欺瞞の薔薇
ジャックは咄嗟にウェーレンの身体を突き飛ばした
突然の事にバランスを崩しウェーレンはその場に尻もちをつく形となる
打ち付けた尻を押さえ見上げるとそこには黒服の腕を掴み押さえつけるジャックの姿があった
ジャック「少し、乱暴過ぎやしないか…っ?」
黒服の男は動じる事無く腕を押さえるジャックに視線を向ける
腕を押さえる彼の手は微かに震えている
それは勿論恐怖からではない
薬草の効果で多少ましとはいえ、あまり無理の利くような体ではない
そしてジャックの全身を見て事を理解した黒服は押さえられている腕を振るう
その腕はジャックの手から簡単に解放され、同時に素早く両腕を伸ばした
伸ばされた両の手がそれぞれジャックの右腕、左肩を掴み上げた
黒服の指に力が籠められジャックの骨を締め付ける
左肩を掴む指が先程エントに刺された箇所へ深くねじ込まれる
その痛みにジャックはたまらず悲痛の声をあげ、黒服の手から逃れようともがく
「どうやら怪我を負われているようですね…館へと戻り是非治療を」
ジャック「っ…だか、ら…下がれって言っただろ…っ!」
ジャックは拳を握りしめると自身の身体を掴む黒服の手を下から弾きあげた
突然の打ち上げに黒服の手はいとも簡単に離れた
それを見てジャックが身を翻すと長い足がその動きに合わせて宙に円を描き黒服へと振るわれた
そのスピードの乗った鋭い蹴りは黒服の側頭部を抉るよう繰り出され、攻撃をまともに受けた黒服はよろけ後方へと数歩下がる
距離を置く黒服に警戒しながらジャックは身構える
ウェーレンが身を起こしそんな彼の横へとついた
ウェーレン「まさかいきなり突き飛ばされるとは思わなかった…」
ジャック「あのまま串刺しになるよりはましなんじゃないかな」
ウェーレン「まぁ確かに」
そう告げたウェーレンはふとある事に気付いた
ジャックの左肩に衣服越しに黒い液体が滲んでいる
先程の黒服に掴まれた際に更に傷を深めたのだろうか
その表情を見ると痛みがあるのか表情を歪め呼吸が荒い
まずい状況だ…
目の前には戦闘慣れしているであろう黒服達
ジャックの蹴りをまともに受けた黒服も今は何事もなかったかのように立っている
後方へ視線を向けると戦う術を持たないエント達が傍観している状態
戦えるのは自身と弱っているジャックの二人のみ
自分が護らなければ
護れなくとも自分が囮となってでも彼は逃がさなければならない
そう考えウェーレンはジャックの前へと立つ
「随分と強情な方だ…仕方ありません」
黒服がそう告げると後方に控えていた黒服達が前へと出る
「王を確保せよ、但しなるべく手荒な真似はしないよう…男は殺しても構わない」
その言葉と共に黒服達が素早く走り出した
彼らの手には鋭い爪
その爪で引き裂かれぬようウェーレンは自慢の怪力に物言わせ黒服二人の頭を掴んで互いの頭部を激しく打ち付けた
その衝撃に目を回す2人の黒服の背後からもう一人の黒服が飛び掛かる
素早く腕を振るい爪撃をウェーレン目掛けて繰り出した
ウェーレンは慌てて足を動かしなんとかすれすれといったところでその爪撃を交わし、隙をついて黒服の腕を掴みそのまま腹部へと重い蹴りを繰り出す
蹴りの衝撃に黒服の身体は飛び、目を回す他の黒服達へとぶつかって共に倒れ込む
しかしその黒服達も何事もなかったかのようにすぐさま立ち上がりウェーレンは戸惑い後退ってしまう
ウェーレン「こいつら痛覚ってもんはないのかよ…っ」
ジャック「………」
ジャックはウェーレンの言葉に答えない
彼は今ある事を考えていた
