欺瞞の薔薇




ジャックとウェーレンは古株の元へと向かうべく、森の中へと足を踏み入れていた

最初は昨夜訪れた場所とさほど大きな変化はないように思えた
しかし暫く進んだところでジャックはその考えを改める事となる

樹木の他に深い茂みが増え、足元を見ればゴロゴロと石が転がりどうにも歩きにくい
そしてジャックはある事を感じていた
どうも道に傾斜が強まってきている気がする

前方へ目を凝らすと遥か遠くに山のような盛り上がった場所がある事に気付いた
そこでジャックは嫌な予感にかられる


ジャック「ウェーレン、君の言う古株ってもしかして山の頂上にでもいるのかい?」


次第に傾斜がきつくなっている事を感じながらもジャックは恐る恐る問いかけた
どうか思い違いであってほしい
しかしウェーレンはその問いかけに笑顔で答えた


ウェーレン「ああ、彼らは漆黒の森を抜けた先の山の頂上にいるんだ…だから言っただろ?彼らに会うのはなかなか大変なんだ」
ジャック「そ、そうだね」


まさかそんな場所に行くとは思いもよらなかったジャックは戸惑うものの、止まる事無く足を進める
傾斜はきつくなるだろうが時間をかけて行けば大丈夫
そう自分に言い聞かせ目指すべき山頂を見据えた















それから暫くして
ジャックは足を止めて座り込んでしまっていた
そんな彼の傍で心配そうにその背に手を添えるウェーレン

二人がいる場所は漆黒の森を抜けた場所
そこは広く開けた場所になっており、目の前には山へと続く道


道とはいうもののそれはあくまでそう呼ばれているだけだ
道と呼ばれるそこに目をやると、石や岩など転がり足場がかなり悪い
更に傾斜が強く健康体の者であっても街から頂上までの険しい道のり
辿り着く頃には体力を消耗してしまっている事だろう


ウェーレン「大丈夫か?」
ジャック「…少し休憩、していいかな」


ウェーレンは頷くと肩に下げていた鞄を漁り始める
そしてある筒状の物を取り出すと先端を取り外し液体を注ぐ
そしてそれをジャックの前へと差し出した


ウェーレン「もしもの事を考えて持ってきた薬草茶だ、いい薬草を使ってるから効果はあると思う」


それを聞いてジャックは素直に受け取る
中には綺麗に透き通った黄色い液体が注がれている
そっと口をつけると同時にジャックの表情が固まる


ウェーレン「どうかしたのか??」
ジャック「っ……ぅ……こ…この世の物とは、思えないほど……苦い…」


なんとか声を絞り出したジャックは複雑な表情を浮かべていた
折角ウェーレンが自分の為にと作ってくれた物だ
その気持ちは本当にありがたいと思っている

しかし少量口に含んだだけで凄まじい苦みが襲い来る
これは拷問か処刑に使える代物だと思う
ついそんな失礼な事を考えてしまった


暫し考え込んだジャックは決心したのか、液体を一気に飲み干した


ジャック「……………あ、ありがとうウェーレン」


口の中が酷い苦みに襲われジャックは引きつった笑顔を見せる
そして薬を飲んだはずの彼の様子を見てウェーレンは不思議に思う

即効性のある物を選んだはずだが、見た所ジャックは元気になるどころかますます具合が悪いように見える

目的の場所である頂上までは傾斜の強い道を登っていかなければならない
今のジャックは明らかに具合が悪そうだ
そんな彼を自身の足で登らせるのは無理なのかもしれない


そう考えたウェーレンはジャックの前に背を向ける形で身を屈ませた
それを見てジャックは首を傾げる


ウェーレン「ここからは俺が担いで行く、ほら乗ってくれ」
ジャック「え、いやいや!僕は大丈夫だから!」
ウェーレン「嘘だ、明らかに具合が悪そうじゃないか!」


これは君の作った薬草茶のせいなんだけどね!

そう思いはするも勿論口にはしない
そして目の前で身を屈め早くと急かすウェーレンに溜息を吐き身を預ける事とした











山頂を目指し道ならぬ道を進むウェーレン
そんな彼の背には大人しくおぶさるジャックの姿


ジャック「道がまた険しくなってきたな…ウェーレン大丈夫かい?」
ウェーレン「俺なら問題ない、ジャックは軽いからなぁ…本来なら飯を食って筋肉をつけろって言いたいところだけど、骨だししょうがないか」


その言葉に2人は微かに笑い声をもらした
ウェーレンの言う通りジャックが筋肉をつけるなど無理な話だ

そんな他愛もない話をしているとウェーレンが足を止めた


ウェーレン「ほら、もうすぐ山頂だ」


その言葉に前へと視線を向ける
彼の言う通り目的地である山頂は目と鼻の先
するとジャックはウェーレンの肩を叩き、自分を下ろすようにと声をかける
ウェーレンは少し迷いはしたが、その頼みを聞き身を屈めジャックをおろす


ジャック「これくらいなら自分の足でちゃんと行けるからね」
ウェーレン「確かに距離はそれほどないが…」
ジャック「それに君の作ってくれた薬が効いてきたみたいだしね、僕は大丈夫さ」


それは嘘ではなかった
ウェーレンが作った薬草茶はあり得ない程の苦みがあった
しかしその効果はしっかりとあったようでおぶさっている間、ジャックは自身の身体は楽になってきている事に気付いていた


しっかりと自分の足で立つジャックを見てウェーレンは自身の鞄に入っている薬草茶の凄さを実感した

一杯飲んだだけなのに短時間でここまで回復するとは
今度自分でも飲んでみよう

そう考えジャックと共に山頂を目指した












ジャック「到着…っ!」


最後の傾斜を何とか登り終えジャックは一息つく
そして前方に見える景色を眺めた
そこは漆黒の森と同じような光景
黒色樹木が周囲を円状で囲うかのように堂々とそびえ立ち、多くの草木がその場を覆っている
そしてその中央には3本の大樹

それぞれ大きさは異なるがどれも立派でかなりの高齢樹だとわかる
その中でも中心にある大樹は特に立派なものだった
太い幹が力強く地に根を張っている


ジャック「…あれ、肝心の古株って何処にいるんだい?」


人の姿が見えない事に気付きジャックはウェーレンへと問いかける
するとウェーレンはある方角を指し示した


ウェーレン「いや、彼らならもうそこにいる」


ウェーレンが指し示す先には立派な3本の大樹
ジャックは不思議に思いその大樹へと歩み寄った


『これはまた何とも珍しいお客様だ』


突如聞こえた年老いた男性の声
ジャックは声のした方を見上げる
そこにあるのは大樹

すると大樹の幹が2本動き出しそれはまるで人の手のような形を模している
ただの幹だった箇所が動きに合わせてボロボロと剥げ、そこから人の顔らしきものが現れる
その顔はそれぞれ老人、女性、若者と異なっておりそれぞれがジャックを見下ろした
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