欺瞞の薔薇
ジャック「驚いた…君達はもしかしてエントかい?」
エント『その通り、我々はエント…ようこそ我が庭へ』
エント
大樹の身体をした種族で普段は普通の植物として生きてはいるが行動する際にはその身体を人の手のように用いる事が出来る
彼らは知性が高くまたその寿命の長さも計り知れない
周辺の植物を束ね守る森の守護者ともいわれる連中だ
なるほど、此方から出向かなければ会えないわけだ
ジャックはその事に納得しエント達を見上げた
ジャック「君達が僕の傷の治療法を知っているかもしれないと聞いてきたんだけど…わかるかい?」
エント『まずはその傷を見てみるとしましょう、さぁ私の前へ』
右隣に立つエントは女性の声でジャックへ語り掛ける
言われるままジャックはエントの前に立つ
すると木の根の隙間から触手のような細い枝が何本も伸び、ジャックの身体へと触れる
枝は服の上から全身を撫で、ある個所で止まる
それは左肩
枝は服の隙間から中へと差し込まれ左肩の骨を割れ物を扱うかのように慎重に撫でていく
エント『まぁ…なんという事でしょう』
ジャック「え」
エントの言葉にジャックは戸惑う
もしかして命に関わるような危険な状態なのだろうか
少し離れてその様子を伺っていたウェーレンも心配そうな表情を浮かべる
エント『ごめんなさい、少し痛いかもしれないけれど我慢して』
エントはそう告げるとジャックの返事も待たずに枝を黒く染まった骨に深く刺した
軟膏が塗られ固まっていた箇所だったが枝が刺された事でひび割れ鋭い痛みが襲う
エントが枝を素早く抜き取るとジャックの身体がぐらついた
ウェーレンが慌てて駆け寄りその身体を支える
ジャック「っ…い、いきなりすぎませんか…っ!?」
せめて返事くらい聞いてからにしてくれ!
そう告げながら刺された左肩を押さえる
エントは差し込んでいた枝を手繰り寄せるとその先端を見つめた
何やら黒い液体がこびりついている
それを見た残るエント達も驚いているようだ
エント『ねぇそれってやっぱり…』
エント『間違いないだろう』
エント『ええ………ごめんなさい、さぞ痛かったことでしょう』
ジャック「痛かったのは確かですけど…それより、何かわかりましたか?」
ジャックがそう問うと中心にそびえるエントが口を開いた
エント『壊死病というものを知っているだろうか』
ウェーレン「確か昔この街で萬栄してた病名…だったような」
遥か昔、この街では今と変わらず錐輝石の採取や黒色樹木の伐採が盛んに行われていた
そんな街に萬栄していた病、それは壊死病だ
当時は今よりも技術力が優れてはおらず、黒色樹木を加工する際にある気体が発生していた
それは黒色樹木を溶かす際に発生するもの
黒色樹木は溶かす事で加工が可能となるが、溶かすと毒性を発するという欠点があった
その毒に侵される事で壊死病にかかるのだ
今は技術も発達し毒性を押さえる事に成功しているものの、当時は為す術がなく住民達の多くが被害を受けていた
エント『壊死病は表皮を蝕み組織を破壊していく恐ろしい病、近年はほとんど見られないものだが…』
ジャック「それは進行するとどのような…」
エント『発熱や視力の低下、治癒能力も格段に落ち進行が進めば体感が鈍り自分では立てなくなる…皮膚が黒く染まってゆきそれで進行がどれほど進んでいるかは判断できるが』
そういえば浴槽で倒れた時自分で立ち上がる事も出来なかった
肩に視線を向けると先日よりもますます広がっている黒
ジャック「…それはどうすれば治療できるのでしょうか」
エント『…その前に一つ聞かせてほしいのだが、君はどこでその病気を発症したのか……いや、それは普通の発症ではないな』
エント『そうですね、聞いたところによると骨が黒く染まりだしてまだ三日も経っていないといいますし…通常ならあり得ない速度で進行しています』
エント『本来の壊死病はね、数か月かけてようやく歩けなくなったりするところまで感染するものなんだ…君のはちょっと、特殊かもしれないよ?』
エント達の言葉を聞きジャックは考え込む
通常とは違う感染と言われても…
そこである事を思い出す
ジャック「そういえば大きな獣に襲われて、噛まれた直後から骨が黒くなっていったような気がするんだけど…けどあの時の僕は意識が曖昧だったし…」
エント『ふむ、獣とはどのような』
ジャック「とても大きな獣です、狼のような顔をして両手にそれぞれ武器を携えた…僕の炎も全く効かなかった」
するとエント達が何やらざわつきだした
獣の事を何か知っているのか各々が困惑の色を浮かべている
エント『それはヴァラカルという獣だ、本来錐輝石から生まれ落ち森を守る我々の使いとされる神聖な生物…しかし妙だ、本当にヴァラカルがやったのか…?』
エント『彼の勘違いという事はないかしら…意識が曖昧だったと言っていたもの』
ウェーレン「待ってください!」
そこで今まで黙って話を聞いていたウェーレンがいよいよ声をあげた
ウェーレン「その獣なら俺も見た…間違いなくジャックを襲ったのはその獣で間違いない!」
エント『なんという事でしょう、まさかヴァラカルが…』
ウェーレンの言葉を聞きエント達は悲し気な表情を浮かべていた
森を守る己の使いである神聖な生き物
そのヴァラカルが他者を襲い毒で犯したのだ
ウェーレン「頼む、教えてくれ…ジャックの病はどうすれば治るんだ!」
エント『……それは…』
そこでエント達の言葉が止まる
同時にジャックとウェーレンも何かの気配を感じて振り返った
そこには此方を見据え並び立つ黒服の男達
その見覚えのない連中に2人は顔を見合わせる
ジャック「君の知り合いかい?」
ウェーレン「いや、そっちの知り合いじゃないのか?」
とりあえずは互いの知らない相手とわかり2人は黒服達を見る
彼らの中央に立っていたリーダーらしき背の高い男が一歩前へと出る
「お迎えに上がりました、ジャック・スケリントン様」
ジャック「迎えを呼んだ覚えはないんだけど」
「グリアス公爵が大変ご心配されておりました、さぁ…我々が館へとお連れ致します」
男が感情のない声をあげジャックへと腕を伸ばす
するとウェーレンがその腕を素早く叩き落とした
男は動揺することなく叩き落とされた手を軽く振るってウェーレンに顔を向ける
ウェーレン「誰かと思えば公爵の飼い犬か…ジャックはここに用があって来たんだ、俺が連れて帰るからお前らもさっさと帰れ」
ジャック「…用が済めば公爵の元に顔を出す、だから君達はこのまま大人しく引き下がってくれないか?」
二人の言葉に男は何も答えない
静かに腕をあげた
それを合図に後方に並ぶ黒服達が両腕を軽く振るった
彼らの両手には爪
鋭い爪が装備されていた
ジャック達の前に立つリーダー格である男も両腕を素早く振るう
彼の手にもまた鋭く尖った爪が装着されていた
「公爵の命令は絶対です、それを邪魔するのならば…排除します」
男はそう告げると地を蹴りウェーレン目掛けその鋭い爪を突き立てた