのを待つだけだ、そっちは?」
ジャック「僕はすっかり元通りだよ、骨も綺麗に接合されたし体調も完璧さ!」
そんな経過報告を交わしている二人の前にドンと深めの皿が置かれた
その中にはこんがりきつね色のフライチップを添えたサラダが入っている
ブギー「お前らよぉ…喋るよりも飯を食う為に口を動かせ?冷めたら意味がねぇだろ?ん?」
エプロンを装着しすっかり主夫と化しているブギーはスプーンを2人に押し付ける
その表情は笑顔ではあるが何処か圧倒感があり、二人は素直に頷いてそのスプーンを受け取った
ブギー「そういやぁジャック、お前もう身体は元通りなんだろ?」
ジャック「?ああ、そうだね」
するとブギーは椅子に腰掛けシチューに手をつけながら呟く
ブギー「じゃあそろそろ帰る頃なんじゃねぇのか?」
ブギーの言葉にジャックは手を止めた
そうだ
元々この街へはパーティーへの招待で訪れ、少々ハプニングもあったものの、今はその傷も完全に癒え彼の言葉とおり完全復活を遂げている
ならばハロウィンタウンへ戻らなければならない
しかし…
そこでウェーレンに視線を向けた
彼はサラダを頬張り満足そうな表情を浮かべている
一番傷の深かった彼はまだ完全に回復したというわけではない
そんな彼を残してこの街を去る事がジャックには気掛かりだった
だが傷が癒えた以上戻らなければならない
町長へ告げた数日間の休暇期間はもう切れてしまう
ブギー「まぁお前が帰らなくても俺は帰るけどなー」
ウェーレン「…確かに、ジャックは傷も癒えたし帰らないといけないな」
話を聞いていたウェーレンは食事を飲み込むと口を開く
ジャック「けどウェーレン、君の傷はまだ癒えてないし…」
ウェーレン「俺ならもう大丈夫、しっかり休んだしブギーのおかげですっかり回復した」
ブギーは太々しい表情のまま顔を背けシチューを頬張る
所謂照れ隠しだ
ウェーレンはそんなブギーの事を理解し楽しそうに笑った