欺瞞の薔薇
暴れ狂っていた獣の動きが止まる
抵抗がおさまりブギー達はそっとその腕から離れた
獣の腹部に身体を押し付けるジャック
骨の手にはナイフが握られており、それは獣の腹部に深々と突き刺さっていた
ジャックはナイフを握る手に力を籠め、そのまま横へと力強く凪ぐ錐輝石で出来た刃は獣の肉を簡単に切り裂いた
傷口から夥しい量のどす黒い液体が飛び散りジャックの顔や手、衣服を汚す
獣は腹部を押さえ数歩後ろへと後退ると、そのままバランスを崩し倒れ込んだ
巨体が倒れこみその振動が地を駆け草木を揺らす
ジャックはナイフをその場に落とし座り込んだ
急に体から力が抜け立っていられなくなったのだ
何が起きたのか自分でもわからずふと自身の骨の手を見つめた
骨の手には獣の体内から飛び散った黒い液体
その液体が手に沁み込んでいき
あっという間に白い骨は黒く染まった
それを目の当たりにしてジャックの眼窩はますます大きく見開かれた
よく見ると手だけではない
液体を浴びた身体の至る所が黒く染まりだしている
ウェーレンはそれに気付き慌てて傍に駆け寄る
ウェーレン「どうなってるんだ…アイツを倒したら治るんじゃないのか!?」
ブギー「…アイツらはそう言ってたけどよぉ」
声をかけられたブギーも流石に動揺しているのかそう呟きながら頭を掻く
確かにエント達は言っていた
ヴァラカルを仕留めれば病は治る
そこでブギーはある事に気付く
倒れている獣、ヴァラカルの身体が突如ボロボロと崩れ落ちたのだ
その巨体は完全に皆の目の前で消滅し風に舞い散った
ブギー「…どうなってやがる」
グリアス「さぁ…一体どうなっているのやら」
突然聞こえたその声に皆が振り返った
そこには一人優雅な立ち姿で此方を見つめるグリアス
ブギー「…テメェ、何か知ってやがるな?」
グリアスは怪しい笑みを浮かべその白い眼でジャックを見つめた
目に映るその骨の姿は所々が黒く染まりなんとも痛々しい
グリアス「やれやれ…あのまま大人しく従っていればこうはならなかっただろうに」
笑みを浮かべたままグリアスは一歩ずつ歩み寄る
それと同時にグリアスはコートを脱ぎ捨てると服を緩め始めた
シャドー「ストリップでもすんのかよ…」
ブギー「うっわ見たくねぇ…」
ジャドーとブギーが揃って表情を歪める
二人の言葉を聞いてしまったウェーレンもつい想像してしまいたまらず顔を背ける
するとグリアスの身体に異変が起きた
肌が黒ずみグリアスの肉体は巨大に膨れ上がった
爪が鋭く伸び、口元には太い牙が覗く
人の形を失ったその姿からはグリアス公爵の面影を一切得られなかった
ウェーレン「…嘘だろ」
ウェーレンは呆然とその巨体を見上げ呟く
大きく膨れ上がったその身体は固い筋肉に覆われていた
四肢は獣のようにしっかりと地を踏みしめ、大きく裂けた口が開かれると聞こえるのは飢えた獣の咆哮
その咆哮から来る振動でグリアスの巨体から黒い液体が周囲に飛び散る
それはジャックが浴びた液体と同じもの
ブギー達は思わず身構えた
グリアス『あぁ…最高の気分だ』
ブギー「おい…とりあえずそいつを連れて一旦下がってろ」
ソイツとはジャックの事だ
先程の戦いで獣の体内から飛び散った黒い液体を浴びたその身体は一気に蝕まれ、もはや自力で動く事も出来ない程弱り切っていた
ウェーレンは言われるままジャックの身体を支え立ち上がる
その様子に気付いたグリアスが再度咆哮し、一気に駆け出した
巨体が走るとそれに合わせ地面が激しく揺れる
その動きはその大きさからは想像できない程に俊敏で、皆は咄嗟に左右に分かれる形で飛び退いた
ブギー「危ねぇなおい!」
シャドー「ひき殺す気か!?」
グリアス『ひき殺す?とんでもない…ゆっくりと痛めつけてから食らってやるから安心しろ』
何一つ安心できない
ウェーレンはそう心の中で叫びながらジャックの身体を支えなおす
グリアスはブギー達に構う事無くジャックへと向き直った
その弱り切った姿を見て楽しそうな笑い声が上がる
グリアス『なんと…王といえどもここまで弱り切ってしまっては役立たずだな……王とは常に上に立ち皆を支配する者…………こんな弱い王はいらないだろう?』
ゆっくりと歩み寄るグリアス
ウェーレンはジャックを支えながらそれに合わせ後退し始める
巨体が2人に影を落とし、大きく裂けた口から覗く長い舌が不気味に揺れる
グリアス『貴様…王を大人しく渡せば殺さずにおいてやるが………さて、どうするかね?』
その言葉にウェーレンは戸惑い支えているジャックへ視線を向けた
最初に出会った姿と比べると今の彼は酷く弱り切っている
白い骨のほとんどが黒く染まりその身体は簡単に折れてしまいそうな程頼りないものに見えた
ウェーレン「…渡す?ジャックを?それは笑えない冗談だ」
グリアス『ふむ…』
ウェーレン「ふざけるのもいい加減にしろ!お前に従うくらいなら殺された方が遥かにましだ!」
グリアスは彼の言葉に苛立ちを露にし、自身の尾を素早く振るった
長く伸びた尾は空気を鋭く凪ぎその勢いのままウェーレンの身体を叩き伏せた
その素早い攻撃に対処しきれずまともに受けたウェーレンはその衝撃に一瞬目の前が見えなくなる
薄らと目を開くと見えたのは少し離れた場所に倒れ込んだジャックの姿
ウェーレンは痛む身体を起こそうと腕に力をこめる
すると長い尾がウェーレンの腹部へと巻きつけられ彼の身体は宙に浮いた
流石にまずいと判断したのかブギーとシャドーがグリアスの後方から飛び掛かる
しかしその身体は獣と同様に硬い鱗に覆われており一切の攻撃を受け付けない
グリアスは2人に構う事無く尾を目の前に寄せ、捕らえたウェーレンを睨みつける
ウェーレンはその締め付けに苦し気な声をもらし何とか抜け出そうと必死にもがく
グリアス『無駄な事を…貴様のような格下が私に逆らうなど実に愚かだ』
ウェーレン「っ…格下、か…確かにそうかもしれないが……そうやって油断してると、足元をすくわれる事になる!!」
ウェーレンは手に握ったナイフを振るった
それはジャックが落とした物で、駆け寄った際に拾い上げていた物だった
ナイフはグリアスの顔へと振り下ろされる
油断していたグリアスにその攻撃を避ける事は出来なかった
グリアスの悲鳴が辺りに響き渡る
両手で必死に顔を覆いその場で暴れだす
ナイフはグリアスの目玉に突き立てられていた
グリアスの爪がそのナイフを引き抜くと目玉からはどす黒い液体が噴出する
グリアス『き、貴様…下等生物の分際で……っっ!!!!!』
グリアスはナイフを投げ捨てると尾を高く上げ、勢いをつけて回した
ウェーレンはその回転に晒され苦痛の表情を浮かべる
するとグリアスがある物を見つけ、回転させていた尾を勢いよくその物目掛けて振り下ろした
ウェーレンの身体が振り下ろされた先
そこにはヴァラカルの頭部から引き抜かれ地に刺さった状態の鋭い角があった