欺瞞の薔薇




その尖った指先はグリアスの胸部を貫いた
その激痛にグリアスの悲鳴があがり漆黒の森に響き渡る
ジャックは突き刺した腕を、その体内をまるでかき混ぜるかのように動かす

すると何か見つけたのか掌に何かを掴んでその腕を一気に引き抜いた



引き抜かれた腕はどす黒い液体にまみれている
そしてゆっくりと開かれた掌には赤く脈打つ心臓が一つ


グリアス『が…そ、それは…っ』
ジャック「確か、こういったな…病を治すのなら心臓を破壊すればいいって」


ジャックはそう告げるとその心臓を一気に握りつぶした



途端グリアスの巨体が跳ね上がり痙攣を始めた
苦痛の声と共に震えるその身体は収縮していく
ブギーとシャドーをそれに気付き押さえつけていた腕から退く

ジャックがゆっくりと手を開くと潰れた心臓がボトボトとグリアスの胸部へと零れ落ちた

それと同時にジャックは微かにだが身体が楽になったように感じた


グリアス『ぁ、あ…ヴァラカルの、心臓が…』


未だに獣の姿を保ってはいるが今の彼の身体はすっかり萎れやつれた身体
ジャックはその身体に跨ったまま、大きな眼窩で彼を見下ろす


グリアス『ぃたい…胸が…張り裂けそうだ……王よ、どうか…』


しかしジャックは何も答えず黒い血で染まった腕をグリアスの胸元へと伸ばす
自身が貫き出来た穴に触れるとグリアスが痛みから身じろぐ

するとジャックの右手が炎に包まれた
轟々と燃え上がるその炎にグリアスは息をのみ必死に抵抗を見せる


無駄な事を

そう思いながら炎に包まれた腕を胸の穴めがけ振り下ろした










ジャック「ブギー…」
ブギー「そこまでにしとけ」


振り下ろそうとした腕はブギーの手に掴まれその動きを止めていた
麻袋の手が炎で焦げつき始めるがブギーはその手を離さない


ブギー「こんなくそ野郎どうなろうが俺の知った事じゃねぇが…一応公爵様ってやつだしな、それなりの始末のつけ方があるだろ」


グリアスは仮にも公爵という地位を持つ者だ
それを殺してしまえば理由がどうであれ色々と厄介な事になるのは目に見えて明らかだった


罰するのならばただ殺すのではなく、社会的な抹殺を
ブギーはそちらの方がグリアスも堪えるだろうと考えたのだ

ジャックはそれを察したのか炎をかき消す
それを確認して手を離したブギーは焦げ付き未だ熱を帯びている手先に軽く息を吹きかけた

グリアスの上から退いたジャックは起き上がる事の出来ないグリアスを睨み、低く地を這うような声で告げる


ジャック「グリアス公爵、今ここで殺しはしない…しかるべき場所で罰せられ、牢獄で朽ち果てるがいい」


此方を見下ろすその姿
それはまさしく自分が求めていた理想の王の姿
その何処までも深く冷たい眼窩にいかなる悪魔も退く程の恐怖を抱かせる声

それが今、自分の為だけに向けられている
グリアスは白い眼を見開き嬉しそうに笑った



ブギー「ついに頭がイカレたか?」
シャドー「元からあんなじゃなかったか?」
ジャック「………元はいい人だっただろうに」


ジャックは未だ狂ったように笑うグリアスに悲し気な視線を送った

彼も一応公爵という立場を得てこの街を仕切って来た人物だ
元はさぞ優れた人物だったのだろう


ジャック「……!!そうだ、ウェーレン…っ」


ジャックの言葉に皆が揃ってウェーレンの元へと駆け寄った
鋭い角に左腹部を貫かれその身体や地面は鮮血に染まっている

ジャックは傍に歩み寄ると恐る恐る彼の頬に手を添えた
するとウェーレンの閉じられている瞼が微かに動いた


それに気付いたジャック達はウェーレンの身体を角から引き抜こうとする
しかし動かしただけで夥しい量の鮮血が流れ落ち、その量の多さに3人は思わず手を離してしまう


ブギー「どうすんだ…下手に動かせばそれだけ出血するぞ」
ジャック「かといってこのままにするわけにもいかない…」


どうすればいいと考えていたジャックの腕に何かが触れた
見るとそれはウェーレンの腕


ジャック「ウェーレン…っ!」
ウェーレン「…大丈夫だから、引っこ抜いてくれ…っ」
ブギー「お前、ただでさえ出血してんだ…へたすりゃ」
ウェーレン「俺なら大丈夫だ…刺さったままの方が辛い…」


