欺瞞の薔薇





翌日

陽が昇り街が朝を迎えた

住人達はまだ眠りについている者が多く、街中を行き交う人影もほとんど見えない

そんな中、広場の中心に設置されている噴水の縁に腰掛ける一人の人物の姿

それはジャックだった

細く長い足を華麗に組み替え、少々待ちくたびれた様子で街の門を見つめている


ジャック「……まだかな」


彼が待っている人物
それは勿論ブギーだ
早朝に待ち合わせるよう告げていたはずだが、ブギーは未だに姿を見せない


ジャック「まさかまだ寝てるんじゃないだろうな…」


もしそうならばこのまま待ちぼうけをくらう事となってしまう
そう考えたジャックは仕方ないと腰を上げた


ブギー「…おー…まじでいやがった」


そこでふと聞こえた小さな声
顔を上げると眠たげな様子で此方へと歩いてくるブギーの姿

ジャックはようやくかと腰に手を当てブギーを睨みつける


ジャック「遅いじゃないか、どうせ寝てるだろうと思って起こしに行くところだったんだぞ」
ブギー「…そう思ったから来たんだろうが…あーねむてぇ…」


そう言って口を大きく開き盛大に欠伸を漏らす
そんなブギーの様子にジャックは溜息を吐き、門の方へと向かう


ジャック「ほら、早く行くぞ」
ブギー「まじで俺が同伴かよ…ってまさか徒歩で行く気か?」
ジャック「途中まではね、墓場を抜けた先で迎えが待ってるらしいから」
ブギー「迎えねぇ…流石貴族様ってか?」


ブギーは皮肉めいた口調で呟きジャックのやや後方に続く


ブギーは元々貴族、所謂上流階級と呼ばれる者をあまり好いてはいなかった
何かと金に物を言わせ威張り散らす輩といった印象がどうしても拭えずにいるのだ
勿論全員がそうとは思ってはいない
中にはいい者もいるだろう
しかし実際に接触する機会があった者達は全て彼の印象そのものと言える輩であった為、ブギーの貴族に対する印象は悪化する一方であった


ジャックはそんなブギーの考えを否定はしていない
立場上どうしてもそのような連中と接する機会がある彼もまた、ブギーの印象通りの者が少なからずいると知っているからだ

そしてそういった連中は必ず裏の顔がある事も勿論知っている

表向きには王である自分へ礼節をわきまえ接しはするものの、腹の中ではまだ若いといえる自身を気に食わないと考える者もいるのが事実だ

そのくせ反抗しても敵わないと理解しているので、歯向かいはせずただひたすらご機嫌を伺いこびへつらう
ジャックはそういう連中が嫌いだった



ジャック「そういう事を貴族連中の前では言うなよ?面倒な事になるから」
ブギー「頼まれても言わねぇよ、妙な厄介ごとはごめんだ」


そうは言うがジャックは少々不安げな表情を浮かべていた
彼らに余計な事を言わずとも対面した際に彼らから何か言われればブギーは黙ってはいないだろう
もしかしたら人選を間違えたかもしれない
そう思いはしたが今更同伴相手を変えるなど時間的に無理な話だ

とにかく何事もなければいいけど

そう考えながら2人は門を抜け墓場を歩んでいった










墓場を抜け開けた場所に出ると、そこには一台の馬車が停められていた
木製の黒を主体に銀の縁取りが施されたキャリッジ
前方には立派な体躯を持つ黒色の馬が二頭

その馬車の傍に立っていた一人の男性がジャック達に気付くと軽く一礼をする


御者「ジャック・スケリントン様、お待ちしておりました…さぁ、どうぞお乗りくださいませ」


そう言って扉を開き緩やかな動きで中へと招き入れる仕草に2人は顔を見合わせ馬車へと乗り込む事となった

内部はやはり黒が基調となってはいるもののその中で血のように赤いベロア生地がよく映える
2人が腰かけたのを確認すると御者は手綱を掴み馬をゆっくりと走らせた


ブギー「相変わらず黒黒黒…」
ジャック「ありとあらゆる物を全て染めるくらい黒色を好んでるんだね、彼は」


二人のいう人物は勿論今回パーティーへ彼らを招待したグリアス公爵の事だ
彼は自身の衣服や身の回りの物、館などありとあらゆる物を黒一色に染め上げるといった黒という色に対して異様な執着を持っていた

そんな彼の事を考えてジャックは溜息を洩らす


ブギー「なーに溜息なんかついてんだ」
ジャック「いや…やっぱり行きたくないなぁって」
ブギー「はぁ?今更それを言うのか?」


ジャックはグリアス公爵の事を快くは思っていなかった
彼は他の貴族と違い此方へこびへつらうような真似はしない
何度か他の者が主催するパーティーで接する事があった為それはわかっている
だがその代わりにグリアス公爵には他と違う印象を覚えたのだ

此方を見る視線
その視線にジャックは異様な雰囲気を感じていた
それはまるで此方を射殺すかのような鋭さを持つものと感じ取れる事もあれば、愛でるかのような熱いもの等とその時々で大きく違いがあった

そういった輩の感情を読む事に慣れていたジャックでも唯一彼だけは謎だらけだった

そんなよくわからない異様な相手からの招待ともなれば拒みたくなるのも当然ともいえる


ブギー「お前でも苦手な奴とかいるんだな」
ジャック「当たり前だろ?…彼は本当に謎だらけだよ、だから会ってもどう対応すればいいかわからなくなるんだ」


二人が語り合うその間も馬車はゆっくりと目的地である漆黒の森へと向かう

微かに揺れる馬車の中でジャックは憂鬱な表情を浮かべ窓から見えるその景色をただ眺めていた
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