欺瞞の薔薇
その場にいた全員が言葉を失った
ウェーレンの身体は地に刺さった鋭い角の上へ無残に振り下ろされた
肉体を角が貫通し途端ウェーレンは悲痛な叫び声をあげた
角は左腹部を貫き鮮血が流れ落ち地面を赤く染める
ブギー「くそっ!お前はコイツをどうにかしろ!!」
ジャドーに怒鳴りつけるとブギーはグリアスの前方へと飛び出した
ウェーレンの身体に巻きつけられた長い尾を引き千切ろうと量の手で掴む
するとウェーレンの身体に巻き付いていた尾が離れ、ブギー目掛けて素早く振るわれた
視界に入ったその尾先から身を護るため咄嗟に片腕を眼前に出す
尾先はその腕に絡みつくと一気に上空へとその大きな身体を持ち上げた
グリアス『こうなってしまえば貴様も小さな虫けら同然だな』
ブギー「まぁ中身は確かに虫だけどなぁ!」
ブギーは腕に絡みつく尾先をどうにか離そうと何度も強く引く
しかし一向に離れる気配はなくグリアスは暫しその光景を眺めた後、つまらなそうにブギーの身体を後方へと全力で投げた
ブギーが投げられた方向
そこにはグリアスの背後で攻撃を繰り返すシャドーがおり、二人は激しく身体を激突させ後ろの樹木へとぶつかった
自分の邪魔をするものがいない事を確認するとグリアスはジャックを見下ろした
ジャックはその場に座り込んだまま苦しいのか身体を小刻みに震わせ呼吸を荒げている
グリアスは鋭い爪先を顎へと添えその丸い顔を上向かせた
グリアス『随分と苦しそうだ…出来れば貴方の苦痛に歪む表情は見たくはなかったが』
ジャックは何か言いたげに口を動かした
しかしそこから出てくるのは声ではなく呼吸音
その様子を眺め爪先でジャックの喉を撫でる
グリアス『ああ…落ち着いて…ゆっくりと呼吸して、それから声を出すといい』
ジャック「っ……………なんで、殺さない…」
グリアス『他の輩はともかく、私は貴方を殺しはしない……すっかり弱り頼りない姿になったとしても、貴方は愛する王なのだから』
グリアスはそのまま指をジャックの首に絡みつけ、座り込んでいたその身体を持ち上げた
高く持ち上げられたその身体は身じろぎ、細長いその足も今は地に触れる事はない
グリアス『今回、私が貴方を招待した理由を教えてあげましょうか……勿論、貴方を私の理想の王へと染め上げる為ですよ』
グリアスは顔を近付けると誰もが身震いするほどの狂気に溢れた笑みを浮かべた
グリアス『貴方は私の理想の王に最も近かった、歴代の王に勝る才を持ち素晴らしい強さを兼ね添えている……だが一つだけ余計な物をもっている』
鋭い爪がジャックの胸元を軽く押した
ジャックは表情を歪める
グリアス『貴方の心はいりません、その余計な優しさが私の理想を全て台無しにしてしまう………そこで考えたんですよ、この毒で貴方を蝕んで身体だけでも手に入れようと…心がなくとも身体さえあれば私の指示に従う王の完成だ』
ジャック「毒…じゃぁ、この病は…」
グリアス『全ての原因は私なんですよ
……ヴァラカルを見つけたあの日から、こうなるよう計画を立てた……まぁ、余計な同伴の存在や貴方が私を怪しんで探りを入れだした事は予想外でしたが』
ジャックの病の原因はヴァラカルではなかったというのだろうか
しかしヴァラカルに噛まれた事で感染したのは確かだ
どうにも話が合わない
グリアス『ああ、貴方が不思議に思うのも無理はありません…ヴァラカルから感染したのは確かですよ、そしてその病を治すには感染元を潰せばよい……ただ』
グリアスは自身の胸元にある縦一線の切れ目をそっと開いた
そこから覗くのは赤黒い組織、そして二つの心臓
グリアス『貴方を感染させたヴァラカルは…貴方方が倒した時点で空だったんですよ』
ヴァラカルの心臓は私の中にある
先程見えた二つの心臓
そのうちの一つがヴァラカルの物だと彼は言う
ジャック「じゃあ…」
グリアス『ええ、病を治したいなら私の中にあるヴァラカルの心臓を破壊しなくては』
そういうと開かれていた胸元はゆっくりと閉じていき、二つの心臓は視界から消えた
ジャックはグリアスの指から逃れようと必死にもがく
その様子を見てグリアスは小さく笑った
グリアス『あまり暴れない方がいいですよ…ますます身体が蝕まれるだけだ』
ジャック「なら…離してほしいんだけどね…っ」
グリアス『それは出来ませんな…さて、では館へ戻るとしましょうか……浸食を終えた身体は脆いですからねぇ、貴方を早く安全な場所で隔離しなければ』
グリアスが語りながら歩き出す
しかし次の瞬間その足は進まなくなる
何が起きたのかと足元をみればそこにはグリアスの足を掴むブギーとシャドーの姿
二人とも全身擦り傷を負っておりブギーに至っては所々小さく破れ虫が頭を突き出している
グリアス『なんだ、まだ邪魔をするつもりか?』
シャドー「生憎俺達はどうしようもなくしつこい性格でなぁ…っ」
ブギー「やられるだけやられてさようなら、なんてわけにはいかねぇんだよ!!」
二人は叫ぶと同時に掴んでいた足を持ち上げた
その体格差は3倍以上はあったがグリアスの身体は持ち上がり、そのまま勢いよく樹木へと投げ飛ばされた
まさか自身が投げ飛ばされるなど思いもしなかったグリアスは体勢を整えられずそのまま樹木へ激しく巨体を打ち付ける
樹木はその衝撃に耐えきれず音をたて倒れ込んだ
投げ飛ばされた際に手から落ちたジャックは軽く咳き込みながらなんとか立ち上がる
そしてウェーレンへと視線を向けた
鋭い角が身体を貫通し、血に濡れた彼はピクリともしない
それと同時にグリアスが身体を起こそうと低い唸り声をあげた
ジャックはその声を耳にし拳を握りしめる
次の瞬間ジャックはグリアスへと駆け出していた
ほとんど黒く染まった全身の骨はジャックの意志に歯向かうかのようにその動きを鈍らせる
駆ける足が絡まりそうになりながらも勢いをつけ起き上がりかけていたグリアスの上に飛び乗った
グリアス『!!…な、何……王よ、そこをどいてもらいたい』
ジャック「断るといったら?」
グリアス『…ならば……力で従って頂くしかありませんな!』
グリアスは鋭い爪をぎらつかせその両の腕をジャックへと素早く伸ばした
しかしその腕はジャックに触れる事なく、地面へと叩きつけられた
左右の腕をブギーとシャドーが押さえつけていたのだ
上から体重をかけた全力の抑え込みに腕はびくともしなかった
グリアス『き、貴様ら今すぐ離れろ…っ!!?』
ブギー達へ威嚇の声をあげたと同時にグリアスは前方に顔を向けた
そこには自身の上に跨り、右腕を構える姿
やめろ!
そう叫ぶよりも早くジャックの右腕が振り下ろされた