欺瞞の薔薇



獣の大きな体がジャック達の頭上を軽々と飛び越える
地面に着地したものの勢いが強い為、鋭い爪で地を深く抉りその身体はなかなか止まる事はない
それと同時にブギーとウェーレンは再度角を全力で引いた
するとブギーが掴んでいた角が獣の頭部から気味の悪い音をたて引き抜かれた

獣の頭部からは夥しい量の黒い液体が溢れだし獣がその場に倒れ込んでしまう
その衝撃で頭部にいたブギーとウェーレンは勢いよく宙へと投げ出されてしまった

ウェーレンは受け身を取って前転し倒れ込んだ獣に向け身構える
引っこ抜いた角を抱えた状態のブギーは地に数度転がってようやくその身体を止めた


ウェーレン「ブギー大丈夫かっ!?」
ブギー「大丈夫に決まってんだろが!あの犬っころも流石に参ってるみてぇだな」


引っこ抜いた角を地に突き刺し獣の様子を眺める
頭部から流れる液体で地面を濡らし獣は唸り声をあげながら震える足で起き上がろうとしている


シャドー「おい」


ふと声が聞こえブギーが振り返る
そこにはジャックを担いだシャドーの姿があった


ブギー「おーご苦労さん」


立ち上がると同時にシャドーに声をかけ担がれているジャックに目をやる
ジャックは何が起きたのかわからずその場でキョロキョロと様子を伺う仕草を見せた


ブギー「なんだ、思ったよりも元気そうじゃねぇか」
ジャック「その声…ブギーか!一体何が起きたんだ」
ブギー「簡単に言うなら俺とウェーレンが犬っころに乗ってここまで来た、で角引っこ抜かれて奴は今弱ってるってとこだな」


シャドーは担いでいたジャックを地面へと下ろす
ジャックは見えない目を数度瞬かせる

するとそこである事に気付いた




ジャック「あれ…」
ウェーレン「ジャック、どうかしたのか?」


ジャックは目元をこすり再度瞬く

今まで何も映らずただ暗闇がひろがるのみだった視界に何かがぼんやりとだが見えた


ジャック「…何か見える…今まで何も見えなかったのに」
ウェーレン「ほ、本当か!?」


ウェーレンは驚きの声をあげジャックの真正面へと立つ
これが見えるか?と目の前で軽く手を振った

ジャックの視界にはぼやけた何かが左右に揺れるのが見える


ジャック「何かはよくわからないけど、左右に動いてるのが見える」


此方の手の動きが見えている
その事実にウェーレンは思わず笑顔を浮かべた

一方ブギーは1人考えこんでいた
エント達の話によればジャックの病を治すにはその病を媒介する獣、ヴァラカルを始末しなければならない

しかしジャックの視力は僅かにではあるが回復した
獣は頭部に傷を負っている
つまり……


ブギー「なるほどな、つまりあの犬っころが弱れば弱るほどジャックの状態はよくなるって事か」
ジャック「そうなのか?」
ブギー「まぁ完全に病を治すには犬っころを始末しなきゃなんねぇけどな」


そう告げながら獣の方に視線を向ける
獣は何とか立ち上がると地面に転がった自身の角を見つめた
続けてブギー達にその鋭い眼を向ける

途端獣は怒りに満ちた咆哮を放つ
その咆哮は空気を振動させジャック達は思わず身構えた


ジャック「…何か茶色い塊が見えるけどもしかしてあれって」
シャドー「まぁ例の獣だな、角を引っこ抜かれて完全にキレてやがる」


獣は地面を何度も深く蹴り前身を低める
次の瞬間後ろ足で地を強く蹴ると一気に飛び掛かった

ブギーとウェーレンは咄嗟に横へと飛び退く
一方シャドーはジャックの腕を掴んでその場から引っ張り退けると飛び掛かる獣の前足をその場で受け止めた
獣の巨体に合った重さがシャドーの腕に伸し掛かる

シャドーの足がその重さを受け地面に深くめり込む


するとそれを見たウェーレンが突然駆け出し獣の上に飛び乗った
頭部に残るもう一本の角へと手をかける
ブギーもそれに続くように獣の頭部へと一気に駆け上り同じく角を掴む
二人は互いに顔を見合わせると一気に角を掴む腕を引いた


