欺瞞の薔薇




暫く歩きブギーが急に足を止めた
そんな彼に気付かずジャックはそのまま前へと歩みを進め、ブギーの背中に顔面をぶつけようやく立ち止まる


ジャック「止まるなら止まるって言ってほしいんだけど」
ブギー「それくらい感でなんとかしろ、それより到着だ」


そう言ってジャックの腕を引き前へと押し出す
その手に引かれるまま前へ歩み出たジャックだったが今の彼は目が見えない
自分の前に誰がいるのかなどわかるわけがなかった


ウェーレン「ジャック!」


その声は前方から聞こえ、同時に自分の前へと誰かが駆け寄ってくるのがわかる
自身の骨の手に大きな手が添えられ、優しく包まれる


ジャック「…ウェーレン?」
ウェーレン「よかった、心配してたんだぞ…調子が悪いのに勝手に無茶をして…っ」
ジャック「えっと…ご、ごめんよ」
ウェーレン「全く…何処か怪我とかしてないか?」


ジャックは正直に答えるべきか一瞬躊躇した
ウェーレンはなかなかに心配性な男だ
もしも目が見えなくなったと知れば…

けれどいつまでも隠しおおせるものではない

すると二人の会話を聞いていたブギーが突然ジャックの肩に手を置きその身体を引いた

突然の事にバランスを崩しジャックは後ろへと倒れかける
しかしその身体は地面に倒れる事はなかった
ジャックの腕をウェーレンが掴んでいたのだ


ウェーレン「ブギー、いきなり危ないじゃないか!」
ブギー「いつものジャックならあれくらいでよろけたりなんかしねぇだろうなー」


ブギーの言葉を聞いて確かにその通りかもと考えウェーレンはジャックへと視線を向けた
目の前に立ち真っ直ぐその顔を見つめる
しかしジャックはキョロキョロと違う方向へと顔を向け此方を見ようとしない


ウェーレン「ブギー…何があったのか話してくれないか?」
ブギー「黒服連中を一人で相手してまんまと捕まって結果目が見えなくなりましたーってとこだ」
ジャック「ブギーっ!」


彼の言葉にジャックが慌てて声をあげる
しかしそんな彼の怒声など一切気にする事なくブギーは何も聞こえませんと自身の耳元を両手で塞いでそっぽ向く


ウェーレン「ジャック…目が見えないって本当なのか?」


声がすぐ間近から聞こえる
自分の目の前にウェーレンが立っているのがわかり、ジャックは暫しの間をあけようやく素直に頷いて見せた
それと同時にウェーレンの重い溜息が聞こえる


ウェーレン「まずいな…かなり進行している証拠じゃないか」
ブギー「そういやぁジャックの肩は見たんだろ、どうだったんだ?」
ウェーレン「壊死病…昔この街に萬栄していた病気だ、表皮が黒く染まり発熱や視力の低下、治癒能力の低下が起き…身体の組織が破壊されていく」
ブギー「…つまり、コイツはかなり進行した状態にあるって事かよ」


二人の会話を聞きジャックは必死に大きな眼窩を瞬かせる
しかしそんな事をしても視力が戻るわけもない


ブギー「で、勿論治療法はあるんだろうな?」
ウェーレン「それを聞こうとした矢先にあの黒服連中に襲われたんだ…でもこれでようやくエント達から話が聞けそうだ」


そう言ってウェーレンはジャックの手を掴む
目が見えないという彼が躓かないようにというウェーレンなりの配慮だった
しかしそこでブギーが待ったの声をかける


ブギー「話を聞くだけだろ?ならそいつはそこら辺に座らせてろ」
ウェーレン「でもジャックも話を聞いた方が…」


ブギーはウェーレンに顔を近付けると何やらジャックに聞こえないよう語り掛けている
二人が何をしているのか、勿論見る事の出来ないジャックは気になって仕方がない様子


ウェーレン「ジャック、折角治療したのにまた骨を痛めたのか?」
ジャック「別に好きでこうなったわけじゃないんだけどね」
ウェーレン「はぁ…ジャックはここに座って待っててくれ、話は俺達が聞いてくるから」


そう言ってジャックの手を引き近くの岩の上へ座らせる


ジャック「別に僕は平気なのに」
ブギー「平気だぁ?歩く度に傷にひびく骨が痛いって文句垂れまくってたのはどこの誰だったっけなぁ~」
ジャック「ブギー…目が見えるようになったら覚えてろよ」