今この場で黒服連中と戦えば明らかに此方が不利だという事がわかる
相手は痛覚を遮断でもしているのか物理攻撃が全く通用していない様子
それならば
ジャックは突然黒服達に向け走りだした
黒服達は迫りくるジャックを捕まえようと腕を伸ばすも彼はその腕をすれすれでかわし、羽交い絞めにしようとする腕から飛び退いてと華麗にすり抜ける
ジャック「あれ、どうしたんだい?そんなどんくさい動きじゃ捕まえられないけど……あぁ!君達は僕より鈍いからしょうがないか」
ジャックが皮肉めいた言葉を黒服達へ向け放つ
すると感情がないかのようだった黒服達が微かにだが苛立つのを感じた
上手くいくかもしれない
そう考えジャックは黒服達へ軽く手を振りそのまま走り去る
「っ…何をしている、追うんだ!!」
1人の黒服の怒声に他の黒服達がジャックを追い走り出した
その場に残されたウェーレンは何が起きたのかわからず暫く立ち尽くしていた
山を駆け下りながらジャックは時折背後に目をやる
黒服達が此方を追ってきている
こんなに上手くいくとは思わなかったな
ジャックが思い付いた案
それはまず自身が囮となってあの場から黒服達を離す事だった
物理攻撃が効かない相手ならば魔法を使えばいい
しかしあの場所ではそれも出来なかった
周囲は植物に囲まれあの場には身動きの取れないエント達がいる
そんな場所でむやみに魔法でも使おうものなら大惨事となる可能性があった
しかし
走りながらジャックはふと苦笑した
まさか僕がブギーの真似をするだなんて
本人が知れば俺はそんななまっちょろくねぇぞ!なんて言って怒るだろうなぁ
そんな事を考えながらジャックはようやく開けた場所へと辿り着く
走り続けた事で固定していた骨折が悪化でもしたのか、骨がどこもかしこも酷く痛む
「随分とお疲れのようですね」
振り返ると黒服達が並び此方を見つめていた
ジャックは深く呼吸して息を整えると真っ直ぐ立ち彼らと対峙する
「諦めて館へお越しください、我々は貴方を傷つけたくはありません」
ジャック「人の傷を抉っておいて傷つけたくはありません?言葉が矛盾してるんじゃないかな」
黒服が歩み寄る
ジャックはその場から動かないまま
「さぁ、我々と共に参りましょう」
そう告げ黒服の手がジャックの右肩へと置かれる
するとジャックはその手を素早く掴んだ
しかしそれ以上何をするでもなく無言で掴んだだけ
そしてジャックの口元がゆっくりと弧を描いた
それを不思議そうに見ていた黒服だったが突然自身の手に焼けるような痛みを感じた
視線を移すと自身の手が燃えている
自身の手だけではない
それを掴むジャックの手も炎に包まれていた
「う、うわあああああっ!」
黒服はたまらず悲鳴をあげ炎をかき消そうと必死にその腕を振るう
なんとかその炎を消し黒く焦げた腕をきつく押さえる
それを見てジャックは確信した
やはり彼らは魔法には弱い
ジャック「最後にもう一度だけ言う…今すぐここから立ち去るなら見逃すけど、どうかな」
しかし黒服達は引くつもりはないらしくジャックに向け身構える
ジャック「…なら仕方ない」
ジャックがそう呟くと骨の指先から肘までが炎に包まれる
真っ赤な炎は続けてつま先から頭部までを包み込む
その炎の中に浮かぶ顔
白く丸い髑髏ではなく丸みのあるカボチャ頭
炎に包まれたジャックの姿は骨の身体ではない、まさにパンプキンキングの姿へと変わっていた
身を包む炎が消えるとジャックはカカシの手を黒服達の方へ向ける
その掌に赤い炎が音をたて現れる
ジャックは首を傾げ黒服達を見据え、挑発するかのように指先を動かした