獣は鋭い痛みに叫びシャドーの腕を振り払い彼の横へとその身体を倒してしまう
しかしそれに続けて獣はその鋭い爪を勢いよく振るった
爪はシャドーの身体をまるで紙切れのように引き裂いた
その身体は影で出来ている為裂かれたその身体からは何かが飛び出るような事はなかった
同時に痛みも感じないが、切り裂かれた事によりその身体はバランスを保てなくなりその場に膝をつく形となる
そんなシャドーに覆いかぶさる影
頭上には再度上げられた獣の腕があった



ジャック「シャドー!」


ジャックがその名を叫ぶと同時にシャドーの前に飛び出した
彼のその行動には流石のシャドーも驚きのあまり声を荒げる


シャドー「おま、何やって!」


視力が僅かに回復したとはいえ完全に病が癒えたわけでもなく、それを差し置いたとしても身体に負った傷の事もある
自分でも押さえるのがやっとだという相手の攻撃をまともにくらえばどうなるか

シャドーが腕を伸ばそうとした瞬間
獣の爪が振り下ろされた


ジャックはその爪を寸でのところでかわした
獣は痛みに苛立ち、目の前に立つジャックの身軽な動きに叫び立ち上がると勢いよく両手を素早く振るう

ジャックはまるでダンスを踊るかのように足を動かしその細身を華麗に回転させる

シャドーはその場に立ち上がり切り裂かれた自身の部位を押さえた
裂かれた傷は黒い影に包まれ徐々に修復されていく


それこそがジャックの狙いだった
シャドーは影から生まれた存在でありその身は裂かれても死ぬ事はない
しかし傷がつけば癒さなければ使い物にはならなくなる
先程のように敵対する相手が目の前にいる状況ではシャドーは自分の傷を癒す隙などはなかった

そこでジャックは自らが囮となってシャドーから獣を引き離す事にしたのだ


ウェーレン「ジャック!あまり無茶するなよ!」
ジャック「そうも言ってられないだろ!?」


素早くステップを踏みながら攻撃をかわすジャックは少々呼吸を乱す
視力はいくらか回復したがこのままいつまでも回避し続けるのは体力的に無理があった

そこでブギーが角を再度強く引く
すると肉を引きちぎり頭部から角が徐々に離れだす

その場に二足で立ち上がり獣が思わず頭を押さえこんだ
その大きな手から逃れる為にブギーとウェーレンは慌てて飛び降りた

ジャックはそんな獣の姿を見てある事に気付いた
立ち上がる獣
その獣の腹部が目の前に晒されている

獣の身体は物理、魔法何方の攻撃も一切受け付けないほどの頑丈な鱗を持つが目の前の腹部は違う
そこは鱗など一つもなく、無防備な状態だった



ウェーレン「ジャック!!」


ウェーレンの叫びに反応して視線を向けると何かを投げ渡された
獣の攻撃を身を翻してかわしつつそれを受け取る

それは一本のナイフだった


刃の部分は錐輝石
それは光を帯びると色が変わる特質を持ち青緑に輝いていた

ジャックはそのナイフを持ち構えるが、次の瞬間強い衝撃を受けジャックの身体は地に倒される

眼窩を見開くと目の前には此方に牙をむき出しにし詰め寄る獣の姿
手に持っていたナイフは弾かれ慌てて其方へと腕を伸ばす

骨の指先が触れそうでなかなか届かない


ブギー「何やってやがる!!」


咄嗟にブギーが駆けだし獣の右腕にしがみついた
獣はブギーを見下ろすと乱暴に振り払おうとするが彼はしぶとくその腕を離そうとはしない

その事に苛立ちもう片方の腕をブギー目掛けて振るおうとするが、今度はその腕にウェーレンがしがみついた


ウェーレン「この…大人しくしろ!!」


腕を振るおうとする獣の力にウェーレンは負けじとその腕へとしがみつく
しかし獣が激しい咆哮を上げると空気が激しく振動し、皆の身体に空気を通じて痺れが走る

その瞬間ウェーレンの手が獣の腕から離れた
まずい
ウェーレンは目を見開き腕を伸ばそうとした
しかし身体を伝う痺れから思うように身体が動かない




そんなウェーレンの視界に自分以外の者の腕が映った


シャドー「何やってんだ、情けねぇな!」


それはシャドーのものだった
ウェーレンの手が離れたと共に咄嗟に獣の腕を掴んだのだ

両腕を束縛され獣はその場で暴れ狂う
巨体を持つ獣とはいえ傷を負い弱った状態ではブギー達3人の束縛から逃れる事は難しい


ジャックは素早く起き上がると傍に落ちていたナイフを掴んだ
そして素早く振り返るとそのナイフを逆手に持つ


意識を獣の腹部へと集中させ、そこへ向けて地を強く蹴った
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