欺瞞の薔薇
ジャックは何が起きたのか一瞬わからなかった
しかし身体にかかるその重力に自分が今飛び降りているのだと知る
落ちないようにと自身を担ぐ相手の腕をしっかりとつかみ、続けて着地したのだろう衝撃を感じた
流石に今の自分では華麗に着地など出来はしないし受け身を取る事も出来ない
そう考えていた為、ジャックはほっと胸を撫でおろした
ブギーは獣を押さえながら窓から飛び降りたジャック達を見る
その姿が森の方へと消えるのを見届けると一度獣から飛び退いた
ウェーレンもそれを確認すると同じく後方へと飛び退き一度態勢を立て直す
ウェーレン「ジャック達は無事に逃げたみたいだが、これからどうするんだ?」
ブギー「さーてどうするかねぇ…なんならこのままこの犬っころの相手でもしてやるか?」
ウェーレン「…結局相手するんだ」
ブギーは狭い通路の様子を一度確認する
獣はその巨体もあってうまく振り返れない様子
この状況、一見此方が有利に見えるのだが実はそうとも言えないのだ
相手は錐輝石から生まれた神聖な生物と言われるヴァラカル
その身体は毛に覆われてはいるものの、その下の皮膚は錐輝石の鱗に覆われている
その鱗は非常に硬く並みの物理攻撃ではびくともしない
尚且つ熱さや寒さなどにも強く、鱗に覆われているその巨体は攻撃を一切受け付けないといってもいい
しかし腹部や顔面、目や口などといった鱗に覆われていない箇所は別だ
そこを狙えば確実に相手を弱らせる事は可能だろう
ブギー「おい、俺が動いたらすぐに窓から飛び降りろ」
ウェーレン「え」
ブギー「飛び降りたらすぐに走ってここを離れろ、絶対止まるんじゃねぇぞ!!」
ウェーレンがその意図を問いかけようとするが、そんな彼に構う事無くブギーはいきなり目の前にある獣の背中に飛び乗った
そのまま獣の巨体を駆け上り頭上にある2本の角へ手をかける
獣はブギーを振り落とそうと激しく頭を揺さぶる
しかしブギーはそうはいくものかと掴んだ角に強くしがみつく
ウェーレン「ブギー何してるんだ!!」
ブギー「てめぇ早く行けって言っただろうが!何度も言わせるんじゃねぇよ!!」
角に必死にしがみつきながらブギーが声を荒げる
ウェーレンは戸惑ったもののブギーの言葉を信じる事とした
ここに来るまでの間、彼は様々な策を用いてきた
今度もきっと何か考えがあっての事だろう
すぐ傍にあった窓を乱暴に開けた
そこから下を覗き込むと遥か下に見える地面
その高さに一瞬躊躇してしまう
ブギー「何びびってやがる!さっさと飛び降りろっ!!」
ブギーの怒声にウェーレンは覚悟を決め、窓枠に足を乗せる
そしてしっかりと着地する地点を確認し、その場から飛び降りた
一応戦える身とはいえウェーレンは単なる住民のうちの一人
高所からの落下で着地に失敗してしまえばその身体は地面に叩きつけられてしまう
落下しながらウェーレンは咄嗟に腰元に取り付けていたナイフを手に取る
それを壁に全力で突き立てたのだ
そのナイフは錐輝石を用いている物で通常のナイフよりも硬度の高く切れ味が鋭い物
その刃は壁に深く突き刺さった
しかし落下は止まらない
切れ味が鋭く、また落下の勢いやウェーレンの重さなどもあり刺された箇所から下部へと壁を切り裂きだしたのだ
ウェーレンは仕方なく半分ほど落下した地点でナイフから手を離す
その身体は再び勢いをつけ落下し、地面へとぶつかる瞬間利き手を前へ出した
そこから体を斜め向きに回転させその勢いのまま身を起こし踏みとどまった
高所からの落下をナイフで軽減させ、さらに受け身を取ったのだ
無事着地すると同時にウェーレンは上を見上げた
一方ブギーは激しく頭を振る獣の角にしがみつき続けていた
時折獣の手が伸び鋭い爪がブギーを払いのけようと振るわれるが、角から角へと飛びつきその手から逃れる
そろそろか
窓からウェーレンが飛び降りて少々の時間が過ぎた
これだけ時間が稼げれば十分だろう
そう考えたブギーは突然しがみついていた角を全力で両腕に抱き込み、勢いをつけ引っ張り出した
その途端獣は悲痛な鳴き声をあげ、激しく暴れだす
巨体を壁に何度も叩きつけ、鋭い爪は前方の壁や床などを切り裂き抉る
ブギー「どうしたどうした!折角角を引っこ抜いてやろうってんだ、少しは大人しくしてやがれ!」
ブギーは獣が苦しむ姿を確認すると再び角を強く引く
獣の頭部からミチミチと肉が裂ける音がする
すると突然獣が頭部を壁へと叩きつけ始めた
その衝撃にブギーは驚き咄嗟に角にしがみつく
何度も頭部を壁に叩きつけ傷がつき、その箇所から黒い液体がにじみ出る
その黒い液体はジャックの衣服についていた物と同じように見えた
これに触れたら終わりだな
ブギーはその液体から出来るだけ距離を取る
獣は傷を負い液体が流れるのにも構わず、雄叫びをあげる
そして突然動きを止めた
ブギーはその事を不審に思い様子を見る為に獣の頭上からそっと下を見る
獣はその場で唸り声を上げながら鋭い爪で何度も床を蹴り、その身を微かに屈めた
そこでようやくブギーはある事に気付く
まさかコイツ…
獣は何度か床を蹴ると一気に前方へと走り出した
その勢いは凄まじくブギーも思わず角から手を離しかける程だった
ブギー「おいテメェ!止まりやがれ!!」
そんな言葉を獣は聞くはずもなく全力で狭い通路を駆け抜ける
通路に置かれた置物などは無残に薙ぎ払われていく
宙に舞った鎧の一部がブギーの頭部に直撃しその痛みにたまらず声をあげた
痛む頭を押さえながらブギーがいい加減にしろと怒鳴り散らそうとする
が、ブギーの口は別の言葉を紡いだ
ブギーの視界に映る光景
それは通路の行き止まり
一番奥には道はなく、代わりにあるのは壁だ
ブギー「…まじかよ」
その言葉の直後、獣は速度を落とすことなく壁へと突撃した