欺瞞の薔薇
翌朝となり窓からは月明かりの代わりに太陽の光が差し込む
その日差しを浴びてウェーレンは思わず顔を顰め、うっすらと目を開いた
ウェーレン「もう朝か…」
昨夜遅くに眠りについたウェーレンは睡眠不足から盛大に欠伸を漏らす
そしてふと横を見る
そこにはブギーの姿はない
何処に行ったんだ
そう考えていると何やら奥の方から美味しそうな匂い
腹が空いていたウェーレンはその匂いに誘われるかのように起き上がった
匂いのする方へと向かうとそこにはブギーの姿
こっそりとその様子を伺っていると振り返った彼の手には鍋
どうやら朝食を作っているようだ
深めの皿に注がれるのは緑色をしたスープ
その隣にある平たい更にはこんがりといい色に焼かれた何かの塊
それはウェーレンが貯蔵していた大きな肉だった
ウェーレン「あ!」
それに気付き思わず声をあげた
するとブギーは然程驚く事はなくウェーレンの方に目をやる
ブギー「お目覚めかー?」
ウェーレン「な、何やってるんだ?」
ブギー「はぁ?見てわかんねぇのかよ、朝飯だ朝飯」
ブギーが朝食を作ってる
しかも彼の前に置かれている料理はどれも美味しそうな見た目と匂い
まさかブギーがこんな事をするとは思わなかったし、また料理が得意だとも思っていなかった為つい不審げな表情を浮かべてしまう
ブギー「なんだその面は、俺が料理出来るのがそんなに意外だってか?」
ウェーレン「…正直意外だった」
素直に頷き呟くウェーレン
彼はまじまじと置かれている食事を見つめている
恐る恐るスープの注がれた深めの皿を手に取り、鼻先へと持ち上げその匂いを嗅ぐ
そしてそっと口をつけた
ウェーレン「…美味い!」
スープを一口飲んだウェーレンはその味に驚き思わず声をあげる
それを聞いてブギーは得意げに持っていたお玉を器用に一回転させる
ウェーレン「本当に美味い!まさかブギーにこんな
才能があったなんて…」
ブギー「人は見かけによらねぇって事をよぉ~く覚えとけよー?」
ウェーレンの誉め言葉に気を良くしたブギーは
椅子に腰掛け自身も食事を始める
肉を頬張っていたウェーレンはそこでふとジャックの事に気付く
ウェーレン「ジャックはまだ寝てるのか?」
ブギー「起きてるのは起きてるが飯はいらねぇんだとよ」
ウェーレン「…少しくらいは食わせた方がいいんじゃないか?」
ブギー「本人がいらねぇって言ってんだ、それか押さえつけて無理矢理口に突っ込むかー?」
それは流石にやりすぎだろう
そう考えウェーレンは苦笑し食事を続けた
ブギー「まぁ薬草を溶かした飲み物だけは飲ませておいたから安心しとけ」
ウェーレン「…ブギーってもしかして凄く面倒見がいいのか?」
ウェーレンは素直にそう感じ、それを思わず口に出してしまった
ブギーは一瞬驚きの表情を見せるもすぐさま顔を背け手に持つ香ばしく焼けた肉の切り身を一気に頬張る
ブギー「俺には子分がいる、それもまだちっせぇガキが全部で3匹だぞ?そいつらに構ってりゃ嫌でも面倒見もよくなるってもんだ」
ウェーレン「はは、それは楽しそうだな」
ブギー「…まぁ、悪くはねぇな」
そう告げるブギーの顔には少し優し気な笑みが浮かんでいた
そんな彼を見てウェーレンは自分の知るブギーという人物への印象を大きく変えてしまっていた
ハロウィンタウンで悪行の限りを尽くしたウギー・ブギー
このエボニータウンにも勿論その名は伝わっており、住民達は彼を恐れていた
勿論ウェーレンもその中の一人であった
しかし実際に接触してみて彼はその考えを改める事となる
確かに当時の彼は皆が恐れていたような輩だったのかもしれないが、今自分の前にいるブギーは全くの別人のように感じる
そんな事を考えながら最後の一口を頬張った
ウェーレン「はー…美味かった!久しぶりにこれだけの味のものを食った気がする」
ブギー「…普段なに食ってんだお前」
雑草か何かでも食ってんのか?
