欺瞞の薔薇
外へと飛び出したウェーレンは公爵の館へと駆け出した
大きな門は固く閉ざされており、どうにか門をこじ開けようと格子を掴んで激しく揺さぶる
その物音を聞きつけ庭を歩いていた従者が不思議そうに歩み寄ってきた
従者「何か御用でしょうか」
ウェーレン「ここを開けてくれ!中に入りたいんだ!」
従者「申し訳ございませんがそれは出来ません」
ウェーレン「いいから開けろ!!」
そこでウェーレンは口を塞がれた
驚きその手を見ると人型ではなく麻袋で出来た丸みのある手
追いついたブギーがウェーレンの口を押えていたのだ
ブギー「あーコイツ酔ってんだ、迷惑かけちまったなぁ」
そう言ってウェーレンをその場から強引に引きずっていく
従者は2人の姿が見えなくなるまでただ黙って見つめていた
従者の目から逃れたところでブギーは一息つき手を離す
ウェーレンは怒った様子でそんなブギーを睨みつけ声を荒げた
ウェーレン「何するんだいきなり!驚いたじゃないか!」
ブギー「いきなり真正面から体当たりかます奴に言われたかねぇっての!」
ウェーレン「そんな事いっても他にどうすればいいんだ!第一この館のどこにいるかもわからないんだぞ?探している間に何かまずい事にでもなったら」
うるさい
その一言と共にブギーの拳がウェーレンの頭上に落とされる
その痛みにウェーレンはたまらず頭を押さえ黙り込んでしまう
ブギー「場所ならわかってんだよ、俺の話を聞かずに勝手に飛び出しやがって…」
ブツブツと文句を垂れブギーはある方向へと歩き出した
ウェーレンは未だ痛む頭を擦りながらその後に続く
彼が行く方角
それは公爵の館の後方
ウェーレン「何処に行くつもりなんだ?」
ブギー「うるせぇなぁーお前は黙ってついてくりゃいいんだよ」
それか家に戻って大人しく待ってやがれ
その言葉に素直に首を縦に振るわけもなく、ウェーレンはとんでもないとブギーの後ろに続いた
暫くしてブギーが足を止める
視線の先に見えるのは館より少し小さめではあるが立派な建物
その周囲には庭が広がり多くの黒薔薇が見えた
ブギー「この中みてぇだな」
ウェーレン「どうする…このまま一気に突入するのか?」
ブギー「それも悪くはねぇがなぁ~…問題はあの獣が今どこで何してやがるかだ、中に入ったところであのくそでけぇ犬っころに邪魔されちゃ厄介だ」
すると突然硝子が割れる音
二人は音がした方へと顔を向ける
それは突入すべきか悩んでいた建物の中から聞こえたものだった
獣が大きく口を開き、その牙を振るった
牙が触れる瞬間、もがいていたジャックの腕に絡まっていた蔓が千切れる
解放された瞬間ジャックは咄嗟に身体を横へと転がした
勢いをつけていた為そのままベッドから落ちる羽目にはなったものの、獣の牙は誰もいないベッドに深く刺さる
目が見えない状態でどこまで逃げられるのか
そんな不安に駆られたものの今は何があっても逃げなければ
グリアス「何をしているのだ!」
ベッドからなかなか牙を抜き出せないでいる獣へ怒りのこもった声をあげる
するとグリアスはある事に気付いた
床に落ちた自身の影がゆっくりと伸びたのだ
目をこらすとそれは自身の影ではない
自身の影に覆いかぶさる何者かの影
グリアスは慌ててその場から飛び退いた
覆いかぶさっていた影は戻るべき場所であるグリアスの影を見失い、一気に床上を滑り動き出した
激しく頭を振るいようやく牙を引き抜いた獣がベッドを軽々と放り投げジャックへと顔を向ける
ジャックは獣が此方を見ているなど知りもせず物に躓かないよう手を伸ばして探り探りの状態で扉を目指す
するとそんなジャックの手を何かが掴んだ
触れられた瞬間ジャックはその手を思わず引っ込めようとするが、掴む力は強く決して離れる事はない
それどころかその手はジャックの身体を強く引っ張った
グリアス「逃がすな!!!」