そう言って苦痛に歪む表情のまま皆へ懇願した

はやく俺の身体を引っ張ってくれ

戸惑いを見せていた彼らは互いを見合って頷くと揃って動いた


シャドーは角を押さえブギーとジャックはそれぞれウェーレンの腕と身体を掴む


掴んだその身体を一斉に引っ張るとウェーレンの口から叫び声が上がった
角から徐々に体が引き抜かれ、鮮血が舞うと共にウェーレンの身体はジャックの方へと倒れ込んだ
その身体を慌てて受け止めようとしたジャックは自分が下敷きになる形となり地面へと転がる


ジャック「いたた…!…ウェーレンっ」


自身の上に倒れ込んだまま動かないウェーレンを心配し上体のみを起き上がらせた
突き刺さっていた角が抜け、その腹部には大きな穴があきとめどなく血が流れる

ジャックは自身の衣服を破るとその傷口へと宛がった


ブギー「おい、生きてるんだろうな!?」


尻もちをついていたブギーは起き上がるなり慌てた様子で駆け寄る
その場に屈み動かないウェーレンの背にそっと触れる

するとウェーレンが咳き込み、その身体が大きく跳ねた


ジャック「ウェーレン…っ」
ウェーレン「ジャック…はは……腹が凄くいたい」
ブギー「そりゃそうだろこの馬鹿野郎が!!」


ブギーはウェーレンの無事を確認した瞬間いつもの調子に戻りその背を叩いた
流石に痛かったのかウェーレンは再度咳き込み、ジャックの手を借りて仰向けになる


ウェーレン「…アイツは、どうなったんだ?」
シャドー「そこで狂ってやがるぞ」


視線を向けるとそこにはやつれ弱ったグリアスの姿
何処を見ているのか白い眼は焦点が合わず、かすれた声でただひたすら笑っている
あれだけ憎んでいた彼もこうなってしまえば哀れな者だ


ウェーレン「…そういえばジャック…骨が」
ジャック「え…?」


ウェーレンが腕を伸ばしジャックの頬を擦る
すると骨を染めていた黒が徐々にではあるが端から薄れていくのがわかる


ブギー「あの犬っころの心臓潰しちまったしな、ジャックの身体もそのうち戻るだろうが……まぁ、とりあえず今はお前の治療が最優先だよなぁ」


そういってブギーはニヤニヤと笑みをこぼしウェーレンの額を数度突く
そのブギーの些細な攻撃にウェーレンは苦笑しながらその手先を軽く払いのける

そんな二人のやり取りを眺めていたジャックは再度自身の衣服を破り、ウェーレンの腹部の傷をきつく結びつけた


ジャック「とりあえず応急処置は済ませた、あとは街に戻ってちゃんとした治療を受けないと」
ウェーレン「そうだな…っい、たた…」


ウェーレンは頷き起き上がろうとするが腹部に鋭い痛みが走る
それもそのはず、彼の腹部には穴があいているのだ
しかも貫通しているので風穴といっていい


ジャック「いいよ、僕が支えるから」


そう言ってジャックはウェーレンの脇下へ潜り込みその身体を支えた


シャドー「おい、こいつはどうすんだよ」


シャドーはその場に残されたままのグリアスを見て声をかける
するとブギーが振り返って意地の悪い笑みを見せた


ブギー「そいつは後で上の連中に取りに来させるからそのままにしとけ!あ、因みにお前はここでソイツの見張りな♪」
シャドー「はぁ!?おい聞いてないぞ!!」


突然の提案にシャドーは驚きの声をあげた
ジャックとウェーレンは先に街を目指して歩き出してしまい、その後に続くブギーも笑顔で手を振って行ってしまった


残されたシャドーは太々しい表情でその場に座り込み溜息をついた
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