欺瞞の薔薇
事の始まりはとある場所を訪れる2日前
この日もハロウィンタウンはいつもと何も変わる事無く、皆がそれぞれ自由気ままに生活を送っていた
しかしそんな中
ある1人の男が何やら複雑な表情を浮かべ溜息をついている
ジャック・スケリントン
街の支配者と言われる骸骨だった
ジャック「はぁ…」
ジャックは深く重い溜息を洩らす
見下ろした先にあるのは一通の封筒
その封筒は全体が黒一色に染められており、裏返すとそこには薔薇の封蝋が施されている
それを見てジャックは渋々と言った様子でペーパーナイフを取り出した
封筒の中には一通の手紙が入っており、取り出すとフワリと黒薔薇の香りがジャックの鼻を掠めた
その香りに苦々しい表情を浮かべながらも手紙へと視線を向けた
ジャック・スケリントン様
メアレ邸にて主たるグリアス公爵の生誕パーティーを開催致します
王であらせられるジャック様に是非ご出席頂きたく存じます
ジャック「やっぱり…またこれか」
ジャックは1人ぼやきながら一通り手紙に目を通し、軽く頬杖をつく
手紙を机の上に投げ捨てると一時の間をおいて机に突っ伏した
ジャックがこのような招待を受ける事は少なくはない
王としての立場から様々な地位のある人物から招待状が届くのだ
普段は快く受けるジャックだったが、今回の招待だけはどうにも気が乗らなかった
ジャック「招待状が来る度に無視してるのに…よく諦めないな、グリアス公爵」
グリアス・メアレ公爵
ハロウィンタウンから少しばかり離れた地域、漆黒の森の中に立つ館の主だ
彼もまた他者同様に自分の住む地域を支配下に置くジャックを積極的に招待していたのだ
しかしジャックはそんな彼をあまり快くは思っていなかった
ジャック「…どうしようかな」
ジャックは1人考え込んだ
これまでずっと招待を拒んできたものの、彼にも立場というものがある
他の者の招待のみ受けてしまっては彼自身の沽券にも関わるかもしれない
しかし1人で彼の元を訪れる事もなるべく避けたいという思いもある
ジャック「……そういえば同伴可能だって書いてたっけ」
ふとその事を思い出し投げ捨てられていた手紙を再度手に取り目を通す
そこには確かに同伴可能という文字が書かれていた
ジャック「1人で行くのは嫌だけど…誰かと一緒ならいいかな」
そうと決まれば早速誰かを誘おう!
行動力がかなり高いジャックは手紙を手早く仕舞いみ足早に部屋を飛び出した
ジャック「うぅ…困ったぞ…」
街へと飛び出したジャックだったが何やら項垂れてしまっている
それもそのはず
街へ出て早速住人に声をかけて回ったものの、結果は見事に惨敗
サリーは博士から許しを得られず
メイヤーは急用があるらしくどうしても時間が取れない等
住人全員に何かしらの理由で断られる結果となったのだ
ジャック「なんでこんな時に皆忙しいんだよ…」
どうしよう
こうなったら今回も無視してしまおうか
そう思っていたジャックだったがふと視界に映るある姿に気付く
それは嫌でも見覚えのあるズタ袋の姿だった
それを確認したジャックの表情が先程までとは打って変わってぱっと明るい笑顔へと変わり、同時に目標である彼の元へと駆け出していた
ブギー「あーそういやぁ今日の晩飯何にするか決めてねぇなぁ…」
ジャック「ブギーっ!!!」
突然自分を呼ぶ声が聞こえ其方へと顔を向ける
すると次の瞬間腹部に何かの衝撃を受けブギーの身体が文字通り吹っ飛んだ
地面を数度バウンドしゴロゴロと転がっていく
そして広場の噴水に直撃したところでようやくブギーの身体は静止した
ブギー「な、なん…」
一体何が起きた?
ブギーがゆっくりと顔をあげるとそこには此方を見下ろすジャックの姿
ジャック「悪い!勢いが付きすぎてつい!」
ブギー「ついで人の腹に飛び蹴りする奴がいるか!!!」
身体を起こしながらジャックへ怒声を浴びせる
蹴られた腹部の汚れを軽く払い睨みつける
ブギー「なんだ?喧嘩でも売りにきたのか?だったら買ってやるからそのまま棒みてぇに立ってろ」
ジャック「?別に僕は喧嘩を売るつもりはないけど」
不思議そうに首を傾げ此方を見るジャックにブギーはそれ以上何も言わなかった
こういった際の彼は本当に悪気がない
天然とは本当に恐ろしいものだ
ジャック「それよりブギー!実は頼みがあるんだ!」
ブギー「頼みだぁ?どうせめんどくせぇもんなんだろ」
ジャック「実は明日から僕に同伴してほしいんだけど」
ブギーは一瞬何を言っているんだと呆然とした
突然呼び止めて蹴りを入れて自分に同伴しろ?
コイツは一体何を言ってるんだ…
若干の頭痛を覚えブギーはそっと額を押さえた
ブギー「同伴って…何で俺が」
ジャック「いやぁ…実は」
そう言ってジャックは仕舞いこんでいた手紙を差し出した
ブギーはそれを渋々受け取ると書かれている文章に静かに目を通す
ブギー「グリアスってアイツか?公爵の」
ジャック「そうなんだよ、もう何度目かの招待になるんだけど連れが必要でね」
ブギー「…なんで俺なんだよ、他にいくらでもいるだろうが」
ジャック「それが皆都合が悪いらしくてね、断られたんだよ」
そこで偶然君を見かけたから声をかけてみたんだ!
そう言ってジャックは期待の眼差しでブギーを見つめた
ブギーはその眼差しに明らかに嫌そうに顔を顰める
元々貴族向けのパーティーは苦手な為、早々に断ろうと口を開く
が、それよりも速くジャックがブギーの両手を骨の手で掴んだ
ジャック「頼む!これ以上誘いを無視するのも悪い気がするしでも僕1人じゃ行きたくないしとにかく困ってるんだ!」
そう言いながら掴んだ手をぶんぶんと上下に振られ、それに合わせてブギーの身体がブルンブルンとまるでゼリーかプリンかのように揺れる
激しいその動きにブギーの中の虫がまるでミキサーにかけられているかのように揺れ動く
ブギー「あーっ!わかった!!わかったから今すぐ手を離しやがれ!!!」
するとジャックは素直に手を離し満面の笑顔で両手を上げ喜びを露にした
ジャック「いいのか!?やったーっ本当に助かる!!」
ブギー「否定させる気なかっただろぜってぇ…」
上下に振られていた両手を擦りブギーが1人ぼやく
ジャックはそんなブギーに一切構う事無くご機嫌な様子で手紙を仕舞いこむ
ジャック「出発は明日の早朝、衣装や宿泊先は向こうが手配してるらしいから荷物はいらないと思うよ」
ブギー「あーそうかよ…」
ジャック「寝坊するなよ?ここで待ち合わせだからな!!」
ジャックはそれだけ告げると安心したのか軽い足取りで自宅へと戻っていってしまった
1人残されたブギーは何やら疲れた様子でとぼとぼとツリーハウスを目指す
ブギー「…貴族様のパーティーなんかに俺を呼んでどうすんだよ」
ブツブツと何やら愚痴をこぼすがここまで来てはもう諦めるしかなかった