その命令に獣が一気に飛び掛かる
鋭い爪が振り下ろされるがジャックは腕を引かれるまま扉を走り抜け、既の所でその攻撃をかわす事となった
ジャックは時折躓きそうになりながらも必死に足を動かす
自分の腕を引くのは一体誰なんだろう
そう思いはするも今はとにかく逃げなければならない
何処の誰かはわからないけど信じてみるしかないか
きっと大丈夫、上手くいく
そんなことを考えていたジャックだったが突然何か柔らかい物にぶつかった
自分の腕を引く誰かが足を止めたのだ
ぶつかった鼻先を軽く擦り、ふと相手の身体に触れてみる
自分よりも大きい、少し柔らかい感触
そしてその手触り
ジャック「…もしかしてブギーか?」
しかし相手は何も答えない
これはどう考えてもブギーのはず
自分よりも大きい袋の身体を持つ存在なんて他に知らない
だがそれならば何故相手は返事をしないのか
もしかして僕の考えが間違っているのかな
そんな風に考えていた矢先、後方から壁が強い衝撃を受け破壊される音がした
それと共に聞こえた獣の唸り声
ジャック「…追いついてきた」
目が見えずともそれが誰なのかくらいわかる
獣、ヴァラカルが追いついたのだ
するとジャックは再び腕を強く引かれる
再び相手が走り出したのだ
何も言わず突然走り出すのはやめてくれないかな!!
そう心の中で文句を言いつつも必死に足を走らせる
獣はその身体にはいささか狭い通路を駆ける
鋭い爪が足を動かす度に床を深く抉り、角を曲がる度に身体がぶつかって壁や置物、挙句窓まで割るといった暴れっぷりだ
ジャックは未だに追いかけてくる獣に意識を向け、どうすべきか考えた
このまま館内をただひたすら逃げ回っていてはキリがない
それどころか持久戦となり此方の方が先に参ってしまうかもしれない
そうなれば捕まって全てお終いだ
まずは外へと逃げ出さなければ
そう考え自身の腕を引く相手をどうにか止めようとジャックは足を止めた
その行動を予測していなかった相手は驚きはするが止まる事なく走ろうとする
しかしジャックはそれを許さなかった
視力を失い傷付いてはいるものの、相手を引き留めるくらいは出来る
ジャックは逆に相手の腕を掴むとその場に全力で踏みとどまった
相手は踏みとどまったジャックを見るや驚いた様子で彼に視線を向ける
ジャック「ブギーじゃないなら誰かはわからないけど、このまま館を逃げ回っていては駄目だ!外へ逃げないと…っ」
そこでジャックの言葉が大きな音に遮られる
獣が壁をぶち破りジャックのすぐ後ろに姿を現したのだ
獣独特の匂いと唸り声を近距離に感じ、ジャックはその場に振り返る
そして大きな手が振り上げられ鋭くむき出しの爪がジャックの頭部を狙った
しかし一向にその爪が振り下ろされる事はない
ジャックも何も起きない事を不思議に思った
ブギー「こんの…っ大人しくしやがれ犬っころがぁ!」
ウェーレン「馬鹿力すぎる…っ!」
その聞き覚えのある声にジャックは思わず声をあげた
ジャック「え、ブギーにウェーレン!?え、と…じゃあこれは…」
そういって自身の腕を掴む相手の方に顔を向ける
勿論目が見えないので相手が誰かなどわかるわけはなかった
ブギー「おい!いいから早く行けっての!いつまでも押さえてらんねぇからなっ!!」
ウェーレン「早くジャックを連れて行ってくれ…っ!」
ブギーとウェーレンに身体を引かれ獣はその場で暴れだした
後方にいる二人へ爪を振り下ろそうとするが獣がいる通路は狭くうまく腕を回す事が出来ない
すると突然ジャックの身体が宙に浮いた
自分が今どのような状態なのか理解できずジャックは困惑する
ジャックは腕を引く相手に軽々と担がれていた
そしてジャックを担いだ状態のその人物は近くにあった窓を開き下を覗き込む
そこは3階
しかしその人物はその高さを特に気にする事無く窓枠に足をかけ
ジャックを担いだまま一気に身を投げた