欺瞞の薔薇




窓から飛び降り森へと駆け込んだジャック達

無言でただひたすら走る相手の背中を骨の手が必死に叩く


ジャック「ちょ、ちょっと待ってくれ!一旦止まってくれないか!」


すると相手はその言葉を聞いてかゆっくりと速度を落とし、ようやくその足を止めた

走る振動がおさまりようやく止まってくれたと安心したジャックはほっと一息つく
すると担がれていた体がその場に下ろされる

ようやく己の足で地面を踏みしめたジャックは目の前にいるであろう相手を見えない目で見つめる


ジャック「ブギー、じゃないんだよな………もしかしてシャドー?」
シャドー「なんだ、ようやく気付いたのか」


問いかけに対し返って来た声はブギーによく似た、しかしよく聞けば本人とは違う嗄れ声だ


ジャック「ようやくって…目が見えない上に何も喋ってくれないんだ、わかるわけないだろ?」
シャドー「だろうな」


シャドーはそう一言だけ告げるとジャックの目元に手先を宛がう
丸い眼窩をなぞるように擦ってまじまじとそれを眺める
ジャックは何をしているのか不思議に思いながらも数度瞬く程度で動きはしない


シャドー「まじで見えないんだなぁ」
ジャック「何も見えないよ、不便でしょうがない」


そう言って溜息を吐き顔に触れているシャドーの手を軽く払いのけた


ジャック「そういえばここは何処なんだい?随分と走っていたような気がするけど」
シャドー「何処って…まぁ森だ森、とにかくあの館から離れられればどこでも構わなかったしな」
ジャック「…それでブギー達は?」


飛び降りる前に聞いた声
あれは確かにブギーとウェーレンのものだった
そしてあそこには獣もいたはずだ
二人はどうなったんだろう


シャドー「あれからどうなったかは見てないからわからねぇな、けど…簡単にやられるような奴じゃないってのはわかってんだろ」


ジャックは何も言わずただ頷いた
確かにそう簡単にやられるような奴ではないのは自分自身が一番よく理解している
しかしあの場にはウェーレンもいた
彼は確かに住民の中では戦闘もこなせる方だ
肉体は鍛えられており力も強い

だが相手はあの大きく獰猛な獣だ
しかもただの獣ではない

そんな物が相手ではウェーレンでは歯が立たないかもしれない


ジャック「僕が心配しているのはブギーよりもウェーレンの方だ、無事だといいけど」
シャドー「あの男もそう簡単には…」


そこでシャドーが言葉を止めた
ふと無音になりジャックが首を傾げる


ジャック「シャドー?」
シャドー「………おい、冗談じゃねぇぞ」


その言葉と共にシャドーは素早くジャックの腰に腕を回し身体を担ぎ上げた




















ウェーレン「う、嘘だろ……」


庭の隅へと非難し建物を見つめていたウェーレンが口を開く
彼の視界の先にあるのは次々に破壊されていった窓や壁
そして館の端、その壁を突き破って外へと飛び出した獣の姿

獣は地に転がり落ちると苦しいのか必死に頭を振り回している

ウェーレンはその獣から少しでも距離を取ろうと後退る
しかしそこである事に気付く

ブギーの姿が見えない

窓から飛び降りる際に見た時、彼は獣の頭部にしがみついていたはずだ


ウェーレン「まさか…食われたり、してないよな」


自分でそう言ってますます不安に駆られてしまう
もしも自分を逃がす為に彼が食われたのなら
もしそうなら助け出さなければならない

しかし今の自分には武器がない
ジャックやブギーのように魔法が使えるわけでもない


ウェーレン「助けるにしろ…どうやって」


何かいい手はないかと思考を巡らせていると暴れる獣の角に何かがしがみついているのが見えた
目を凝らして獣の角を見つめる


ブギー「うおおおおお暴れるんじゃねぇーっっ!!!」


そこにはブギーの姿があった
角に必死にしがみつき獣に対して何やら叫んでいる


ウェーレン「ブギー!何やってるんだそこで!」
ブギー「うるせーっ!俺だって好きでこんな事してるわけじゃあああああああああ!!!!!」


暴れ狂っていた獣が雄叫びをあげたかと思えば突然ウェーレンが立つ方へと走りだした
ウェーレンはまさかの出来事に思わず身構える


獣が大きく口を開きその鋭い牙を向けた


ウェーレンは寸でのところでその牙を交わし獣が真横を通過する瞬間、咄嗟に獣の長い毛を掴んだ


獣は彼のその行動に構う事無くそのまま真っ直ぐ森の中へと駆け出した


毛を掴んだままのウェーレンは振り落とされないようにと慎重に獣の身体をよじ登る
走る際の振動で時折足が滑りかけるが必死に耐え、更に腕を伸ばした

しかしそこで獣が一度大きく跳ねる
その動きにウェーレンの手は離れ、その身体は宙に浮いた


駄目だ

落ちる



ウェーレンは思わず目を強く瞑った
高所からこれだけの速度での落下
しかも受け身を取ろうにも背から落ちる体勢

数秒後、自分がどうなるかなどわかりきっていた









ウェーレンは目を開く
いつまで待っても訪れない痛み
下を見ると地面に落ちる事なく浮いている


ブギー「なーにやってやがる」


その声に顔をあげるとそこには自分の腕を掴むブギーの姿があった
その力強い腕に引かれウェーレンは何とか落ちる事無くブギーの横に座り込む形となる


ウェーレン「ぶ、無事だったんだな…よかった」
ブギー「俺があの程度でくたばるわけねぇだろが…それよりちょっと手伝え」
ウェーレン「手伝えって…何をするんだ?」


するとブギーは角へと腕を伸ばす
同時に目を細めて笑みを浮かべる


ブギー「この犬っころの角を引っこ抜く」
ウェーレン「…だ、大丈夫なのか?それ」
ブギー「ちっと考えがあってな、まぁいいから黙って手伝え」


ウェーレンはブギーの狙いがよくわからず悩む
しかしここで逆らったとしても結局は強制的に手伝わされる羽目になるだろう
仕方ないと溜息を吐き、ブギーに従う事にしたウェーレンはもう片方の角へ手を伸ばす


ブギー「いいか?全力で引き抜けよ?」
ウェーレン「本当に大丈夫なんだろうな…心配だ」
ブギー「うるせぇ、いいから黙ってやれ!」


その怒声を合図に2人はそれぞれの角をしっかりと掴み全力で引っ張った
その途端獣は悲痛な声をあげ更に勢いをつけ森の中を駆ける

周囲に数多くある黒色樹木をなぎ倒しその枝葉がブギー達に度々ぶつかる
その衝撃で振り落とされないようにと角を決して離さぬよう掴む


ウェーレン「本当にこれで大丈夫なんだろうな!?」
ブギー「いいから黙って引っ張れ!何度も言わせんな!!」


深い茂みを素早く駆け抜け獣は広い場所へと勢いよく飛び出した
視界が開けブギーとウェーレンは下方へと視線を向ける
そこにはジャックを担ぎ獣を避けるシャドーの姿があった
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