欺瞞の薔薇
ブギーとウェーレンは慌てて来た道を戻る
その先にはジャックがいたはず
嫌な予感に駆られた二人は彼がいるその場所下りるなりその場の光景に驚きの表情を浮かべる事となる
その場にはあの日、森の中で見た獣の姿
それが今自分たちの目の前に再び姿を現したのだ
そして獣の足元にジャックの姿を見つける
目が見えない状態である為、襲撃されても抵抗出来なかったのだろう
獣の足に背を踏まれ、もがこうにも身動きが取れない状態だった
ウェーレン「ジャック!」
ブギー「早速めんどくせぇ事になってやがる…」
すると何処からか男の声が笑い声が聞こえた
獣の肩に何者かの姿
「やれやれ、ようやく見つけましたよ…」
そこにいたのはグリアスだった
彼は獣の肩から優雅に舞い降りると獣の手に押さえつけられたジャックの傍へと歩み寄る
グリアス「王よ…酷く心配しましたよ」
ジャック「その、声…グリアス公爵…?」
聞き覚えのある声にジャックは思わず顔をあげる
そんなジャックの言葉にグリアスは目を大きく見開くが、すぐにその目は細められ彼の口元は緩やかな弧を描いた
グリアス「目が見えないようですな、これはよろしくない……さぁ、私の館へ戻りましょう、そこで治療を」
その言葉と共にジャックに触れようとしたグリアスだったが何かが投げられた事に気付きその場から軽く後方へ飛び退く
グリアスが立っていた地面へと刺さったのは一本のナイフ
それを投げたのはウェーレンだった
ウェーレン「ジャックを離してもらうぞ」
グリアス「住民風情が公爵である私に危害を加えようとは…なんとも愚かな事だ」
ウェーレン「いいからそこから離れろ、その獣もだ!」
ウェーレンは腰に取り付けていたナイフをもう一本手に取り声をあげる
するとグリアスは何がおかしいのか肩を震わせ笑い出した
その笑い声にウェーレンは苛立ちを露にする
するとグリアスの笑い声がピタリと止み、その顔がブギーとウェーレンへと向けられた
その顔には何の感情も見出す事が出来ず、白い眼が不気味に見開かれ2人を凝視する
グリアス「いい加減にしろ」
低い囁き声と共にグリアスが軽く指を鳴らす
するとそれを合図とし獣、ヴァラカルがジャックを押さえつける手に体重をかけ始めた
大きな体を持つ獣だ
その体重は明らかに重い
徐々に重さがかかりジャックはたまらず声をあげた
その骨の身体からはミシミシと音が鳴り、ジャックのもがく指の骨が地面を抉る
グリアス「さて、今のこの状況…果たしてどちらが不利か……愚かなお前達でも流石にわかるだろう?」
グリアスは笑みを浮かべ地面へと刺さったままのナイフを手に取る
その刃先を指で弄ぶかのようになぞり二人を見る
グリアス「出来る事ならこれ以上彼に辛い思いはさせたくはない、だが…お前達が邪魔をするのなら多少傷付くのも仕方のない事だろう」
ウェーレンはナイフを持つ手に力をこめる
このままグリアスに襲い掛かるのは簡単だ
しかし彼に攻撃をしかけたと同時に獣がジャックの身体を踏みつぶしてしまうかもしれない
どうすればいい
すると今まで黙り込んでいたブギーが突然口を開いた
ウェーレンはその言葉に思わず言葉を失う
ブギー「わかった、お前の目的はそいつだろ、さっさと連れていけ」
ウェーレン「おい、何言って…っ」
グリアス「……………何を企んでいる」
ブギーの言葉をグリアスも信じてはいなかった
元は敵対していた間柄とはいえ、今回ジャック本人が直々に同伴へと誘い連れてきた相手だ
何か裏がある
そう考えるのは当たり前の事だった
ブギー「何も企んじゃいねぇよ、そんなくそでけぇ獣に暴れられちゃ俺もたまったもんじゃねぇ…お前はジャックを連れて帰りたいんだろ?ならさっさと連れていきな」
ウェーレン「ブギー!!」
ウェーレンはブギーの胸倉を掴み声を荒げる
ブギーはそれを気にせずグリアスに早く行けと急かすかのように手を振る
グリアスは未だにブギーを信用していない様子ではあったが苦しみもがくジャックを一度見下ろすと獣の腕を軽く叩いた
すると獣はジャックの上からゆっくりとその巨体を退かせ、その骨の身体を軽々と掴み上げた
ウェーレン「ま、待て…っ!」
ウェーレンはそれに気付くなり獣へと向かおうとした
しかしその動きはすぐに止められる
ブギーがウェーレンの腕を掴んでいたのだ
その力を強くどれだけ腕を振るおうともその手が離れる事はない
グリアスが獣の背に飛び乗る
すると獣の背から大きな翼が生えその場で羽ばたかせる
強烈な風が舞い上がりブギー達はその風に押されまいとその場で何とか踏みとどまる
グリアス「貴様を信用したわけではないが…まぁいいだろう、賢い選択をしたと褒めてやる」
グリアスはその言葉を残し獣の首元を軽く叩いた
獣は更に高く舞い上がり翼を再度羽ばたかせると速度をつけその場から飛び去った
その場に残されたウェーレンは手に持っていたナイフを落とす
ウェーレン「……ブギー、なんで止めた!」
その言葉と共にブギーへと殴りかかる
振るわれた拳は簡単に受け止められるがブギーはそんな彼に対し一切やり返す事はない
ウェーレン「なんで連れて行かせた!ジャックがどうなってもいいのか!?」
ブギー「うるせぇなぁ…少し落ち着けって」
あまりにも近距離で怒鳴られ煩いと顔を顰める
そしてウェーレンの額を袋の手先で軽く引っ叩いた
ウェーレン「いっだ!」
ブギー「まぁそう熱くなるなって、俺には俺の考えってもんがあんだよ」
力の強いブギー
その彼に手加減されてはいるものの額を引っ叩かれその痛みに思わず自身の額を押さえる
そして同時に聞こえた言葉
考えがある?
ウェーレン「考えって…何かいい案でもあるのか?」
ブギー「あの状況で戦ったところでこっちが不利だろうが、なら一先ずは相手の望む事を叶えて油断させてやるんだ」
ウェーレン「油断させる?」
ブギー「まぁ俺の言う事だしな、完全に信用はしていないだろうが…目的のジャックを捕まえて連れて行ったんだ、あの野郎も館に戻っちまえば多少なりとも油断する」
そしてそれがグリアスの最大のミスとなる
ウェーレンは驚きのあまり声が出なかった
あの短時間で彼がそんな事を考えついていたとは思わなかった
どうやら力だけが自慢ではないようだ
そんな少し失礼な事を考えながらウェーレンは足元へと落としたナイフを拾い上げる
ウェーレン「つまりその油断に生じて侵入しジャックを奪還しさらに獣も倒すのか?」
ブギー「流石にそれを全部まとめてやるってのは無理があるがなーまぁまずはあの野郎が何を企んでいるのか詳しく知るところから始めねぇといけねぇ」
ウェーレン「…ちょっと待ってくれ、その考えには賛成だが、どうやって館の内情を知るつもりだ?俺達は顔が割れてるし館に近付けばすぐにばれるぞ」
するとブギーがにやりと笑みを浮かべる
その笑いの意味をウェーレンは勿論わかるわけもなく、首を傾げるのみだった