ブギーのそんな失礼な問いかけにウェーレンは恥ずかしそうに頬を掻く
ウェーレン「いや…料理だけはどうにも苦手でな……簡素な物しか作れなくて」
ブギー「物はちゃんとしてんのか…つーかお前手先が器用なのに料理苦手なのかよ」
ウェーレン「加工と料理は別物だぞ…」
そんな他愛もない会話を交わしていると扉が開く音がした
其方へ視線を向けるとそこにはジャックが立っている
その姿を見てウェーレンは慌てて彼の傍へと駆け寄った
ウェーレン「ジャック!起きて大丈夫なのか?」
ジャック「やぁウェーレン、おはよう」
ウェーレン「ああ、おはよう…じゃなくてだな!」
ジャックは大丈夫と告げると心配そうに見てくるウェーレンの肩を軽く叩き空いている椅子へと座り込んだ
そんなジャックの様子を頬杖をつき眺めていたブギーが口を開く
ブギー「なーにが大丈夫~だ、やせ我慢も大概にしとけ」
ジャック「…別にやせ我慢なんてしてない」
ブギー「ほぉ~そうか、なら例の古株達の所へ行く時もテメェで歩いて行けるよなぁ?」
ジャック「古株??」
何の話だとジャックは不思議そうに丸い眼窩を瞬かせる
それに気付いたウェーレンは食器を片しながらジャックへ昨夜のブギーへ語った事を告げる
ウェーレン「古株達はこの街に古くから住む連中の事だ…ジャック、その左肩の傷を彼らに見てもらう事になってる」
ジャック「君が言うその古株達なら治療法がわかるかもしれないと?」
ウェーレンは何も言わずただ頷いた
するとジャックは椅子から立ち上がるとウェーレンの手をぎゅっと掴んだ
ジャック「わかった、君がそう言うなら信じるよ」
ウェーレン「…出発は早い方がいい、もう一度だけ聞くが大丈夫なのか?歩けるのか?」
ジャック「大丈夫さ、それに今の僕は凄く気分がいい」
ウェーレン「わかった、ならまず服を取ってくる…俺の服だが構わないか?」
ジャックはそれに頷いて答えた
その頷く姿を見てウェーレンは早速上着を取りに向かう
二人きりになった所でブギーがなんとも不機嫌そうに呟いた
ブギー「は!気分がいいだ?そりゃ薬草のおかげだろうが」
ジャック「それはそうだけど気分がいいのは事実だぞ」
ブギー「んなもん今のうちだけだっての」
ジャック「はぁ…いちいち突っかかる理由は?」
ジャックは背もたれに身を預け腕を組む
そんな彼をブギーは頬杖をついたまま眺め口を開く
ブギー「お前に何かある度に俺が苦労すんだよ、いい加減鬱陶しいぜ」
ジャック「へぇ…」
ジャックは目を細め薄らと笑みを浮かべる
片し途中で目の前に置かれていたスプーンを手に取るとブギーの顔目掛けて投げた
それを咄嗟に交わすと投げられたスプーンは背後の壁に当たって床に落ちる
ブギー「おい…何しやがる」
ジャック「ん?君の言葉に少しイラついただけ」
悪いと思っていないらしくそう告げるジャックは笑みを見せる
そんな姿を見て苛立ったブギーは立ち上がると素早く腕を伸ばしジャックの胸倉を掴んだ
ブギー「弱ってる今ならちったぁ素直になると思ったが、やっぱ変わらねぇな…まじで腹立つぜ」
ジャック「ああ、僕も今のお前には腹が立つ…鬱陶しい?なら構わなければいいじゃないか!」
そういってジャックが胸倉を掴むブギーに手に指をかける
近距離で互いに睨み合い両者共にそのまま無言を貫く
ウェーレン「あったあった、なぁこれなら大丈夫…っておいおい何やってんだ!」
そこへ上着を手に戻って来たウェーレンが驚き慌てて両者の手を掴む
2人の手を離しその間に割り込んだ
ウェーレン「俺がいないあの短時間で何がどうなればこんな展開になるんだよ!!」
ジャック「ブギーが悪い」
そう言ってそっぽを向くジャック
そんな姿を見てブギーはいよいよ頭に来たの自身の腕を押さえるウェーレンの手を乱暴に振り払った
ブギー「付き合ってらんねぇ、後はテメェらで勝手にやってろ」
それだけ告げるとブギーは扉を乱暴に開け、外へと出て行ってしまった
ウェーレン「…困ったな」
そういって頭を掻くウェーレンの肩を軽く叩きジャックが声をかけた
ジャック「アイツの事は気にしなくていいよ、それより古株だっけ?彼らの所に早く行こう」
そういってウェーレンの手から上着を受け取り身に纏う
そんなジャックを見てウェーレンは重い溜息を吐いた