両者が些細な言い合いを始めたところでウェーレンが間に入り2人を制止する
そしてブギーの背を押しエント達の元へ向かうべく歩き出した
ブギーの文句と2人の足音が遠ざかっていきやがて風の音のみが聞こえる
ジャックは今1人だと理解すると岩に腰掛けたまま見えないはずの空を見上げた












ブギー「だから押すなっての!」
ウェーレン「こうでもしないとあのまま言い合いになってただろ?…心配なのはわかるがあれじゃ相手にその気持ちは伝わらない」
ブギー「はぁ…だから言っただろうが、俺はアイツの事なんか心配しちゃいねぇって!」


するとウェーレンは目を細め何処か意地の悪い笑みを浮かべた


ウェーレン「そうか?なら、どうしてジャックの元へ戻って来たんだ?」
ブギー「んなもん単なる暇つぶしだ」
ウェーレン「わざわざ街から離れたこんな山頂へ?俺達がいると知っていながら?」
ブギー「そこまでにしとかねぇとはっ倒すぞ」


そんな会話をしていた二人だったがふと足を止める
前方にはとても大きな樹木、エント達がいた


ブギー「エントか、実物を見るのは初めてだがまだいたんだな」
エント『戻ったか…一時はどうなる事かと思ったが、彼は無事か?』
ウェーレン「ええ、さぁエント…彼の為に治療法を教えてください」
エント『それは………』


エント達は揃って口ごもる
それほど言いにくいような内容なのだろうか
ウェーレンはエント達が口を開くのを待った

しかしその静寂を切り裂く程の声
その声量にエント達だけでなくウェーレンも驚き視線を向けた
それはブギーの怒声だった


ブギー「あのなぁ…俺は長々と待つのが大嫌いなんだよ!さっさとテメェらが知ってる治療法ってのを言いやがれ!」
ウェーレン「ブ、ブギー!失礼じゃないか!」
ブギー「失礼だ?じゃあ何か、こいつらが口を開くのをただ黙って待ってろってのか?それが数時間、一日かかっても待つのかよお前は」
ウェーレン「それは流石に待てないけど…」


ブギーはエント達の前へ立つと自分より遥かに大きな相手を睨みつけた


ブギー「知ってるってんなら勿体ぶってねぇでさっさと吐いちまいな!」
エント『………彼はヴァラカルに噛まれ感染したと言っていた、ならば治療法は1つ…ヴァラカルを仕留めるのだ』
ブギー「…ヴァラカルってなんだ??」
ウェーレン「ヴァラカルは森でジャックを襲ってた獣の事だ、錐輝石から生まれる本来エント達の使いとなる神聖な生物らしい」


神聖な生物
その言葉を聞きブギーは初めて森で会った時の姿を思い浮かべる
お世辞にも神聖な生物などとは思えない獰猛な獣の姿


ブギー「…あれがか?何かの間違いだろ」
ウェーレン「…俺もそう考えたが、あれがそのヴァラカルだそうだ」
ブギー「まぁなんだ、要するにあの獣を仕留めれば全て解決ってわけか」


治療法と言われるからには何か特殊な材料を貯号せねばならない等手間のかかる事だと思っていたブギーは安堵した

獣を倒せばいいだけ

しかしそれも勿論簡単な事というわけではないのに、ウェーレンはそう思いながら溜息を吐いた


エント『…随分と簡単に言うのだな』
ブギー「あ?どう考えても簡単、つーか単純な話じゃねぇか…獣をぶっ潰せば解決ってな」
エント『よくお聞きなさい…これは今まで一度も起こりえなかった状況なのです、あまり油断はしないように…』


エント達は何やら不安そうに口を開く
ブギーもその様子に違和感を覚えたのかエント達を見上げ声をかける


ブギー「そのヴァラカルだったか?今までは大人しい犬っころだったってのか?」
エント『ヴァラカルは死に絶える時、新たな蕾を樹木へと植え付ける、そしてそこから我々の使いとなる新たなヴァラカルが生まれるのです』
エント『ヴァラカルは元来大人しくて人懐こい性格なんだ、そんなヴァラカルが人を襲うだなんて…これはきっと何者かが関わっているんだよ、そうに違いない!』
エント『証拠もないのにそのような事を言ってはいけませんよ?』


エント達が互いに言葉を交わす中、ブギーは頭を軽く掻き皆が静まり返るのを待った
しかし彼らの会話は途切れるどころかますます熱を帯びていく

もうこいつら無視していっていいか




その時
何かが羽ばたく音とけたたましい雄叫びが聞こえた

ブギーとウェーレンは互いに顔を見合ってその音がする方へと走り出した
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